争いの火種
昔々あるところに、正義感の強い心優しき少年がいました。
少年は街の外れに両親と三人で住んでおり、行商の父の手伝いをして仲睦まじく暮らしていました。しかし、5年前から、この国で起こった戦争によって彼の父親は家から姿を消してしまったのです。病気がちの母を看病しながら、少年は毎日陽が暮れるまで体に鞭を打って働きました。
「どうして戦争なんて起こってしまったのだろう。争いさえなければ、僕のお父さんも兵隊として駆り出されることはなかったのに」
父がいなくなってからというもの、彼は世界中で起こっている争いが嫌で嫌で堪りませんでした。いつか戦争のない、平和な世界を願って、彼は毎晩神様に祈りを捧げて眠りにつきました。
さて、そんな少年の健気な姿に涙を流したのが、他ならぬ神様だったのです。
「なんと見上げた、素晴らしい少年じゃ。彼ならきっと、人間の世界を正しく平和にしてくれるに違いない」
少年の小さな願いを聞き届けるため、早速神様は彼の枕元に立ちました。
「少年よ。其方に『天界の箒』を授けよう。この箒で掃けば、どんな小さな争いの火種でも簡単に消し去ることができるじゃろう」
突然現れた髭面の老人に「あっ」と声を上げる前に、神様は少年の前から姿を消してしまいました。寝ぼけて夢でも見ていたのだろうか…。そう思ってもう一度寝床に戻った少年は、明くる日、枕元に置かれていた見知らぬ箒を見て驚きの声をあげました。
「あれは夢じゃなかったのかな?」
半信半疑のまま、少年は試しに道端の酔っ払いの足元を『天界の箒』で掃きました。すると驚いたことに、何と胸ぐらを掴み合っていた酔っ払いたちは、たちまち喧嘩を止めてしまったのです。嬉しくなった少年は、その日は一日中街を掃いて回りました。神様から授かった不思議な箒は、どんな争いの火種もたちどころに消し去ってしまいます。
「ゴメンなさい、私が言いすぎた部分もあったと思うわ」
「僕の方こそ、一方的で悪かったよ」
家賃の滞納に業を煮やしていた大家さんも、夫の不倫が明らかになって怒り心頭の奥さんも、街のみんなが仲直りする姿を見て、少年は大喜びでした。
「これでお父さんを戦争から連れ戻せるぞ!」
次の日、早速少年は国の兵隊さんのところに出かけて行きました。
「戦争を止めたいんです。どうか僕を父の元に連れて行ってください」
「いいだろう」
普通なら笑われて門前払いにされるような子供のお願いも、箒があればあっという間に争いはなくなってしまいます。眉間にしわを寄せかけた兵隊さんも、ニコニコ顔で少年のお願いを聞き入れました。
やがて戦場に着いた少年は、その場を一生懸命『箒』で掃きました。神様がくれた『箒』の力はすさまじく、星が見え始める頃には、暗い夜の空に響いていた銃声が静まり返りました。誰もが武器を下ろし、我に返ったような表情を浮かべています。少年のおかげで、5年も続いた戦争が終わったのです。
「みなさん、聞いてください!僕は神様から、特別な『箒』をもらいました!」
戦場に突如現れた、箒を持った少年を誰もが不思議そうに見つめる中、彼は嬉しそうに叫びました。
「もう2度と、戦争を起こさないためです。この箒で掃けば、どんな小さな争いの火種も消し去ることができるんです。もうみんな…僕のお父さんも…戦争なんかしなくていいんです!!」
彼の言葉に、兵士たちが歓声をあげました。もちろん誰だって、戦いたくなかったのです。少年と、争いの火種を消す魔法の箒の「奇跡」は、瞬く間に世界中に伝えられ、称賛を持って迎えられました。莫大なお金のかかる戦争に、ずっと頭を悩ませていた世界中の王様や大統領も、この奇跡に大層喜びました。
(この箒さえあれば、我が国は世界を支配できる…!)
こうして、神様の箒を火種に、世界大戦の幕は開けたのでした。おしまい。