結*里真が望むもの
著者にとって、ぐっと来るものに仕上がったのですが、後は読者様に伝わることを祈るのみです。<(_ _)>
「その前に、まず尋ねたいのですが、綾乃様は別の時空から来られましたね?」 へっ!ばれてる?
「どういう意味ですか?難しいことは、分からないんですが・・」 とりあえず、とぼけた。
「綾乃様の魂の匂いと、お体の匂いに違和感があります。別の方の体内によそから来た魂が宿るのとは、又違った微妙な差なのです。綾乃様ご自身であることに違いはありませんが、魂は別の時空から来られたものに感じてならないのです。」 鋭い!流石妖魔。
「実は、未来から来たの。」って、こればらしてよかったんだっけ?
「そういうことですか。では、時空を超えさせる力を持つ者に会われたんですね。」
「まあ、そういうことになるね。」 どんどん誘導されてる?
「その者に、いえ、その方と云うべきか、地獄に落ちた私を召喚する術を伝授された。違いますか?」 全くその通り!
「どうしてそこまで分かるの?」
「図星の様ですね。問題はその力の主の正体ですが、どの様ないでたちでしたか?」 そこで私は、クロノスのことを憶えてる限り話した。
「ただ、この先何が起こったかは云っては駄目って・・」
「では、云わなくていいですよ。聞いたところで、綾乃様が見て来たもう一つの現実を変えることは叶わないでしょうからね。」
「やっぱりそうなんだ。」
「時は未来へ流れて行くもの。過去に戻っても、そこは既に別の時空なんです。別の時間軸とも云いますがね。問題は、この時間軸の綾乃様の体に別の未来から来られた綾乃様の魂が宿られたということは、元のこの時間軸の綾乃様の魂はどこへ行かれたかですね。」 考えてもみなかったことだ。私の元いた時間軸では、私はこの後左脚を痛めて切断するのだけど、この過去に来て、この痛める前の体に戻ってる。ということは、この時間軸にいた私の心は、確かに行方不明になってる?ああ、何かややこしいなあ!
「体は治ってるけど、この時代の私はもう一人いるってことないの?」
「それは、ありませんよ。さっきも申しました通り、今の綾乃様の魂とお体は元は別だったんです。元の宿主の魂は、今ここに居られる綾乃様に体から追い出されて、どこかにさ迷っているか?元居られた未来の綾乃様と入れ替わりに宿られたか?それとも妖魔に喰われたか?ぐらいです。」 へえぇ!妖魔に喰われた?って、妖魔って、人の魂を食うのか?え、それって、やばくね?それって、まさかこの平安貴族風イケメン妖魔の願いって、私の魂をくれとか?ひええ!私は、喰われるのか!?いくらイケメンでも、喰われたくはない。これが、私の現実?
「魂喰われたら、どうなるの?」 恐々訊いてみた。
「体は抜け殻になり、喰われた魂は妖魔に消化吸収されてしまいます。」 食い殺されるってこと?いやだあ!急に体がガタガタ震え出して、思わず涙が溢れた。ちびりそうだ。腰が抜けたのか、その場にへたり込んだ。そんな私を、彼は見ている。願いって、やっぱりそれ?
「食べるんなら、行方不明の魂見つけ出して食べて下さい。」 急に必死になって、涙ながらに訴えた。
「心配されなくても、綾乃様の魂を食べるつもりなんかありませんよ。」
「じゃあ、里真様のお願いって?」 ほっとして、その場に座り込んで訊いた。すると、彼も私のすぐ前に座って優しく笑った。
「早とちりですよ。それには、その前に確認しておかなければいけないことがあるのです。」
「確認って?」
「まずは、先ほど申しました綾乃様のもう一つの魂の行方です。もし、もう一つの時間軸の綾乃様と入れ替わられたとしたら、もうそれはそれでどうしようもありません。」
「里真様は、時空を越えられないの?」
「超えられる時空と越えられない時空があるのです。時間軸間の移動は、私には成しえません。その力は、計り知れないものなのです。西洋の妖魔には、その様な力を持った者もいるとは、何となく感じてはいたのですが、憶測に過ぎません。」
「じゃあ、クロノスも妖魔なの?」
「さあ、その正体も、綾乃様を時間移動させた真の目的も、正直私には計りかねます。」 ほっとしたのも束の間、何だか又不安になって来た。目の前の彼は信じれるとしても、今度は、このやり直し自体が、何か得体の知れない企みに利用されてる様な不安だ。そんな私の不安をよそに、話は続いた。
「もし、既に妖魔に喰われているとしたら、もはやその魂を救う術はありません。」
「喰われてなかったら?」
「さ迷ってるとしたら、それはそれで色々問題があります。」
「どんな?」
「見つけ出して、救ってあげたいですか?」
「そりゃあまあ、それも私自身だからね。」
「一つの体に二つの魂が宿るのは、ことのほか難しいんですよ。想いが同じならば易いのですが、我がぶつかれば、どちらかが衰えて消滅しかねませんし、悪くすれば共倒れで気がふれる恐れもあります。」
「じゃあ、いいよ。もう元の現実に戻れないなら、もうこの体で生きるしかないんだし、その魂が戻って来ても譲れないよ。」
「では、その時はそちらには成仏してもらうしかないですね。」
「里真様は、それ食べないの?」
「食べませんよ。地獄から呼び戻して頂いた恩のある綾乃様です。もう一つの魂も、綾乃様に違いはないのですから、食べることなど出来ませんよ。丁重に成仏して頂きます。」
「じゃあ、それで問題解決ということで・・」
「いえ、そのクロノスと手を組んだ妖魔が、この時空に来ているやもしれません。その者に行方不明の魂が既に喰われている場合も、これから喰らうつもりでいる場合も、綾乃様は狙われてるかもしれません。特に後者で、二つの魂が宿った場合、妖魔の恰好の餌になります。」 超怖!
