1-2
新人の最初の一年間に休みはない。
これはたしか入隊式での隊長のお言葉。
亜人観察団。亜人を観察し人々を守る英雄。
毎年応募者が殺到しその倍率は全体で五十倍を越えるとか超えないとか。
命を張る代わりに地位金名誉が手に入り、今や一番の親孝行とも呼ばれる職業。
というのが世間のイメージ。実際はなんていうか、違う。
そもそも亜人は生息地に引き篭もりほとんど姿を見せない。静かに暮らしている。特に第七部隊は。ので観察するもののほとんど姿は見えず、戦闘になるケースは極めて少ない。一番最近は二年前に柵付近の畑でレタスを盗んでいる狼を発見、追い払ったことって班長のグレーテさんが言ってたし。
命がけの仕事よりも鍛錬訓練。休みはそこそこ。まあ給金が良いのは本当だけど。
そんな実はゆるゆるの組織。それなのに何故新人に休みがないなどと言われるのか。脅し?いえいえ事実です。
亜人観察団のどの部隊にも大体五百人くらいが所属している。内、新人五十人。彼らの一番重要な仕事、それは施設の維持管理である。
……まあ、雑用?
空いた時間は全てそれに費やされる。勤務五年未満の先輩たちもしばしば休みが潰れる。それが伝統らしい。くそくらえだ。
書庫での仕事もその一環。ああ、眠い。
「なんて顔してるんだよ、カイ」
ふわぁと欠伸でノーガードになった脇腹を小突かれる。見上げると(決して俺が小さいわけではない、相対的にそうしなければならないだけで)ニコの顔。随分と嬉しそうじゃないか。
あの後役割分担を決めた。依頼された本を探して届ける係二名。返却された本を戻していく係五名。清掃係その他。
前の二つはノルマが決まっている。依頼のリストと返却台に乗っている本全て。清掃はまあ、怒られない程度に。ね。
チラと横目に返却台を見るとそこには壁。山じゃない。壁。ウォール。対してリストは二枚。つまり一人一枚。リスト一枚につきおよそ三十冊。
じゃんけん?誰かが呟いた。その声に渋々皆が手を伸ばす。
「まずは返却決めるから女の子はいいよ!」
フィーネがスッと伸ばした手に三人ほどの制止が入る。必死か。
え、でも。と困った顔をする彼女。いい加減察してやれ。
「力仕事だし、時間も限られてるから俺たちがやるよ。任せて」
ニコの言葉に納得したのかごめんねと手を引っ込めるフィーネ。俺が言いたかったのにと不満げな視線が刺さっているが中々にかっこいいんじゃないだろうか。
「君も抜けたら」
隣にいた少女に声をかける。フィーネばかりに視線がいき手を引っ込めずにいた彼女。コクリと頷くと一歩退いた。誰が悪いわけでもないんだけどさ、ごめんね。
「拳を前にいいい」
フランツが声を張る。
「じゃーんけーーん」
振りかぶられた拳たちが形を変えて振り下ろされた。
「良かったな、フィーネと一緒で」
脇を小突き返すと赤くなる耳。いつも飄々としているくせに。恋とはかくも恐ろしきものかな。
強めに小突く。
「任せてなんてかっこいいじゃん。何を?掃除?」
ジロリと睨みつける。するとさっきとは打って変わっていつものヘラヘラとした笑顔が向けられる。
「カイが勝手に負けただけだろ?」
近くにあった台車が押されてこちらに滑ってくる。持ち手を掴むと掌がジーンと痺れた。この野郎。
足元にあった箒を投げてよこす。少し左に向かって。大きな音を立てて落とせばいいのに。
「ノーコン」
平均より大きい掌に収まる箒の柄。危なげもなくパシッと良い音がなった。違うそうじゃない。
「脳筋」
居た堪れなくて捨て台詞を残して早足に返却台に向かう。前方からプククと笑い声。フランツだ。
「カイとニコって漫才してるみたいだなー!」
「違う、いじめっ子にいじめられてるだけ」
「弱いものいじめー?」
「それニコに言ってやって」
「あいつ都合の良いことしか聞こえない耳だから伝わるかなー?」
「無理だなー」
くっちゃべっているうちに目的地に到着。二人並んで壁に向き合う。
「これもうアートじゃん。崩したら勿体無いってー!」
俺の身長は多分ほとんど平均値。それでも壁の一番上には手が届かない。腰ほどの高さの台に乗っているとはいえこの高さよ。プレッシャー。俺よりリンゴ二個分小さいフランツなら尚更だ。
「……帰るか!」
踵を返そうとした瞬間、台車に質量が落ちてきてつんのめる。
「わ」
態勢を直すとどこからか湧いてきた男たち。両肩を叩かれる。
「が ん ば ろ う な」
せっせと動く彼らによりあっという間に俺とフランツの前に二つの山が出来た。だというのに壁は相変わらずの高さ。嘘だろ。
「おら、早く終わらせて清掃手伝いに行くぞコラ!」
「コラアアアア」
台車が押されて動き出す。勢いがついて勝手に前に前にと進む質量の化け物が出来た。ブーツの底を目一杯床に擦らせる。こっちはなんとか止められたが、もう一匹は駄目だったらしい。フランツよ達者でな。
その間にも錬成される化け物。出来上がると急発進急カーブ急停止を繰り返しながら書庫の奥へと進んで行く。恋とは本当に恐ろしや。派手な音が聞こえたけどきっと俺が疲れてるだけなんだろうね。
本を戻しつつワイワイと賑やかな声のする方を見ると箒やモップを片手に持った集まり。手が動いているのはフィーネと辛うじてニコ。他は口の方が元気がいい。
「失礼しまーす」
真ん中を突っ切る。何か轢いたような気がするけど多分大丈夫。ニコの笑い声聞こえるし。
「さて、早く終わらせようよ」
「うん、ニコ。頑張ろうね」
貸しにしといてやろうじゃないか、友よ。