ガラスの歌い人
努力は報われるのか──実直に生きていると、銀の翼が背中に宿るのか? 答えは言いづらいがノーだ。あるのはただそこにある現実と、変えられない過去に苦悩する日々。誰もが大なり小なり何かを抱えて生きてるものだ。
立ち向かえとは言えない──人間そんな強くはないのだから。ただ、逃げる事は簡単だが、逃げ切れるとは限らない。何故ならこの世界は、臆病者にしか見えない嘆きの壁で囲われているのだから。
派手なアーケードが、改札を出た真正面に見える。近年、ショッピングモールがほど近くに建てられ、昔ながらのお店は軒並みシャッターが下り、このB駅商店街も、開いている店はほぼ大手のチェーン店という状況になっていた。アーケードをくぐった直ぐにある錆びたシャッターの前。以前は、漬物店だったのでだろう。古びた看板に(田中漬物)と記されていた。そのお店の前で、真っ黒のギターケースを開き、名もなき歌を奏でる一人の男がいた。
(廣瀬勇気)32歳。独身。16歳でギターを始める。22歳の頃、この場所で路上ライブ開始。10年間、雨の日以外は毎日歌い続けている。数々のオーディション、公開ライブ等、毎回書類審査で落選。路上ライブも10年も同じ場所でやり続けているのに、固定客は0という壊滅的な状況。言い方は良くないが、ダメミュージシャンである。
紺色のダッフルコートに灰色のマフラー。どこにでもいそうな普通のお兄さん的な容姿。よく見ればイケメンだが、全体から醸し出す負のオーラが彼自身を曇らせていた。しかし、肝心要の音楽は、目を見張るものがある。透き通るような声、時に荒々しく、時に粉雪のように溶けて消えてしまいそうな二面性を持つ声。楽曲もとても素晴らしく、アマチュアが作曲したとは思えないクオリティ。ギターの腕も素晴らしく、何故固定客が出来ないのかが不思議なくらいの完成度である。
では、何故彼の音楽に足を止めないのか──彼には大きな欠点があった。人前で音楽をやるには致命的なあがり症というやつだ。普通の会話さえ、気心が知れていない相手だと困難で、相手の目さえまともに見る事が出来ない。だから、他人が目の前を通過する気配を感じた時点で演奏をやめ、通り過ぎるとまた歌いはじめるという、一体何しに来ているのかわからないライブを10年間もやり続けていた。




