SPIRAL GROUND -trial-
季節外れの雪が降る夜だった。最近の異常気象はよくニュースで取り上げられてはいたが、四月の半ばに雪が降るのは予想外だと気象情報で報じられていたのを思い出す。
僕はよりにもよってそんな日の真夜中に公園へと訪れている。普通の家なら、子供に深夜の外出を許す親はいないだろう。だが僕の両親は二ヶ月前、夫婦水入らずの旅行に出かけたきり、帰らぬ人となってしたため、家に帰っても怒る人は誰もいない。
タンスにしまったコートを取り出して着てはいるが、雪の降る夜には寒い格好だ。そしてこの寒さは手袋をしていない手にはかなり応えるモノでもある。
僕はこの公園に来る途中にあったコンビニで缶コーヒーを購入したのを思い出し、それをコートのポケットから取り出した。缶コーヒーから伝わる熱から察して、中のコーヒーは確実に冷めているだろう。右手は別の物で塞がっているため、前歯でプルタブを上げ、コーヒーを一気に飲み干した。案の定、中に入っているコーヒーはすっかりぬるくなっていた。
空になった缶を近くにあったゴミ箱に放り投げ、きちんとゴミ箱に入ったのを確認すると、僕は右手に持っていた物を両手で握りしめた。
一面が白銀の世界でおおわれている中、僕の腕に握られているもの。それは異質な黒光りを放つ一丁の拳銃。
自動装填式の単発銃・グロック17。オーストリア製のこの拳銃は銃身が強化プラスチックで造られているため、通常の拳銃よりも軽いので気軽に持ち運びが可能な代物なのだが、グロックと名の付く拳銃は、トリガーを引くだけで安全装置が解除されてしまうという欠点を持っている。そのため僕は暴発しても大丈夫なように、弾倉をコートの下に隠してあるホルスターの予備弾倉ホルダーにつけておいた。そしてこの弾倉には一七発もの銃弾の装填が可能なのだが、予め一〇発ほど抜いておいた。御丁寧にも消音器付きで、僕の家の郵便受けに入っていたのだが、切手などの郵送時に貼り付ける物の類がないので幾分かいぶかしげに思った。細心の注意を払いながら包みを開けてみると中身はこのような物騒な代物。しかも送り主は、今は亡き母親となっている。
同封されていた手紙を読む限り、自分は何かを期待されているようではあったが、その何かが何なのか僕には分からないし、期待されるほど何かに優れている訳でもない。
何故母親が僕に拳銃なんかを残したのかは分からないが、日本という国は無許可で銃を持つことは禁じられている。銃を持っているだけで重罪となり、五~一〇年程度の間刑務所に服役することになるはずだ。
「はぁ……、僕に……何が出来るって言うんだ…」
僕は銃弾の進行方向上に家や道がない所を選び、ゆっくりと拳銃を構えた。その進行方向上にある標的は一本の木。その奥には畑が広がっているだけだ。その木に銃口を向け、ゆっくりと照準を合わせる。
僕と標的になっている木との距離はおよそ一五メートル。
ゆっくりと引き金に指をかけ、引いていく。銃口が火を噴くと同時に僕は尻餅をついた。銃弾が命中したかどうかは分からないが、実銃なんか撃つものじゃないと今更ながら思う。
銃弾の発射による右手の痺れを感じながらもゆっくりと立ち上がり、次弾の狙いを定める。次弾の標的は先ほどの標的だった木の根元に捨てられていた空き缶だ。
「命中する訳無いと思うけど……」
引き金を引くと狙っていた缶が乾いた音と共に弾んだ。それが銃弾が命中したことを物語っていると気付いた僕は続けざまに発砲する。引き金を引いた回数分の乾いた音が響き、自分の撃ちだした銃弾が全て命中していることに半ば驚きながらも恐怖を覚える。
拳銃に込められていた計七発の銃弾を全て撃ち尽くすと、周りには空薬莢と硝煙の香りが残り、再び静寂が訪れた。
慣れない拳銃を連射した僕の右手は感覚が麻痺しているらしく周りの寒さも感じられなくなっている。くどいようだが、やはり実銃なんか撃つものじゃないと思った。
しばらく荒い呼吸をしていた僕は深い深呼吸をして荒立つ息を沈める。
静かだった。雪の降る日の夜らしい、ひっそりとした静寂だった。
そんな静寂をうち破るかのように突如として拍手が聞こえてきた。その音から判断して相手は一人。他に視線を感じるということはないから間違ってはいないと思う。
「なかなかいい腕ね。やっぱりおじさんの選んだ人間はダテじゃないわ」
振り向くと、そこには黒いロングヘアーの少女が立っていた。彼女からの敵意は感じられないが、何処か戸惑っているように見えるのは僕の気のせいだろうか?
