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プロペラ・フレンド

作者: 桜の樹

 はじめに、言い訳をさせてもらおうと思う。



 これは、断じて“恋”だとかいうものではない、と。


 というのも、これから君の前に提示するのは、僕の昔の日記の一頁なのだ。が、これがどうしようもない告白で、君だからこそ、見せようと決心できたものであるからだ。


 前置きが長い?

 まぁ、そんなこと言わないでさ、ほら。






 Sep.7.2007 Fri.


 もう飽きた通学路だった。

 あんな、余計なことが無ければ。


 何の意味もなく“オルタナ”と呼ばれるジャンルに属す曲(そのアーティストにしては珍しく、コメディタッチのMVだった、確か)を聴いていたと記憶している。場所は、駅前の地下街。


 そもそも、朝の通学路というのは、僕にとっては憂鬱なものだった。というのも、一般的な「学校に行きたくないから」とかいう理由ではない。


 単に、「待ち合わせをしてまで誰かと行く気力も勇気も相手も、僕は持ち合わせていなかったから」だった。

 正確には、「その状態で、周囲の雑踏と喧騒の中に巻き込まれるのが、面倒かつ惨めであったから」である。


 いつか、この頁を読み返した君は、苦く笑っているのだろうか。

 僕は、高校の頃、こう思っていたんだよ。と君に言いたい。もしかして、闇に葬ってしまいたい記憶になっているのだろうか。


 まぁ、続きといこうか。

 僕はそんな風に鬱々と歩いていた。バリバリとした爆音を脳内にぶちこみながら。歌詞は英語だったか、日本語だったか、覚えていないけれども。



 それで、少女を見た。



 彼女は、部活が一緒の、単なる女友達だった。仲良くしてくれているのは、勿論理解していたのだが――――それを意識することはあまり無かった。


 颯爽と歩く彼女の背に、小走りで近寄り、何事も無いかのようにイヤホンを外す。

「おはよう」

 僕は、彼女に微笑みかける。


「――――」


 彼女が何かを言ったような気がした。しかし、雑踏の中に声は消えて、返答が本当に存在したのかはわからなかった。


 数歩共に歩いた、刹那、彼女は僕の方へ一歩近づいた。

 二歩、三歩――――――そして、僕の前を横切って、バス・ロータリーへ続く階段へと吸い込まれていった。




 それは、考えてもみれば、さほど長い時間ではなかったと思う。

 気づけば、外したイヤホンのコードから先が、プロペラのように回っていた。無論、コードを操っていたのは僕であった。


 恐らく、イヤホンを持った右手が手持ち無沙汰だったのと、照れ隠し(よく考えれば隠せていたわけではなかったのだが!)とが混じりあっていたのだろう。



 彼女は、僕のことを単なる男友達だと思っているのだろう。

 僕も、恋心は持っていないと思っている。


 だから、僕にとっての彼女は、イヤホンをプロペラのように回す程度の友達なのだ。プロペラ・フレンド。……なんて名付けて、言ってみる。プロペラ・フレンド。

 これは恋なんかじゃない。



 そこに考えが及んだとき、僕は息を止めた。いや、本当に息が詰まったのかもしれない。



 彼女が通学にバスを使うのはわかっていた。僕がバスを使わないことも、わかっていた。それなのに、僕は何故か期待していた。

 ――――――どうして!


 思考するほど、世界が滲んで溶けていくのではないかと思った。




 苦しい、悲しい、淋しい、恋しい――――――――!



 そんな言葉でしか形容できないのに、そんな言葉では形容できないような気持ちになっていく。わからない、わからない…………。


 それでも、僕と彼女との間柄は、プロペラ・フレンドのままなのだろう。

 プロペラ・フレンド。

 君は飛び立たせてくれるのだろうか、イヤホンのコードを回して。


 思考しながらも、僕は決意した。

 ――しかし、僕は、僕の決心を、ここに書き残すことはしないでおく。

 何故なら、それはきっとすぐに実現されるからだ。



 僕はもう、この日記を繰ることはできないだろう。永久に。

 未来の君に宛てた言葉を記したにも関わらず。


 僕はもう、この日記を繰ることは無い。永久に。





 綴られた言葉は、そこで終わる。


 君には僕の姿は見えないだろう?つまり、そういうことなのだが……。そして、僕は、君と僕とは似た存在なのではないか、と思った。

 だから、僕は君にこの手記を贈るのだ。


 僕の手記が、君の想いを収斂して、昇華させられるような存在であることを祈りながらね。


 君の持つ想いがどんなものにせよ、醒めてもみれば、遠い感情になるのだから。


 僕は、君の決意を止めようとは思わない。

 ただ――僕の想いを、誰かに知って欲しかっただけなのだろう、と思う。この、醒めてしまった遠い想いを。君のような、赤の他人(第三者)に。

 済まなかったね、無為な時間に付き合わせたかな。

 だが、最後に、ひとつだけ訊かせてもらいたい。




 

 そして、君は、僕の想いにどんな言葉を返すのか――。

 お久しぶりです、桜の樹です。

 最後までお読みくださり、ありがとうございました!


 今回は“恋”がテーマの短編です。

 仲の良い友達ほど、両想いにはなれないと私は思います。想いを隠しきることはできない、でも、進展しない関係――それこそ、悲恋ではないでしょうか?



 憂鬱な心と、進展しない恋が混ざりあったとき。


 そりゃ、平安時代の人々も儚くなられてしまいますよ!

 と、テンションのよくわからない突っ込みを入れながら構想を練った作品です。……その、結果。


 重たくなりました。

 どうやら、私には軽い作品は不得手のようです。


 次回作は、軽めの短編にできればいいなー……と思っています(が、思っているだけかもしれません)。長編の続きも勿論書きますが。


 それでは、ご意見、ご感想をお待ちしております!

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