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ステージ脇で、マスターからお店のギターを借り、簡単な説明を受けた。釈迦に説法と言いたいところだったが、お店によっては独特のルールも存在するので真剣に聞いた。
「ギターは今設定したから。いやいや、プロに弾いてもらえるなんて光栄ですわ。しかも、音速lineのメンバーとか。ありがとうございます!」
(堂上マスター)この店の主人。若かりし頃は当然メジャーを目指していたが、結婚と同時に音楽を断念。今は、夢を追う若者を全力でサポートしているそうだ。長髪がトレードマークの浪速のオッチャン。見た目はまだまだ若々しい。
「突然すいません。ご迷惑おかけして」
マスターは大きく首を振り、左手を握りしめた。少し汗ばんでいた手の平がなんとも言えない感覚だったが、強く握り返した。
「とっとんでもない。こんな素敵な夜はないよ! これ以上ない有名人が、うちのステージで演奏してくれるんやから。しかも、本人のカバーとか面白すぎるでしょ」
少し照れ臭かった。確かに自分の音楽をカバーするバンドのギターを、本人が担当とかありえない話しだ。よくモノマネ番組で、モノマネされている本人が出てくるぐらいの事だ。
「やっぱ、これは被った方がいい感じすか?」
幸太に渡されたリアルな仕上がりの馬のマスク。ステージに上がる前に装着してくれとの事。かなり抵抗があったので、マスターに再確認した。
「幸太の言う通りにお願いします。いきなり本物が出てきたら、ひっくり返りますわ。大パニックになると思うし」
「そっそうですよね……」
大パニックになる事は容易に想像出来たが、ちゃんと視界は確保された作りなのか不安だった。さらに、通気性も悪そうだ。一応、自分の作った曲だけど指板が見えづらいのはきつい。(指板とは、フレットで区切られたコードを押さえる所)
いろいろと納得いかないが、とりあえず被ってみた。残念なお知らせとして、懸念されていた視界の件は良好である。鼻の部分が突起している為、下部は見づらい。もう一つ残念なお知らせとして、小学校の頃よく遊びに行った友達の家の玄関のにおいがした。約30分はこの状態である。すでに不快指数90パーセント。
「なんやろ? 馬やねんけどイケメンやわ。イケメンは何をやってもイケメンですな」
馬のマスクをした人にしか見えないだろうとツッコミたくなったが、すでに息苦しく感じたこのマスク内。このにおいの中、5曲ガチ演奏とか出来るだろうか。経験のない事ばかりで、味わった事のない緊張感に支配されていた。だが、ついこの間まで、この国のトップミュージシャンだった。どんな状況であろうとも、水準以下の演奏はしてはいけないし、してしまうなら、それはアマチュアだ。幸太から聞いた段取りを、もう一度最初から辿り、先程触れた借り物ギターの感触、これから行うパフォーマンスを強くイメージして、いつでもフルスロットルで挑める準備を整えた。