「なら、里真様に守ってもらいたい。」 正直、本音で頼りにしていた。それに、イケメンだし・・
「しかし、それには問題があります。実は、現世で私はこの体を永く維持出来ないのです。」と云い終わったところで、突然横を向いてくしゃみをした。それも、3回も立て続けにだ。
「風邪ひいたの?」って、妖魔でも風邪ひくのかな?
「いえ、さっきから鼻の調子がおかしいのです。きっと、私は鼻が特別利く分、現世の空気に合わないのだと思います。」 え、まじ?アレルギー性鼻炎じゃね?って、それ佐伯さんと同じじゃん。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「そこでお願いなんですが、しばしの間のみ、綾乃様の体に宿らせて頂けませんか?」 へえぇ!
「宿るって、私の魂はどうなるの?」
「何ともありませんよ。何事もなければ、奥で大人しく控えてますゆえ。」
「里真様の体は?」
「亜空間に置いておきますので、ご心配なく。いざという時のみ体を呼び戻しますから。」 いや、よく分からんけど、妖魔って器用なこと出来るんだね。ま、乗りかけた船だし、もう何だっていいや。
「いいよ。それで。」 すると、彼は右手で握手する様に私の手を握り、次の瞬間、今まで感じたことのない何やらふわっとした感覚を覚えた。そして、間もなく握った手の感触も、目の前にいたはずの彼の姿も、跡形なく消えた。それ以外、特に違和感はなかった。
その夜は疲れていたせいか、さっさと家に帰り、中3時代の模様の自分の部屋に懐かしさを感じたのも束の間、すぐにベッドに入った。勝手きままな娘に両親は諦めていたせいか、もはや放任状態だったな。そんなこと思いながら、知らないうちに深い眠りに就いていた。次に気が付いたのは明け方で、時計を見ると4時少し過ぎた頃だ。まだ暗いけど、目は慣れてたせいか、部屋の模様も脚の状態も当時のもので、昨日の出来事が夢ではなかったことに、妙にほっとした。そこで、昨夜は疲れて何も考えられなかったことが、色々頭に浮かんだんだ。イケメン妖魔が、今私の中にいるんだっけ?それって、憑依されてるんだな、と改めてぞくっともした。でも、あんな未来よかずっとまし。頼りになる力が今私の味方なんだと、ほくそ笑んだりもした。それにしても、私は薄情ものだ。今この自分の為に、もう一人の自分を平気で犠牲にしようとしている。でもさあ、おまえの未来なんて、やって来たことの報いでろくなもんじゃないしさ、やっぱここで成仏したらいいんだ。なんて思ったりもした。そして、自分はここからしっかりやり直すんだ。裏で起こってることも何も知らず、いつの間にかも一度寝してた。
翌朝、わくわくした気持ちで登校した。出かける前の、『あんた、どうしちゃったの?』という母親のきょとんとした顔を思い出し笑いしながらだ。学校に着くと、教室に入る前の廊下で、教室から出て来た葉月に会い、いきなり、
「綾乃、大変だよ。麗香さんの様子がめっちゃ変なんだ。」と、血相変えていた。
「まあ、落ち着きなよ、葉月。」と、わざとらしく落ち着き払って返した。
「はあ?麗香さんたら、佐伯の奴に謝るって、この前のカツアゲした分も含めて慰謝料払うからって、金あるだけ貸せってんだよ。」 あまりの効果に、内心びっくりもしたけど、
「どれだけ要るのかな?私の持ってるので足りるかな?」と、平静を装った。
「綾乃は、どうしてそんな呑気こいてんだよ。だいたい、『私』って、あんた一人称は『あたい』じゃなかったっけ?蒔絵は元々変だけど、麗香さんに云われて泣き出したと思ったら、城崎達に慰められて、もうあいつらと仲良くなってんだ。」 そう云やあ、あの頃は『あたい』って云ってたっけな?それよりも、
「肝心の佐伯さんは休んでるんでしょ。」
「来てないけどさあ、あんたまでさん付け!あたしだけが、置いてかれたのかよ。」 葉月は、いらだっていた。そんな彼女を置いたまま、さっさと教室に入り、すぐに持っていた5千円ほどを麗香さんに差し出した。