僕はそんな少女に対して、何故か無意識のうちに後退していたが大した恐怖心はなかった。人一人に対する恐怖心よりも、実銃をバカバカと撃っていた自分に対しての恐怖心の方が強かったこともある。でも、最大の理由は彼女の顔だろう。
幼い頃のあどけなさを残した彼女の顔は、五年前に何も言わずに会うことが出来なくなってしまった幼なじみの顔にそっくりだったのだ。だが、僕の記憶の中にある幼なじみとは似ても似つかない表情をしている彼女のことを初めて会った人物ではないと感じた僕自身が不思議でならない。もしかしてということも考えられるが、親たちの研究でイギリスに住んでいた彼女が、わざわざ僕を捜して日本にやってきたということは考えられない。
「悠輔・ラウル・フィクティス・佐伯さんですね?」
僕はフルネームで呼ばれたのに少しばかり驚いたが、ゆっくりと頷いた。
僕が肯定したのをみた彼女は、上着のポケットから一枚のカードを取り出して僕に差し出してきた。カードには、
「かわいいジョシコオセーがいっぱい。ユメ……、何て読むんだ? これ……」
「はわっ、それ間違いです! 返して下さい!」
彼女は慌てて僕の手からカードを奪い取った。大して漢字の読めない僕でも明らかに何処かのクラブの告知カードだと判断できたが、何故彼女がこのようなカードを持っているかは不明であった。
シリアスな雰囲気ぶち壊しである。
そして当の彼女といえば、先程とは反対側の位置にあるポケットを探っている。
その彼女のポケットから出てくるものと言ったら、
定期券、生徒手帳(おそらく彼女の通っている高校のモノだろう)、ポケットティッシュ、ハンカチ、財布……。
何か訳の分からないものばかり出てきている。とりあえず、何で普通のポケットにそれだけの物が入るんだ?というつっこみを入れたくもなったが、必死になって探している彼女につっこみを入れるのは流石に気が引けた。
「あ、あった、あった♪」
ようやく探していた物をみつけた彼女はテヘヘと笑いながら僕に先程とは違うカードを手渡した。
「今度は間違いないだろうな?」
僕は念のため、彼女に確認を取る。自身がないのか、彼女は僕に手渡したカードをまじまじと見つめてから頷いた。どうやら本当に間違いないらしい。
とりあえず僕は彼女から差し出されたカード(これを俗に名刺と呼ぶのだが、このときの僕は名刺という日本語のことを知らなかった)を読むことにした。
彼女の差し出したカードには、
異界生物抹殺機関 (イレギュラーアサルト)
特殊戦闘要員№1
羽村 命
と書かれていたのだが、日本に来てから一年程度しか経っていない自分にこのような難しい漢字を読めとは酷な話だろう。
自分で言うのも何だが、結構流暢な日本語を話すし日本人と思われてもおかしくはない容姿をしているため日本人と間違えられてもおかしくはない。だが実際は日本語よりも英語の方が得意だし日本人とイギリス人のハーフ。純血の日本人ではない。
「あの……、悪いけど僕、日本に来てから一年ちょっとしか経っていないから難しい漢字はちょっと読めないのだけど……」
我ながらストレートな台詞である。僕は苦笑しつつも何故か彼女の名前を読むことが出来たことが不思議だった。彼女―命さんはため息を漏らしてから僕の方にゆっくりと向き直ってカードの意味を理解しきっていない僕に説明を始めてくれた。まったく持ってありがたいことである。
「イレギュラーアサルト。その名の通り私達が住む世界とは異なる世界からやってくる生物を抹殺する任務を請け負う国家認定の公的機関よ。異界の物には普通の武器が通用しないのだけれど、私は異界の物に対して最も有効的な力・能力を持っているから組織の特殊戦闘要員に任命されているの」
命さんは僕に淡々と語ってくれているがいまいち事情が理解できないでいる。頭の中に疑問符を浮かべながらも、命さんが何らかの戦闘要員であることは理解することが出来た。しかし、その戦闘要員がただの高校生である僕に一体何の用事があってやってきたのだろうか?
