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赤ずきんは銃を持って  作者: 珠子
2/6

1-1


「カイ、お前だけでも逃げろ!」


「やだ、兄さん!」


 燃え盛る炎と真っ黒な煙の中、小さな少年が顔を汗と涙でぐしゃぐしゃにしながら叫んだ。目の前には一回り大きな少年、彼の兄が横たわっている。


「もう無理なんだって! 早く行けよ!」


「いやだ!!」


 少年は兄の手を懸命に引っ張る。が、びくともしない。それもそのはず、少年の兄の腰は重く太い梁と床でぎっちりと挟まれているのだ。


「いやだ、なんで? 父さん、母さんー!」


 火に囲まれてパニックに陥った少年は咳き込みながら更に泣き叫んだ。何も考えられず部屋の中央で座り込んだまま動けなくなってしまう。その間にも炎は勢いそのままに壁を床を焼いていく。刻一刻とその時は迫っていった。


「カイ!!」


 兄は上半身を持ち上げて腕を伸ばし、少年の手首を掴んだ。少年は一瞬正気を取り戻して息を呑んだ。しゃくりあげながら兄を見つめる。


「カイ、父さんと母さんは死んだ。俺ももう駄目だよ助からない。でもお前は今すぐドアから外に出れば助かる、大丈夫怖くなんかないさ、お前は…父さんと母さんの子どもで、それで俺の弟なんだから!」


 兄は早口でまくし立てた。焦っているのだ。


「僕は……」


 それでもなお立ち上がろうとせず力の抜けた姿を見て、兄は少年を引き寄せて力一杯抱きしめた。


「お前だけでもどうか生きて……」


 絞り出すように言った後、兄は少年を強く突き放した。ドアの方へ向かって。


「行け!!」


 初めて聞く兄の怒声に少年は立ち上がり、走った。咳き込み、足をもつれさせながら前に進んだ。

 煙を抜けたところで初めて後ろを振り返る。

 大切なもの、全てを飲み込んだ炎が少年の瞳に映り込み、揺れ、流れ落ちた。






「…っ!!」


 飛び起きるとそこは今の自分の部屋、亜人観察団第七部隊の寮の八人部屋だった。この部屋で寝起きするのももう二ヶ月目だろうか、早いものだ。

 周りを見回すとルームメイトたちがいそいそと布団を片付けている。枕元の時計を見ると二度寝はできなさそうだ。


「おはよう、カイ」


 最初に声をかけられたのはニコラウス=ベッカー。運が良いのか悪いのか同じ部屋で更に同じ班、一緒に行動することが多いやつ。

 彼が今何をしているかというと、これまた同じ部屋で同じ班のフランツ=リンクをシーツから引っペがしている最中である。朝からオカンは元気だなぁ。

 みゃーみゃーと抵抗するも虚しく床に転がされるフランツ。赤毛についた寝癖のおかげでいつもより三割増しで猫っぽい。おい、そこで寝るな。


「なーニコ、今日の班の予定って何」


「書庫の整理。で、午後から訓練」


「だっる…」


 やる気が全て抜け布団に倒れ込む。はずだった。でも何故かフランツの横に転がっている。あれ。


「支度」


「…はい」


 見上げると朝日を背中に受けて微笑む鬼。人間だって狼に負けず劣らず十分恐ろしいじゃないか。



 

 朝礼、朝食を終えニコ、フランツと連れ立って書庫に向かう。


 書庫は寮と別棟の本部の一階隅にある。中は広く、そこには様々な本や資料、報告書が保管されている。

重厚な扉を開くとそこには十人ちょっとの同期たち。午前中を共にするメンバーだ。心なしか皆気怠げな様子。わかるよ、俺もそうだもの。


何となく周りを見渡すと一人の少女と目が合う。

ニコリ。彼女は笑うとこちらへ駆けてきた。


「おはよう、三人共。今日はよろしくね!」


明るい声と溢れんばかりの笑顔に書庫内の重苦しい雰囲気がさあっと一瞬にして晴れた。え、何これこわ。眩しい。


「おはよーう!」


フランツがハイタッチで少女を迎え入れる。朝から元気なことで。


「はよ、フィーネも書庫なんだな」


フィーネ=クーヒェンは所謂『第七部隊のアイドル』ってやつだ。優しくて明るくて可愛い。それでいて謙虚で一生懸命、努力家。圧倒的大多数を占める男のみならず老若男女誰からも可愛がられる人気者。

ほら、今も小さな声で周りから天使天使聞こえてくる。本人自分のことだと思ってないけど。


「うん、あんまり知り合いいなくて不安だったんだけど、カイたち見つけて安心しちゃったよ」


君が知らないだけで君を知っている人はここには沢山いるさ。…君が知らないだけで。

俺たちに刺さる視線が痛いから説明しておくと、俺たちが彼女と知り合いなのは特別な理由とかは何もない。ただ入隊の整列の時にフィーネとフランツが隣同士で、そのフランツと俺とニコが前述した理由でつるんでたってだけだ。ほら自然。

そんな訳だから人のこと睨んでないで話しかければ良いじゃないか。理不尽に目立つのは避けたいし。


「あれ、班の人はー?」


「なんか忘れ物したらしくて、もうすぐ来ると思うんだけど」


「そっか、そーいえばさー」


フィーネとフランツで話し始めたので一歩引きニコの隣に移動する。チラと見るとちょっとも動かない。

おーい。ひらひらと目の前で手を振るが反応がない。もしかしたら死んでるかも。さっきから一言も話してないしな。


「ニコ?大丈夫?どうかしたのかな」


その様子に気づいたフィーネが振り向きニコに近づく。一歩、二歩。


「あはは、大丈夫だよ、ね」


「そう?良かった!」


あはは。赤い顔で笑うニコ。フランツとのお喋りに戻った横顔をぼんやりと眺めている。わかりやすいねえ、若いなあ少年。いつもは頼れる年上臭醸し出してるくせに、こうして見ると彼も同い年の普通の人間である。


そうこうしている内にフィーネのところの班員が揃い、そして始業のベルが鳴り響いた。


「おはようございます皆さん、初めましての方は初めまして。お久しぶりの人がほとんどかしら?書庫の司書のリサです。今日はよろしくお願いしますね」


書庫の隣の小部屋から小走りで駆けてくる女の人。髪はボサボサ服はヨレヨレ、口元にはよだれの痕。


「早速ですが担当ごとに分かれて始めちゃってください。仕事内容は、説明するのめんどゲフンゲフンみなさん優秀ですし必要ないですよね」


早口で言うと笑顔で踵を返して歩き出すリサさん。


「わからないことあったら司書室に聞きに来てくださいね。あ、ノックは強めにしてください、壊れる手前くらいの力で結構です、大きめの音で」


じゃ!片手を上げ扉の向こうに消える後ろ姿。滞在時間1分足らず。すぐに安らかな寝息が聞こえ始めた。

ぽかん。嵐の後のような静けさ。全員が閉められた扉の方をただ見つめていた。


とはいえ静寂は誰かが破らなければいけない。


「…役割分担、しようか」


偉いぞ、ニコ。さすが頼れるお兄さん。

ざわざわ。時間が動き出す。


「…やりますか」


気は乗らないけど。

何はともあれお仕事です。



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