初めての友達
黄德妃さまはじめ妃嬪の方への顔見せの後、しばらく宮の前で待っていたけれど何も声がかからない。
解散になったのかな、房室に帰ってもいいのかな。
周囲を見回していると声をかけられた。
「あの」
「はい?」
振り向くと、同い年くらいの子たちが三人ほどわたしを見ていた。
三人とも派手ではなく色をおさえた裙裳を纏っていて、わたしと同じように位の低い宮女だと一目で分かる。
「あの。た、大変でしたわね」
本当に。
口には出しにくかったのでうなずく。三人の中で少しふくよかな感じの子が近づいてきて、
「あの、もしよろしかったらこの後あたしの房室にいらっしゃいませんか? お茶でも一緒にどうかなって……」
「わたくしたちも昨日偶然、房室の外で会って意気投合したの」
「貴女の姿も見かけたことがあるし、お房室も近かったと思うのだけど……」
お茶のお誘いなんて。
素晴らしい、ぜひとも仲間にいれてもらいたい!
「わたしでよければ喜んで」
「よかった」
きゃあっと喜ぶような声を上げて、宦官に睨まれて慌てて口を噤む。
なんだか憎めない子だなあ。
「ごめんなさい。あたしは胡愛蘭というの。行きましょう」
「わたしは薛。薛花琳よ。よろしくね」
愛蘭と並んで歩き出す。残りの二人もわたしたちの後をついてきた。
「愛蘭は声が大きいのよ。わたくしは夏麗艶」
「私は蔡紅花。薛殿ならやはり、あなたの房室は私の隣よ」
「そうなのね。ごめんなさい、わたし房室から出なかったものだから……」
余計なことに巻き込まれたくなくて、房室で大人しくしていたのだけど。
こんな風に普通な感じの子たちと仲良くなれるのなら、ちょっと出ていればよかったかも。
都に住んでいたとはいえ女性は家から出ないもの、とされていたので、同年代の女の子の知り合いなんてほとんどいなかったのだ。
お互いの家のことを話したり房室の話をしながら戻ってくると、自室を素通りして愛蘭の房室に向かう。本当に近かったようで、わたしの房室、紅花、麗艶、愛蘭という並びだ。
愛蘭の房室はわたしの房室と大差ないけれど、彼女が弾くのだろう、二胡が壁にたてかけてあった。
「あまり広くないんだけど……好きなところに座ってね」
「わたしの房室も同じよ。榻に並んで座りましょ、気にしないわ」
「あ、そうよね」
「愛蘭は気にしすぎ」
麗艶と紅花と顔を見合わせて笑う。敷物の上に身を寄せ合って、四人並んで座った。
ああ、ほんとにいいなあ、こういうの。ちょっとだけ後宮に感謝……はないわね。
愛蘭の侍女がお茶を出してくれて、下がるのを待って麗艶が口を開く。
「今日は思った以上だったわね……すごいわね」
「ほんと。あたしなんかもう消えちゃいたいくらいだったわ」
「愛蘭、ぷるぷるしてたわ。倒れたりしないかなって私心配してたのよ」
「あんなとこで倒れたら目をつけられると思ったから、必死で頑張ったのよ」
「緊張感がすごかったね」
三人に同意しながら、わたしも当たり障りなく返す。まだ本音で接していいものか分からない。考えたくないことだけれど、こうして話したことがどこまで筒抜けになるか知れない。
ちょっと考えすぎかな、とは思うけれど……。ここは後宮なんだから、用心しないと。
「黄德妃と宋賢妃。このお二人がここの実権を握ってるって言われていたけれど本当みたいね。勢いとしては宋賢妃の方が上かしらね」
「皇子がいらっしゃるからかしら?」
「そうね、紅花。それもあるし……実は黄德妃は、本当にご寵愛を失って久しいらしいのよね。公的な場以外ではずっと陛下にお会い出来ないみたい」
麗艶は後宮の事情に詳しいのかしら?
声をひそめて話すので自然、わたしたちの顔は寄った。
「噂でしか知らないのだけど、宮女が二人同日に亡くなった事件以来、らしいの。だから何か関係があったのではって」
それは──。
本当だとしても、軽々しく口にしていいことではないように思う。
愛蘭、紅花と三人で顔を見合わせた。
「平気よ、公然の秘密みたいに古参の侍女が言ってたわ。宋賢妃の方は、皇子を産んだ宮女を引き受けていらっしゃるからまだ、陛下のお渡りはあるけれどそれも大したことないって話だし。だからわたくしたち、集められたみたいよ」
「それって……やっぱり私たちも陛下のご寵愛を受けることがあるのよね」
「当然でしょう。なんのために集められたと思ってるの」
「あ、あたしはこんなだし、そういうことはないと思うんだけど。ちょっと二胡が得意なくらいで……」
「二胡で陛下のお心をお慰めすればいいのよ」
じ、自信満々だ。麗艶はすっかりそのつもりらしい。
確かに華やかな顔立ちをしているし、なんだかこう、よく見ると体つきも随分女性らしく見える。紅花は賢そうで才色兼備、愛蘭は多少自信なさげではあるけれど明るい。多少ふくよかに見えるけれど彼女の場合、愛嬌がある。
「花琳はどうなの」
矛先がこっちに向いてしまった。
「わたしは……わたしもあまり自信がないのよ。筝は弾けるけれど大したことはないわ。顔だって美女ばかりのここでは普通だしね。後宮はなかなか怖いところみたいだし、出来れば円満に実家に帰りたいわ」
「あ、あたしもそう思う!」
「またとない機会なのに、花琳も愛蘭も欲がなさすぎじゃないかしら」
わたしに同意してくれた愛蘭と二人して、麗艶を失望させてしまったらしい。呆れたような顔をしている。
でもまたとない機会といってもね。陛下のご寵愛を得ても幸せになれるかどうか……。
「紅花は? 紅花もそうなの?」
「私は……。私はすでに父も母も亡くて、叔父の邸に置いてもらっていたから、出来れば一生ここで過ごしたいとは思っているわ。ご寵愛については分からない。学者の父から学問しか学んでこなかったの。あとは笛ね」
「そう。わたくしは寵妃を目指すわよ。踊りが得意なの、ぜひとも陛下の目に留まるよう頑張るわ」
力強く宣言する麗艶が目を輝かせた。
「わたくしがご寵愛を得られたら、あなた達の希望が叶うよう協力するわ」
「それは嬉しいけれど……わたし達に同じことを求められても、無理よ? 出来る限りのことはするけれど」
念のため釘を刺しておく。
陛下の注目を集めたいからって、利用されてはたまらない。
「分かっているわよ。もしかしたらあなた達の方が陛下の目に留まる可能性もあるのだもの。もしそういうことがあったら、お互いに仲良くしましょ、協力しましょうってことよ」
「なるほどね。私はいいわ、ご寵愛いただけるとは思えないけれど」
「弱気ね紅花。花琳も愛蘭も、いい?」
愛蘭を見て、わたしも頷いた。
「いいわ。仲良くしましょう」
どこまで本当に仲良く出来るのかは、分からないのだけど。出来ればこの三人とは、争いたくない。