その答えはいとも簡単に出た。
命さんの所属している組織は僕のことを組織の一員に加えようとしているのだろう。そういえば、僕の母親も結婚するまではこの日本の地で何らかの組織に所属していたと聴いた覚えがある。そのことを思い出したとき、幼い頃の母親の台詞が僕の脳裏をよぎった。
お母さんはね、この特殊な能力を使って異界からやってきた生き物を殺し続けていたの。でも今は自分がこんな幸せを手にしているなんて夢みたいでしょう? お母さんはね、悠輔には私と同じような能力を持たずに平和に暮らしてもらいたかったのだけど……。悠輔? あなたの能力はね、人を傷つけるためではなく守るために受け継がれたモノなのよ。だから、あなたの能力はその力が必要なときが来るまで……。
封じておきます
不意に頭痛が走り、僕は拳銃を取り落としてその場にうずくまった。激しい頭痛と共に呼吸が荒々しくなってきているのが分かる。まるで母親のその言葉を思い出すのを拒んでいるかのように頭痛は激しくなっていく。ついには吐き気がこみ上げてきて、目眩までしてきた。
もがき苦しむ僕の額に命さんの手がゆっくりと触れた。女性特有の柔らかい指が額を覆っていく。
気のせいだろうか? 彼女の指が触れてから少しずつ気が楽になっていくような気がする。おそらく、自分の母親との記憶がだぶっているのだろうか……。それとは別の感じのような気もするが、何故か思い出すことが出来ない。
「あなた……、自分の能力を封じられているようね……」
彼女の声は幾分か悲しそうに聞こえる。僕の意識は朦朧としてはいたが、頭痛の方は少しずつ治まってきた。ゆっくりと口を開き、深く息を吸い込むとそれだけですっきりした気分になれたような感じがした。
重い体をゆっくりと起こして首を軽く振ると自分の意識もはっきりしてきた。
僕はもう一度深呼吸をして意識を完璧に取り戻した後、言葉を出した。
「確かに幼い頃、僕は自分の母親に力を封じられてしまった。だけど、どうしても守りたいモノがあるときに、封じられた力は解き放たれると言っていたのをおぼえている。そして……」
僕は台詞の途中で異質な気配を感じて、側に落としていた自分の拳銃を拾い上げた。命さんも立ち上がり表情を険しくする。
命さんに続いてゆっくりと立ち上がった僕は、信じがたい光景を目のあたりにした。
声にならない呻き声を漏らしながら自分達を取り囲む異形のモノ達。どう考えたってこの世界には明らかに存在しえない生物だ。
僕はゆっくりと空になった弾倉に予め抜き取っておいた一〇発の銃弾を込め、拳銃に再装填する。銃口を確かめ、雪が詰まっていないことを確認すると両手で構えて戦闘態勢に入る。同様に命さんも臨戦態勢に入った。
「この怪物とおぼしき奴らが命さんが言っていた異界の生き物なのか?」
命さんは僕の顔を見ずに首を縦に振った。どうやら僕も知らず知らずのうちに巻き込まれてしまったようだ。
僕が緊張で汗ばんだ右手をコートの裾で拭うと命さんが話しかけてきた。
「軽く見積もっても二〇体はいるわよ……。熟練の能力者である私はともかく、能力を封じられているあなたはこいつらとどうやって戦うっていうの?」
「まぁ、なるようになれさ。今更後には退けないだろうし、能力が封じられていたって奴らと戦うことくらいは出来るだろ?」
僕は苦笑しながら言った。正直言って勝てる自身はまったくと言ってもいいほど無い。それでも戦おうとしているのだから成り行き任せという自分の性格には苦笑するしかない。
「なら、あなたは無理しない程度に戦って。死んだらただじゃおかないわよ?」
死んだ人間に一体何が出来るって言うんだと言いそうになったが、あえて口にはせずにおいて命さんの意見を承諾した。
「それじゃあ行くぜ!」
僕は大きな声で叫ぶと同時に照準を怪物の眉間に合わせて発砲した。
それが戦闘開始の合図となった。
