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友情と……


「陛下は、わたしが嫌がることはしないと仰ったの。だから……ごめんなさい。でも、笑ってなんかいないわ。ずっと申し訳ないと思っていたの」


 涙が零れ落ちるのを、手で抑えた。わたしが今、泣くのはずるい気がする。

 ぼんやりした視界の先で、麗艶が変わらず厳しい顔をしているのが見えた。


「そのことは初耳だわ、花琳。でも私思うのだけど、普通は逆なのではない? 貴女は嫌だったみたいだけど、仲の良い宮女同士で陛下に紹介しあうことはあるって聞いたわ」

「そうよ。あたし、ちょっとだけ期待したこともあったんだけど」


 紅花と愛蘭の言葉に、首を振る。


「でも、わたし嫌で……。貴女たちが陛下に寵愛されてしまったら、嫉妬してしまうもの。仲良くなんて、きっとしていられない……」

「わたくしは、ずっと、花琳に嫉妬しているわよ」

「麗艶」

「ずっと嫉妬しているし、羨ましくてたまらなかったわ。今だってそうよ。陛下がいくら宮女をお召しになるようになったって、花琳ほどの寵愛を受けている人なんて、一人もいないんだもの。羨ましいし、妬ましい。当然でしょ? わたくしたちは、陛下のお相手をする為に呼ばれたのよ」


 情けないことに、衝撃を受けた。わたし、ずっと、麗艶に嫉妬されていたとは気づいていなかった。本当にわたしは鈍くて……酷い。

 麗艶がきっとわたしを睨んだ。


「一つ、聞きたいわ。陛下のお召しもなく、当然ご寵愛もなく、位を上げることもなく周りに置いていかれるわたくしたちを……どうするつもりだったの?」


 そんな資格はないのに、胸が痛んだ。


「出来れば、希望通りにするつもりだったの。陛下には紹介できないけれど、後宮にいたいなら別に官職を与えてもらえるよう頼んでみるし、出たいならその通りに……」

「前に、そう言っていたわね」

「紅花。貴女知っていたの?」

「いいえ? でも、もしも後宮にいられなくなったらっていう話をして、その時に花琳が何とかするって言ってくれたの。……麗艶には悪いけれど、私は別に陛下のご寵愛が欲しいわけでもないしね。だから、正直に言うとどうでもいいかもしれない」


 紅花が肩を竦めた。


「あたし、あたしは……どうだろう。びっくりしたけど、なんか納得したっていうか。元々あたし、もう、陛下に呼んでもらえそうじゃなかったもの」


 ちらちらと麗艶を窺いながら、愛蘭が残念そうに言う。麗艶は二人に目をやって、ため息を吐いた。


「ごめんなさい、麗艶。……紅花も、愛蘭も」

「今更謝られたって仕方ないわ。もう友達じゃありませんってなっても、陛下は絶対にわたくしをお召しにはならないでしょう。お気に入りの薛婕妤さまを悲しませたような宮女は、相手にして下さらないでしょうね、絶対に」

「…………」


 そうかもしれない。いえ、きっとそうでしょう。

 わたしはもう一度、謝った。

 紅花がわたしと麗艶の顔を見比べながら、困り顔で口を開く。


「もう陛下のご寵愛が望めないとしても。でも、ねえ麗艶、考え方を変えてみてもいいのじゃないかしら。陛下の寵妃の友人っていうのは、そう悪い立場でもないと思うわよ」

「そうよね。でもあたしは、結婚はしたいから後宮を出たほうがいい気がする」

「……はあ……まったく。貴方たち二人がそんなだから! わたくしばかりが絡まれるのよ!」


 大きな声を上げた麗艶が、袂から茶色い陶器の小瓶を取り出した。



「わたくしに近づいてきたどこかの侍女がね、言うのよ。お可哀想に、そんなに努力しても絶対に陛下に召されることはありませんのにって。当然、理由を聞くでしょう? それでその後、わたくしが黙っていたら、侍女が言ったのよ」


 わたしを見ながら、麗艶が小瓶を卓に置く。


「あの方がいる限り、貴女は絶対に上には行けないってね。……そのまま去って行ったけど、わたくしびっくりしすぎて動けなくて……で、気がついたらこれが置かれていたのよ」

「……それ」

「毒かなにかでしょ。確認してないけど」

「毒!?」


 愛蘭が悲鳴のような声を上げ、秀英が素早く小瓶を取り上げた。わたしはただ、目を見開いて麗艶を見つめた。


「夏御女さま、まさか、お使いではありませんでしょうね?」

「まさかでしょ。そんなの使ったら、冗談でなく冷宮……どころか命がないわよ。わたくしだってそんなこと、分かっているのよ。ほとんど見かけたことがない侍女だったけど、黄德妃の侍女だってこともすぐに分かったわ。わたくしの情報網を舐めないで欲しいわ」


 麗艶が軽蔑したような眼差しで鼻をならして、笑う。


「でも。あの人たち、本当に貴女を殺したいのね、花琳」

「麗艶……」

「こんなこともあると覚悟はしていたはずだったのだけど、震え上がっちゃったわ。……気をつけるのよ」


 もう、麗艶はわたしを睨んでいなかった。わたしは戸惑って、


「怒っていないの?」


 聞いたら、眦を吊り上げた。


「怒っているに決まってるでしょ! ……でも、もう、どうしようもないじゃない。わたくしだって嫉妬していたんだもの、花琳だって嫉妬するわよね。そりゃそうなのよね」

「麗艶」

「……そんなにわたくしたちが陛下の相手をするのが嫌だったのなら、ちゃんと教えてくれれば良かったのよ。怒ったでしょうけど。でも、わたくしが標的にされるようなことはなかったんじゃないかしら」

「ごめんなさい……」


 わたしのせいで、麗艶が陰謀に巻き込まれてしまうところだった。幸い何もしないでいてくれたけれど、もし、手を出していたら……わたしは死んでいたのかしら。麗艶も、また……。


「もういいわよ。これ以上やったら、わたくしが侍女に殺されそう」

「麗艶。本当に、ごめんなさい」

「だからいいの。……いいのよ。ちょっとこれからのことについては、まだ考えられないけれど……でもやっぱり、わたくしもこのまま後宮にはいたくないわね」

「そう……」


 愛蘭に続いて麗艶まで、後宮から出て行くことになるだろうか。


「寂しくなるわ」

「仕方ないでしょ、陛下に見向きもしてもらえないのに、わたくしがここにいる意味はないように思うもの」


 思えば麗艶はわたしなどよりもずっと、最初から陛下の寵妃になる事を目指していたのだった。

 出来れば麗艶とも愛蘭とも離れたくないのだけれど、そんなことはわたしの我が侭だから。


「分かったわ。機会のある時にそうして頂けるよう、お願いする」

「ええ」

「お願いね」


 頷いた麗艶が、いつもの表情に戻っていたのでほっとした。

 


「私は後宮にいられれば……」

「紅花も結婚したらいいじゃないの」

「嫌よ」


 にべもなく断る紅花を見て、笑う麗艶と愛蘭。


 遠からず後宮を去ることになるだろう二人のことを思うと、寂しいけれど。わたしに、寂しがる資格なんてないのだ。ただ、二人が幸せになってくれればいいと思う。それは、まだ先のことでしょうけど……。




この週末は忙しくて、更新が遅れてすみません。


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