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開演10分前──すでに満員御礼。今日はカバーナイトと言うイベント。100人キャパのフロアはすし詰め状態になっていた。メジャーで活躍するバンドのライブなどは、チケットも入手困難な上、ツアー等が組まれない限りはなかなか地方でお目にかかれない。そういった事情もあってか、偽物でもいいから生の演奏を聴きたいと思うのも、ファン心理の一つと言えるだろう。
「心! 最前列ゲッツ!」
「ゲッツ! とかキモいから。ていうか、モノマネの『もんちゃん』やろ? ルックスゴミやん」
「この間テレビ出ててさ。もうめちゃ音速やったし!」
「目つぶって聴いてたんちゃうん? ルックスゴミやし」
「ルックスゴミとか。お嬢様やねんから、もっとお淑やかにしなさい!」
「おかんか!」
(間心)
のちに、駿率いるロックバンド(5コイチ)のキーボードを担当。口は少々悪いが、友達思いの優しい女の子。見た目は雅な雰囲気の大和撫子。今日も親友の(愛)にせがまれ、このイベントに参戦。心もまた音速lineの大ファンであるが、家ではクラッシックしか聴けないし、ピアノもそれ以外は弾かせてもらえない。だから、ある意味、愛より今日のモノマネイベントを楽しみにしていた。
「愛? デビュー曲やるん?」
「ヤバイ! めっちゃカッコいい!」
携帯電話の待ち受けを眺めてウットリ中のため、完全に無視された。
各バンドのファンではち切れんばかりのフロア──ステージ上のスポットライトが輝くのを、今か今かと待ちわびている様子である。
「ちょっと見てきたんですけど、超満員でした!」
「マジ? ど緊張っ!」
「よく言いますねん。テレビで歌った人が」
「また別物や。ていうか、関西弁微妙やで」
楽屋には、モノマネのもんちゃん、ベースのトンキン君とメンバーは揃っていた。ベースのトンキン君が、幸太にギターリストの件を謝罪した。トンキン君とドタキャン野郎は、小学生からの親友らしい。
「いいんですよ。かなりのヘルプが見つかったんで」
「マジ? どこにおるん? 俺は好き勝手歌うだけやから問題ないけど、君らリハ無しでオーケーなん?」
トンキン君もかなり不安そうな顔で、幸太を見つめていた。
「大丈夫。もんちゃんはいつも通りで。トンキン君も、僕のドラムに合わせてくれるだけでいいんで」
本来、ベースもとんでもないリズム感を必要とするが、残念ながらアマチュアの域を超えていない。曲自体をコントロールする技量もないので、幸太に全てを任せるのが賢明である。
「わっわかった。俺はいつも通り、『ルート音』だけ間違わないように集中するわ」
「よろしくです。ギターの人は先に出てもらいます。もう出てる頃かな?」
( ルート音)とは、コード(和音)の頭の意味。 Cのコードの場合は『ド』の音。ベースの主な仕事であるが、マスタークラスになると、裏で曲の全てを支配するポジション。健太郎はさらにその上のゴッドクラスである。




