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幸太は、斜めに被っていたキャップを後ろ向きにして横に座った。
「マスター、とりあえずジントニで」
「はいよ」
幸太は迷彩柄のリュックから、くしゃくしゃになった茶封筒を取り出した。
「駿さん、今日のギャラです。4人で割ったんで大した額ではないですが」
遠慮なくそれを受けとった──お金をもらって演奏をするのがプロである。ライブハウスの大きさや、持ち時間には関係ない。その事の本当の意味を理解していない輩は沢山いる。なによりも、そんな幸太の心に惹かれた。当然ドラムの腕は言うまでもない。茶封筒を右ポケットに入れ、早速本題に入った。時間はあるようでない。とくに音楽の世界の時間軸は異質である。グズグズしている暇は1秒もないのだ。
「今日は楽しかったよ。久々にね」
「僕もっす。トンキン君、もんちゃんもずっと興奮しっぱなしでした」
「 彼らもクオリティ高いよね。とくにボーカルが意識高い」
「もんちゃん、めちゃ喜ぶと思います」
少しお酒がまわっていたが、立ち上がって頭を下げた。
「ありがとう。今日はほんと楽しくてさ。是非、ドラム担当してくれないか?」
「ちょっ、ちょっと頭上げてください! 駿さん」
「歳下だけど、人間性もすごい立派で感心してたんだ。俺とバンドやろう」
幸太も立ち上がり、慌てた様子で両肩を掴んだ。
「駿さん、頭上げてください。こちらが頭を下げないといけないくらいです」
「オーケーでいい?」
頭を上げ、幸太の顔を見た。後ろ向きにキャップを被り直していたせいだろうか、とても凛々しく、まだ幼さが残る瞳から、確かな未来が見えた。
「もちろんす。よろしくお願いします」
幸太は笑顔で承諾してくれた。握手をした時、彼の手の平は豆だらけでゴツゴツしていた。
「お取込み中、申し訳ない。ジントニできたよ」
「マスター、ありがとう」
とりあえず席に座って乾杯をした。始まりの鐘の音色が心の中で鳴り響いていた。この希望の鐘の音を忘れないように、深く胸に刻んだ。
「駿さん、他のメンバーの目星は?」
真っ先に素晴らしいベーシストの健太郎が頭に浮かんだが、どうも価値観の違いが引っかかっていた。
「まぁ、全てはボーカルですよね」
「そうそう。そこがかなりのウエイトやわな」
マスターが会話に入ってきた。
「しかし、若いっていいな。羨ましいよ」
マスターはグラスを拭きながら、遠い目でこちらを見ていた。さっきから同じグラスばかり拭いている事には触れないでおこう。