僕の放った銃弾は、怪物の眉間に見事命中した。にもかかわらず怪物はひとすじの血を流しただけで平然としている。頭に来ることに、銃弾の命中した所を何か当たったのかとばかりにポリポリと掻いている。どうやら皮膚が異常に堅く発達しているらしく、普通の銃弾では致命傷を与えることが出来ないようだ。
「なるほど……。普通の武器が通用しないって言うのはこういうことか……。銃弾が通用しないってことは……」
僕の脳裏に死という言葉がよぎり背筋が寒くなるように感じた。一瞬身震いをすると狂気の光を瞳に宿した怪物達が僕をめがけて襲いかかって来た。
「くそっ!」
僕は銃を構えなおして今度は怪物の足を狙った。正確には膝にある皿の部分。たいていの動物はこの場所を打ち抜かれたら立つことすらままならなくなる。銃口が再び火を噴き、怪物の膝を正確に捕らえた。
怪物の膝から鮮血が飛び散り怪物は前のめりに派手に転倒した。
「怪物とは言っても、結局は生き物なんだなぁ……」
そういって怪物の左胸に三発目の銃弾を撃ち込もうとしたのだが、転倒した怪物はゆっくりと立ち上がると、僕に向かって突進してきた。
僕は慌てて怪物の照準を定め、左胸に三発目の銃弾を撃ち込んだが、眉間同様に弾かれてしまう。怪物の突進速度から考えて、照準を定めなおして四発目を打てる余裕なんてとてもじゃないが無かった。
「ウォォォォ!」
声にならない声で大きく振りかぶった怪物の攻撃をかわしきれず、鈍い音と共に左腕に鈍い衝撃が走った。
「っ!」
僕はかろうじて無事な右腕で、唯一頑丈な皮膚に覆われていない怪物の目を狙った。
ボンッ、という音と同時に怪物の後頭部が破裂した。
残っている銃弾は六発。怪物一体を倒すのに四発も使用してしまった。加えて僕は左腕を負傷してしまった。先ほど聞こえた音と左腕の感覚から考えると、おそらく骨が折れていると思う。このままだと大して持ち堪えられそうにない。怪物を倒すことを考えずに自分の身を守ることを優先するか…。
そんなことで僕が悩んでいる隙をついて、怪物共が僕をめがけて一斉に襲いかかってきた。その数五体。先ほどと同じように目を狙えば手持ちの銃弾で倒せないでもないが、僕が全てを撃ち倒す前にこちらが絶命する可能性の方が高い。
「こ……、こいつは……」
僕は一八〇度くるりと回って、
「三八計逃げるにしかず!」
といって逃げ出した。我ながら情けない姿だとは思ったが、自分の生死が係わった状況なだけに仕方がない。そう割り切るしかなかった。
怪物に追われながら逃げる途中で必死に戦っている命さんの姿が見え、五年前までよく遊んでいた幼なじみのことが頭をよぎった。
僕は一瞬立ち止まってしまいそうになったが、頭を振ってその場から走り去った。
しばらく走り続けて何とか怪物共を振り切り近くのコンビニまでやってきた僕は弾倉を抜き取り、拳銃をコートの下に隠してあったホルスターにしまい店内へと入って本日二本目の缶コーヒーを二本購入した。購入する際、店員に左腕の怪我について聞かれたが、軽く流しておいた。
一息つこうと店内の飲食コーナーで缶コーヒーのプルタブを上げようとした僕は強い自己嫌悪に見舞われた。
(僕はあそこで逃げて良かったのだろうか……。第一自分で出来るだけ戦ってみると言ったにもかかわらず、僕はあの場所から逃げ出してしまった)
僕はコートの下に隠した拳銃にコートの上からふれた。ゴツゴツとした慣れない感触がコート越しに伝わる。
(彼女は熟練の能力者だと言ってはいたけど、あの数を一人で相手にするのは明らかに無理があるし……)
ホルスターに下がっている拳銃の感覚に慣れておらず、僕はベルトの部分を何度かコート越しになぞってみる。自分ピッタリに合わされて造られているホルスターは少しばかり奇妙な感覚だ。
(そういえば母さんは何で僕にこの拳銃を送りつけたのだろう? 純血の日本人である母さんならこの国は拳銃を所持することが法律で禁じられているのは知っているはずなのに……)
過去に僕の能力を封じておきながらこの拳銃を送りつけてきた母親の考えがよく分からない。
