表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ふしぎの庭

秋の風

作者: 天川ひつじ

心地よい風がサァと入ってきた。庭の木々が揺れ、色づいた葉が舞い降りる。

座敷から見える庭で、幼い子が手毬をついて遊んでいる。


コトはその様子に目を細めた。たいそう絵になる景色だと思ったのだ。


なお、ここはコトの屋敷ではない。甥の屋敷だ。


コトの姉は、早くに亡くなってしまった。

だからコトは、姉の子どもたちの様子を、母がわりのつもりで時折見に来る。


甥が春過ぎについに迎えた、嫁の入れてくれた茶を飲み、菓子をつまみながら、秋を愛でる。


コトは懐かしい昔を思い出した。色づく秋と庭で遊ぶ子の姿のせいだろう。


「雅俊さん。あんたのお母さんな、生前、不思議な事を言うてはったんよ」

「はぁ。どんな話でしょ」


***


黄金色の稲穂が黄金色の日の光に照らされて輝いていたんや。

まぁ見事な、えぇ景色やった。


やけどまぁ、おかしなことに道に迷っていたんやわ。

ずーっと田んぼでな、見回しても稲穂ばかりや。

どうしたもんかなぁ、思たんやけど、あんまり美しい景色やし、見惚れてたわ。


***


ある日。

赤子を抱いて、コトの姉は笑った。


***


秋の、気持ちいい風がサァて吹いてきて、稲穂がザァアて波になって揺れていくねん。


眼福がんぷくやなぁ、思てたらな、まるで風鈴みたいな綺麗な音が聞こえるの。

なんやろなぁて思うやろ。

近くに風鈴でもつけたままの家があるんかいな、えらいのんびりした家やなぁ思うけど、なんか、ええ音でなぁ。

耳を澄ませてたん。


***


「リーン、リーン」

コトの姉は、楽しげに、鈴のような美しい声を赤子に聞かせた。


***


そしたらな、何が見えたと思う? おコトちゃん。


風がバァて吹くやろう。稲穂がバァて揺れるわな。


その稲穂の上をな、手に稲穂1本ずつ持ったわらしらが、風みたいに走っててん。びっくりやろ。


ほんまに、ほんま。


うちもびっくりして、凝視したわ。


そのうち風鈴の音より、童らの声が大きいなってなぁ。


キャァキャァ、楽しそうに、稲穂の上をみんなで駆け回ってるんよ。

稲穂の上やで。上。普通はないわなぁ。

あの童らが、風みたいなもんやったわ。


まぁでも、楽しそうで、嬉しそうでなぁ。

えぇなぁ、可愛いなぁ思たんや。


そしたら、童らの中の1人と目ぇ合ってな。


あら、目が合ってしもうたわ、と思てるうちに、こっちに向けてその子が走ってくんねん。

びっくりしたわ。

あっという間の速さでな。あっという間に迫ってるねん。


目も鼻も口も頭の形も、よぅよぅ見えた。よぅ覚えてる。


ぶつかる! 思たらな、ポンて入ってきてん。口の中や。

びっくりした次の時には、もう飲み込んでたんかお腹の中に入ったんがわかったわ。

体の中がポカポカしてなぁ。


いや、風の子やのに、こんなところが、気に入ったかぁ、思て、お腹おさえたんよ。


***


「なぁ。雅俊。よぅよぅ、覚えてるで。あんたは生まれてくる前、風の童やったんやなぁ」


そう言って、コトの姉は笑った。


***


「おコト叔母さん。あの、その場所、どこにありますのん?」

甥の嫁が、目を輝かせて、コトに尋ねた。


コトは瞬いた。

「さぁ・・・。場所とかよぅ分からんよ」

「そうどすか・・・」

甥の嫁は、肩を落とした。

甥は気落ちした嫁を気遣った様子で、心配そうな顔をした。


***


甥の嫁が席を外した。


コトは甥に聞いてみた。

「おチョウちゃん、あの話、本気にしたんやろか」

「まぁ、ははは」


「雅俊さん、何を呑気に笑ってはりますの。えぇか。嫁が素直な質なんはえことなんやけどな。なんや心配やわ。ちょっとまだ子どもなんやろか。えぇか、雅俊さんがその分ちゃんとしっかりしな!」

「はぁ、へへへ」


「まー頼りないな、私は雅俊さんの事を思って言うてますのやで!」

「はい、心得ております、叔母上」


「分かれば良いんです、分かれば」

「えぇ話が聞けて良かったです」


「そうか。まぁ、なんか私も懐かしいなったわ」

「はい」


***


その日の晩。


「なぁなぁ、旦那様は、覚えてはるん?」

「そんなわけないやろ。赤子やで」


「そうか、覚えてはらへんのか」

「ははは。すまんなぁ」



「よしよし。そんなに羨ましいんなら、風鈴を出したらいいんちゃうか」

「え。風鈴?」


「童の声の前に聞こえたんは風鈴やった言う話やろう?」

「ほんまや。ほんまやねぇ」



「秋やけど、風鈴出しても、えぇんやろか。変な家や思われへんやろか」

「えぇやろ。冬になったら寒いやろけど、まだ気持ちの良い秋や。それに庭の方の部屋につけたら外には聞こえへんのちゃうか」


「そうやね、そうします」

「うん。明日、すぐに出すと良いよ。音が一番きれいなん、覚えてるか?」


「鉄器のやろか」

「うん、そうや。緑色になってる、お寺型のつけたら、ええ音なるやろ。リーンリーンて」


「リーンリーン」

「ははは。リーンリーン、やな」


***


翌日。


涼やかな音が秋の庭に染みていく。


「おチョウちゃん、秋やのになんでまた風鈴出してきたん?」

「ふふ。これ、おまじないやのー」


「ふぅーん。よぅ分からんけど、秋でも良い音やねぇ」

「そうやねぇ。寒ぅなるまで、ちょっと飾っとこう思て」


「綺麗やねぇ。リーンリーン」


嫁と姪が仲良く並んで座って楽しんでいる。


リーン、リーン・・・

おわり

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