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深見草 ~花琳の後宮物語~  作者: 菜摘
第一章 入宮編
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皇帝陛下の印象

 結局、帰ってよいと言われても、そのまま帰るわけではなかった。

 あの後、すぐ現れた宦官に休息のための小房室に戻されてそこで仮眠したあと、再び輿に乗せられて房室に帰った。桂英は寝ずに待っていて、帰ったわたしに喜んでくれた。


 言えなかった。

 皇帝陛下と別に何もなかったなんて……。



 けれどなるほど、と思う。帰った女は他にもいると仰っていたけれどそのような噂は麗艶(れいえん)からも聞いたことがなかった。帰る、と決めた女もあの房室で時を過ごして、他の宮女たちと同じような時間に帰されているのだろう。

 そこには、皇帝の宮女に対する気遣いのようなものが感じられた。意外なことに。



「思ったよりは、優しい方……かもしれません」


 翌日押しかけてきた三人にそう言うと、そろっておかしな顔をした。


「あんまりお優しい方だとは思わなかったけれど……噂だものね」

「かもしれませんって、陛下のお相手をしたのでしょ?」

「どうしてそんなに自信がなさそうなの」


 いや、だって。

 声も顔もどこか冷たい雰囲気がぬぐえなかったんだもの。


「陛下は格好良い方だってあたし噂で聞いたけど、ほんとなの?」

愛蘭(あいらん)、そこは麗艶に聞いたって正直に言ってもいいんじゃないかしら」

「わたくしはそう聞いただけよ。それで、本当なの」

「……ええ。整った顔立ちをされていたと思うわ」

「素敵!」

「やっぱり先帝の皇子の中で一番と言われていたのは本当なのね」


 盛り上がる愛蘭と麗艶。

 確かに、どうせお仕えするなら美形の方がいいのかもしれない。陛下は確かに、硬質な美貌の持ち主だったと思う。



「二人とも、あまり陛下のお顔のことを持ち出すのは不敬よ。外では絶対に口に出さないでね」

紅花(こうか)は堅いわね。そんなこといちいち他の人たちに話したりしないわよ」

「そうよ。なんか感じ悪い人多いもん」

「召しだされた人に話しを聞こうとしても、何も教えてくれなかったものね」

花琳(かりん)も教えてくれないかと思ったの。教えてくれてありがとう」


 愛蘭が真剣な顔をしているのにびっくりした。


「隠すことなんてないもの。でも、三人ともこれからお呼びがかかるでしょう? すぐに陛下にお会い出来ると思うわ」


 以前は、わたしと一緒に早く家に帰りたいと言っていた愛蘭。でも陛下に問われたら、愛蘭は帰ろうとはしない気がする。

 麗艶は、最初から寵妃を目指していたから帰らない。紅花は……紅花も、ずっとここで過ごす覚悟を決めているらしいからきっと残る。

 帰るのは、わたしだけかもしれないわ。

 少し寂しい。



「すぐに……とは言っても、たぶん花琳でまだ十人目くらいでしょ」

「わたくしたちにお声がかかるのは、まだまだ先の気がするわ」

「人数が多いから仕方ないわ」

「そうだけど!」


 うーん……。

 麗艶が教えてくれたところ、一緒に入宮したのは四十二人だったらしい。陛下に呼ばれるのが三、四日に一人だとして……全員で四ヶ月もかかるのね。確かに多いわ。多すぎる。


「まだ猶予があるし、愛蘭も一緒に踊りの練習しましょう。体がしまるって言われているのよ」

「あたし体を動かすのはあまり得意ではないから……」

「だったら私とお勉強する? 花琳も入れて三人で」

「お勉強も……。お化粧法とか髪型で頑張りたいの。花琳、陛下はどういうご趣味なのか分かる?」

「え?」

「ほら、お化粧はどんなのがお好みだとか、髪型とか」

「そういえば随分と地味な格好をしてたと思うけど、何も仰らなかったの?」


 愛蘭ばかりか麗艶まで詰め寄ってくるのに苦笑する。


「わたしがお気に召されたかどうか分からないのに、真似をしてもしようがないんじゃないの?」


 というより参考にしないほうがいいです。

 とくに皇帝陛下の寵愛が欲しいと思っているなら、しないほうがいいと思う。


「じゃあ、陛下とどんなお話をしたの?」

「何をおしゃべりしたのか聞きたいわ」


 それは……。


「二人とも」


 紅花がぴしりと団扇(おうぎ)で制した。


(ねや)のことは口外してはならず、無用な争いを招く元──忘れたの?」

「わ、忘れてないわよ……」

「ごめんなさい」

「いいの。気にしてないわ」


 でもごめんなさい。お話出来るようなことはなにもないの。

 まさか、陛下の仰ったことをそのまま伝えるようなことは出来ないし……三人に話せるほど、陛下と言葉を交わせたわけでもない。

 きっとすぐに、わたしなんかより三人の方が陛下について詳しくなっていくと思う。


「わたしの格好については、何も仰っていなかったと思うわ」

「そうなの?」

「かなり……地味だったわよね」

「正直、私にはあまり花琳に似合う格好には見えなかったわ」


 房室の隅に控えていた桂英が、紅花の発言に全力で頷いている。


「でも本当に何も仰らなかったわ。陛下の好みについても分からないわね……お房室は禁色だったし刺繍の模様も龍だものね」

「皇帝陛下だもの」

「そうよね」


 そうなのよね。あの房室が陛下の好みを反映していたとは思えないわ。

 机の上にたくさんの書状があったのはお仕事熱心なことの現れなのかもしれないけれど。


「禁色は無理だけれど高貴な色である紫なんかはいいかもしれないわね」

「陛下の禁色ともあうんじゃないかしら」

「熱心ねえ」


 紅花と顔を見合わせて苦笑する。

 純粋に皇帝陛下の寵愛を得ようと頑張る二人が、少しだけ羨ましい。わたしも大伯母のことがなかったら、こんな風だったのかしら。


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