あなたの能力はね、人を傷つけるためではなく守るために受け継がれたモノなのよ
今は亡き母親の言葉が頭をよぎる。それと同時に、五年前まで仲良く遊んでいた幼なじみの名前を思い出した。
ミコト・ハネムラ。
今日僕の前にやってきた少女と同じ名前だった。
(彼女があのミコちゃんなのか? それとも同姓同名の他人なのか……)
僕がことについて考えていると、外から車が何かにぶつかるような音が聞こえてきた。もしやと思い視線を外に向けると、僕が振り切ったと思っていた怪物達がすぐそこまでやってきていた。
アルバイトの店員は叫びながら奥へと消えていった。店員が奥に逃げていったのを見送った僕は先ほど購入した缶コーヒーをコートの両側のポケットに突っ込み、店の外に出てコートの下から拳銃を取り出し、弾倉を装填した。
残りの銃弾は六発。それに対して相手は五匹。先ほどは勝てないと思っていたが今なら勝てそうな気がする。ゆっくりと母親から受けた封印が解けていく。
ゆっくりと一匹の怪物に狙いを定める。それと同時に頭の中に何かの文字が浮かんできた。聞いたこともない日本語の羅列。僕の中に眠る能力の断片であることは明らかだった。
「光速の雷のごとく敵を貫け。“雷光の早射撃”!」
銃口が火を噴くと同時にあたりが光に包まれた。ほんの一瞬の間にその場にいた怪物達が完全に絶命した。
「す、すげぇ……」
僕は自分の中に眠っていた能力の大きさに愕然とした。あまりにも強大な力は身を滅ぼすというが、たった今僕が使った能力がそれに値するのではないだろうか?
ふと忘れていた左腕の怪我から痛みが伝わった。それによって、僕が大切なことを忘れていることに気がついた。
(こいつらが僕のことを追いかけてきたということは、命さんは……!)
嫌な予感に背筋に冷たいものが伝う。気がついたとき、僕はさっきの公園に向かって走りだしていた。
「命さん!」
僕は公園に着くと同時に叫んでいた。すると茂みの中から先ほどよりも遙かに多い数の怪物が頭を出してきた。その中の何体かは指先に何かの血糊を付けている。その血糊を付けている怪物は一カ所に集中して集まっている。
嫌な予感がさらに膨れあがり、僕はその一点に向かってかけだしていた。銃を握る手に力が込められる。
僕の頭の中に再び日本語の羅列が浮かんできた。
そういえば五年前も、これと同じようなことがあったような気がする。デジャブというやつだろうか?
不思議な力を持っていたために周りの人間から虐められていた僕と、幼なじみのミコちゃん。
そんなある日、ミコちゃんが血を流して倒れていた。誰にやられたのかは分からなかった。だけど一つだけ明らかだったこと。
ミコちゃんが傷つけられた。
そのとき僕の頭の中に理解できない文字列が浮かんできた。今思えば、あれは日本語で書かれた文字だったのだろう。僕は初めて自分の力を使った。
傷をつけた奴が許せなかった。それ以上にミコちゃんを守れなかった自分が許せなかった。
ミコちゃんに呼ばれて我に返ると、周りには傷ついた人たちが倒れていた。
あの後、僕は母親に能力を封じられ、あの街から出ていった。
幼なじみのミコちゃんに何も言わず……。
一カ所に集まっていた怪物達を一撃で倒し、僕は目的の場所に辿り着いた。
そこには命さんが倒れていた。息はしているし大した外傷もない。僕は安心し胸を撫で下ろした。
命さんが幼なじみのミコちゃんだと、何故気がつかなかったのだろう? 命さんが無事だったことに安心したためか、僕の目から自然と涙がこぼれ落ちてきた。
その涙が頬に落ちたことで気がついたのか、命さんがゆっくりと目を開けた。
「ごめんな……」
言いたいことはたくさんあったが、最初に口から出た言葉はこの言葉だった。目を開けたとたんに僕の顔を見た命さんは驚きの色を見せた。無理もないだろう。一度その場から逃げた人間が再び戻ってきたのだから……。
「もう、僕の幼なじみを傷つけさせたりはしない。僕はもう、逃げ出したりしない」
