脱退
2005年12月1日
(東京Bigman Egg)
プロ野球 東京エレファンツの本拠地
収容人数4万5000人
近年ではシーズンオフに各イベントが行われるようになり、この日はロックコンサートの最終日を迎えていた。
(音速line)
今、日本で一番チケットの取れないスーパーバンド。
デビュー3年目で、音楽を志す者たちの聖地を3日間全て満員御礼。
会場は若い女性ファンで溢れ、あまりの興奮に担架で運ばれる人もいた。
ライブを終え、お祝いの花で座れないほどの楽屋から、外のスタッフに聞こえるぐらい派手な言い争いをしていた。
「だからさ、誰も聴いちゃいねーよ! みんなさ、俺を見にきてんだよ!」
(栗原翔)
音速lineのボーカル──ビジュアル先行の実力が伴わない残念ボーカリスト。
「ブレイク後のサビの頭だよ。ヨレヨレの音程で何考えてんだ! こらっ!」
「あのさ、歳下だし、駿さんの事尊敬してるから今まで黙ってたけどさ、ヨレヨレでも満員なんだよ! わかる? グッズの売り上げ一番なのはだーれだ! バンドなんてさ、ボーカルなの。全て俺パワーだよ」
単独でライブを行うとなれば、最低でも20曲は歌わないといけない。確かにCDやMV通りに演奏するのは至難の技だが、向上心の無さ、現状維持ですらままならない事に不満だった。
「お前さ、ボーカルだろ? ここで歌いたくてみんな必死になってんだよ。お前の今の言葉はファンもそうだけど、音楽自体をバカにしてるよ。10曲目ぐらいで客席にマイク向けてたろ? どんだけ虚弱って話しだよ」
怒りのあまり、スポンサーからの花を蹴り飛ばした翔を見て何かが弾けた。
「 悪いけど俺辞めるよ。少し前から事務所とは話してたんだ。今回のライブまではなんとか頼むって言われて。今日でそのライブも終わったし。
他のメンバーは翔との言い争いをただ黙って見ているだけだった。
「辞めていただけますか。どうもす。みんなもそれでいいよな?」
翔の問いかけに二人は下を向いていた。彼等が意見など出来る立場でない事を、翔は分かっているのだ。
「満場一致っす。おつかれさん。駿さんギター上手いからサポートで生きて行けっしょ」
これ以上の言い争いは有益ではないと思い、静かに楽屋を後にした。




