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凶報


 次の日、後宮では朝から皇子の快癒の祈祷が宋賢妃の手配で行われた。夕方にも行われ、二回ともほぼ全ての宮女が参加したようだった。

 わたしは供え物だけを──それも食べ物ではないものを──預けて、参加は見送った。

 侍医に止められたのもあるし、陛下からも参加せずに養生するようにとの伝言を詩玲経由で頂いたし、何より本当に体調が良くなかったからだ。


 皇子の熱は相変わらず下がる気配がなく、いよいよ危ないという状況で。

 陛下はその日も見舞いに出向かれた。この夜はそのまま花水宮にも顔を出されたらしいのだけど、わたしは寝ていてお会いすることが出来なかった。



「陛下がいらしたのなら、起こしてくれれば良かったのに」


 朝になって聞いて文句を言うと、帳の向こうで秀英と桂英が笑う気配がした。

 すぐに朝食を捧げもった秀英が臥房に入ってくる。起きるのが辛いので、寝台で食事をすることにしたのだ。


「申し訳ありません。ですが、花琳さまの具合があまりよろしくないことは存じておりましたし……陛下も、少し臥房を覗かれた後で、すぐにお帰りになりました」

「臥房を覗かれた、の?」

「はい。中に入られますと、花琳さまにご病気を移してしまうかもしれないと仰って」

「ああ……そうね。そうだったわ」


 陛下は、皇子のお見舞いに行った帰りにいらしたのだ。

 皇子は風邪を召されていたという話だから……そのことを心配されたのかな。


「でも、やっぱり起こして欲しかったわ。ここのところ、ずっとお目にかかれていないのだもの」

「そうですね。陛下もそろそろ落ち着きそうだと、そう伝えるように伺っております」

「そう」


 良かった。宮廷の方が落ち着かれるのなら、またゆっくりいらして頂けるようになるでしょう。


「ですから花琳さまも、しっかり御飯を召し上がってお元気になってください」

「ええ」


 本当、あまり陛下にわたしのことでご心配をおかけしたくないのに。時々体調が崩れるのは仕方のないこと、と侍医は言うけれどやはり申し訳ないと思う。

 今はまだ、わたし以外に懐妊した宮女がいないだけに。




「そういえば、黄采女はどうなるの、というかどうかなったの? 何か聞いている?」


 桂英と秀英が顔を見合わせた。

 なんだろう。わたしに聞かせられない内容なのかしら。


「何かまずいことでもあった?」

「いえそうでは……。花琳さまを襲ったこと以上に、皇子が被害を被られたため重い刑罰になるのは確定しております。本人のみですみますかどうか」


 秀英がそっと薬膳粥の入った食器を渡してくれる。


「少なくとも、花琳さまも、どなたも黄采女には二度とお会いになることはありませんわ」


 そんなことを言いながら桂英はお茶を淹れてくれた。

 言葉を濁しているけれど、つまり、黄采女は冷宮に送られることもなくおそらく……処刑される、ということだろう。

 怖い目に遭った。酷く憎まれているのも実感した。だからそれを聞いてほっとしてもいいはずなのに、何か言いようのない不安が押し寄せてくる。


「花琳さま……お口にあいませんでしょうか?」

「え」


 匙を握ったままぼうっとしてしまって、慌てて粥を口に運んだ。


「美味しいわ」

「良かった」

「たくさん召し上がってくださいね」


 愁眉を開いた二人にあいまいに頷いた。


 気がついてしまった。

 黄采女が処刑されても……また、わたしを憎む人が増えるだけではないだろうかと。




 余計なことを考えたことが悪かったのか。頑張ったのだけれど、結局半分くらいしか食べられなかった。

 そうしたら、いつでも好きなときにつまめるようにと小さな点心がたくさん運ばれてきて、臥房の卓に置かれた。食欲を誘うように美麗な彩色の施された点心は、一目で手がこんでいることが知れた。

 桂英にも秀英にも、そして花水宮の女官たちにも心配されているのだと分かってしまったので、時々は手に取って口にする。


 侍医には本日も安静に、と言われて寝台に横になっていると、よく眠っているはずなのにまた眠気が襲ってくる。

 こういう時、花水宮は本当に静かになる。

 わたしを起こさないためだろう。

 でも、今日はいつもよりも騒がしい気がして、胸騒ぎがした。



「桂英、何かあったのかしら」


 声をかけると隣の部屋から桂英の顔が覗いて、


「分かりません。……ちょっと見てきましょうか?」


 そう言うので頷いた。

 秀英が傍にいないので桂英まで傍から離すのは少し不安だったけれど、花水宮の中だから大丈夫だろう。

 そうして待っていたのだけど、桂英が戻って来ない。

 先ほど少し遠くから桂英のものらしき声が聞こえたような気がして、寝台から起き上がるとそっと立ち上がった。


「桂英。秀英?」


 返事がない。

 意を決して臥室から出て、隣の房室を通って声がする方へ近づいていく。何を言っているのかは分からないけれど、秀英と桂英と詩玲の声がして、少し安心した。

 また一歩、近づいたとき。


「花琳さまに、なんとお伝えすれば……」


 桂英の泣いているような声が聞こえた。


「お伝えしてもどうにもならないなら、ご心配をおかけしないよう何も申し上げない方が良いのではないか。すぐに陛下にも知らせはいったはず」

「でも。でも、旦那さまが……。お父上のことをお伝えしないなんて、酷いのではない?」

「捕縛されたといっても夜のうちのこと、そんなに時間は経っていないしきっと大丈夫よ。貴女は早く花琳さまの元に──」


 そこまで聞いて、我慢出来なくなった。

 帳を跳ね上げて早足で近づくと、三人と女官たちがはっとしたように息を呑んでわたしを振り返った。


「お父様がどうされたの」

「か、花琳さまっ」

「捕縛されたって、誰のこと?」


 秀英は答えない。詩玲も苦い顔で押し黙る。

 桂英に目線を合わせたら、泣き顔でうつむいてしまった。


「お父様が、捕縛されたのね。……そうでしょう?」


 桂英が、かすかに頷くのが見えた。


「お父様…………」

「花琳さまっ」


 力が抜けてへたりこみそうになったのを、秀英が支えてくれる。

 必死な顔が見えて何か言おうとしたけれど、言葉が出なかった。



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