母親が残した言葉を理解した今の自分なら能力を使う資格は十分にある。
僕はミコちゃんを守りたい。五年前は使い方を誤ったけど、今度は間違えたりしない。
拳銃を握り直して立ち上がり、その拳銃をゆっくりと怪物達に向ける。それを見た怪物達は嬉々として僕に襲いかかってきた。
僕はゆっくりと息を吸い込み、引き金を一気に引いた。
「地面をえぐり我が前に立ち塞がりし敵を破砕せよ! “大地の乱射撃”!」
銃口が火を噴くと同時に、母親に封じ込まれていた僕の能力“浪金の銃弾”が放たれた。
僕の攻撃を受けた怪物達は全て一撃で倒れていった。
一呼吸ついて一体だけ残った怪物を睨みつける。怪物はじりじりと後退し、焦りの表情を浮かべている。そんな怪物にも僕は容赦なく銃口を向け、
「汝等は滅び去り、新たなる生き物がこの地に君臨するだろう。“ラグナロク”」
銃口が火を噴いた。
怪物のいなくなった公園には再び静寂が訪れた。自分の解放された能力の強大さに驚きながら、僕はその場に立ちつくしていた。命さんはただ茫然と僕のことを見ている。
「大丈夫……、みたいだな……」
僕は気を取り直してあたりに散らばった空薬莢の回収を試みた。その十四個。いまだに降り続けている雪に埋もれかかっている物もあって全てを回収するのは結構面倒そうだ。前言撤回で空薬莢の回収は後回しにし、僕は再び命さんの側に歩み寄った。
「大丈夫? 命さん。いや、ミコちゃん」
僕は彼女を昔の呼び方で呼んだ。命さんはゆっくりと顔を上げ、僕の顔をまじまじと見つめる。
「久しぶり、だよね?」
命さんは信じられないと言う表情で僕のことを見つめ続ける。
「もしかして……、ユーちゃん?」
「うん」
昔の呼び名で呼ばれるのは個人的にあまり好きではなかった。それに高校生になった今、その呼び方はただ単に恥ずかしいだけかもしれない。でも僕自身も彼女のことをミコちゃんと呼んだのだからおあいこかもしれない。
「本当に、本当にユーちゃんなの?」
「うん」
命さんは顔を歪ませて……、泣いた。僕の胸にいきなり顔を沈めて泣いた。
「私、ユーちゃんのこと沢山、沢山探したんだよ! ユーちゃんってば、私に何も言わないで遠くに行っちゃうんだもん! 私、ユーちゃんがいない間ずっと、ず~っと……!」
僕がいない間にずいぶん大人っぽくなったな……と思っていたが、やはり命さんは命さんだった。幼い頃の記憶にある、泣き虫な命さんのこと。そんな命さんと同じような能力を持っていた自分が誤って人を傷つけてしまい、命さんと過ごしてきた街を離れなければならなくなってしまったこと……。
「ごめんね……、長い間一人にしちゃって……」
僕は少しずつ思い出してきた自分が過去に犯した過ちを振り返りながら、ゆっくりと命さんの頭に触れた。
「とりあえずこれ、せっかく買ってきたやつだし一緒に飲もう」
コートから二本の缶コーヒーを取り出し、一本を命さんに手渡した。命さんは涙で濡れた顔を上げ、ゆっくりと微笑んで僕の差し出した缶コーヒーを受け取ってくれた。
五年ぶりに再開した命さんと一緒に飲む缶コーヒーは、いつも飲んでいるものと同じものであるはずなのに、何処か違う不思議な味がした。
もう、何処にも行ったりはしない
本当に?
うん、今の僕には考える時間が必要だから
考えるって何を?
これからのこと。組織に所属してミコちゃんと同じ特殊戦闘要員として働くか、それとももう一度能力を封じて気ままな高校生活を送るか……
それならもう、答えは出ているじゃない?
え?
ユーちゃんは私の側にいてくれるって言ったよね?
ああ……。うん、そうだね。答えは一つしか無いや
僕は命さんを…、僕にとって大切な人を守り抜くために力を使う。例えそれが、常に自分の身を危険にさらしていることになっても……
僕は戦う
Fin
読了ありがとうございます。
この作品は15年前に高校の同好会にて参加した同人誌即売会にて販売した作品に、多少の加筆修正を加えた物です。