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「この人って、言ってた親父さん?」
「……うっ後ろ」
振り返りって、幸太が小さく指差していた方を見た。植栽部の前に白い3人掛けのベンチがある。そこには、写真より白髪が目立つ幸太の親父らしき男が座っていた。手には缶ビールを持ち、飲み干した空き缶が、いくつか地面に転がっていた。
「親父さんで間違いないんじゃない?」
「……すっすいません。足が竦んでしまって……」
「声掛けないの? ずっと探してたんだろ?」
「こっ怖くて……」
拒絶されたり、無視されたりするかもしれない──ネガティブな思考に苛まれて足が動かないと幸太は言った。昨日の話しだと一度も会った事がなかったらしく、複雑な事情も聞いた。考えてみれば、自分は恵まれた環境、境遇だった。親父を探す為にドラムを叩いていると言った幸太の言葉が、胸を締め付けた。彼の手の平は、何度も豆が潰れて石のように硬くなっていた。ただ叩くだけじゃどうにもならない。メジャーにまで上り詰めないと親父を探せない──目を輝かせながら言った幸太が子犬のように怯えていた。探し求めていた親父さんを目の前にして。
「とりあえず、俺が声掛けてくるよ」
「やばいっすよ。駿さん」
「その為にドラムを叩き続けてきたんだろ? 昨日言ってたじゃん」
音楽が繋いだ奇跡──そう言って、幸太を諭すように話した。全てはタイミングだ。後悔するのも、人生のターニングポイントとなるのもどう行動したかに掛かってくる。ふと自身の楽曲のある一節を思い出した。デビュー前に書いた曲だが、そんな内容だったと記憶している。まさに、幸太にとってのそれとなりうる重要な局面だと思った。幸太の肩を叩き、白いベンチへと向かった。周りは路上ミュージシャンや、ギャラリーでごった返しているのに、彼の近くには誰もいない。くたびれた黒のロングコート、毛玉の付いた灰色のマフラー、すり減った茶色のブーツ、ベンチの横に転がっているビールの空き缶、一歩間違えればホームレスに見える風貌の男に話しかけた。
「あの……」
「……」
「元メジャーのドラムの方ですよね?」
「何故知っている? 君は誰だ?」
幸太の存在を告げる前に自分の事について話した。いきなり本題から入るのは少し気が咎めたからだ。