「サンキュ、綾乃。この借りは将来空手で金メダル取ったら、10倍にして返すわ。」なんて、もう完全に改心した様子だ。すぐ近くでは、蒔絵と城崎さんと竹林さんが談笑してる。全く持って、驚異的に歴史は変わってる。更に丁度そこへ、本来ならまだ不登校だったはずの佐伯さんが登校して来たのだ。
「佐伯さん。」 早速麗香さんがそれを見つけ、佐伯さんが窓際の席に着くまでに呼び止めた。
「何でしょうか?」 まだ半分怖がってる?でも、教室の異変には気付いてると思う。ただ観客と化していた烏合の男子共は別として、確かに教室の空気は変わっていた。
「今まで悪かったよ。この通りだ。」 麗香さんが、佐伯さんの真ん前で深々と頭を下げた。もちろん、クラス中がこれに注目した。その中、戸惑っている佐伯さんの前で、麗香さんは続けた。
「これじゃあ、全然まだ足りないとは思ってるけど、この前の返済と、耳鼻科でもらった鼻のお薬の分と、これまでのお詫びなんだ。足らない分、これから頑張って返すから、それで勘弁して下さい。」と、お金が入ってるらしい封筒を、佐伯さんの手に握らせた。
「もう虐めたりしないってことですか?」 真剣な眼差しで麗香さんに問いかけていた。
「もちろん、もうそんな愚かなことはしない。誓ってしません。」 麗香さんも、佐伯さんの目をしっかり見ながら応えていた。それは、
「じゃあ、もうこれで充分です。」 見事な和解だった。そして、私のたっての希望のやり直しは、これで全て上手く行った様に思えた。しかしだ・・・
授業が始まってしばらくして、私の斜め前の席だった佐伯さんが、落とした消しゴムを拾うふりしながら、わざとらしく私の机に手を着いたかと思うと、メモ用紙をよこして来た。二つ折りにされたそれを広げてみると、『昼休みごはん食べたら、屋上で待ってます。』と書かれていた。それから、云い様のない妙な期待と不安で過ごし、遂にその時を迎えた。佐伯さん達は、久しぶりに仲良しグループで集まってお弁当を食べてはいたが、当人は一見その会話を楽しんでる様で、実際はさっさと昼食を済ませて、友達を置いてトイレにでも行くふりして先に教室を出て行った。私はというと、その様子を気にしながら一人でコンビニ弁当食べてから、後を追う様に屋上へ向った。
屋上に着くと他に誰もいなくて、佐伯さんだけが、上がって出て来る私の方を向いて待っていた。その時、彼女の膝くらいまでのスカートの左右の裾が繕ってあることに気付いた。それは、麗香さんの命令で茶巾をするのに、丈の短いスカートの結び目を補う為、縄跳びを通すのに当時の私が空けた穴を塞ぐものだった。罪悪感をえぐられる思いがした。
「佐伯さん、ごめんなさい。」 心から、必死の思いで謝った。けど、彼女はそんな私の気持ちとは違う反応をしたのだ。そう、それはあまりに想定外で、かつ唐突な衝撃だった。
「会いたかったよ。」 彼女は、まっすぐ私の胸に飛び込んで、抱き付いて来たのだ。
「え、佐伯さん、ちょっとどういうこと?」 戸惑う私に、
「お願い、しばらくこのままでいて、お願い。」 その声は凄く必死で切なく感じた。そして、次の瞬間気付き、確信して納得した。やっぱりそうだったんだ。
「いいよ。そんなんで償いになるなら、いくらでも好きなだけ抱き締めて。」 そして、私も彼女を抱き締めてあげた。
「ごめんね、鼻水一杯制服に付いちゃうね。」 申し訳なさそうに云うけど、鼻水くらい、片脚切断することとは比べ物にならないほど、全然平気だよ。好きなだけ泣いて、涙でも鼻水でもいくらでも付けてくれたらいいよ。彼女のことが凄く愛おしくなった。
最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。<(_ _)> 敢えて、多くの謎を残したまま締めさせて頂きました。(#^.^#)