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深見草 ~花琳の後宮物語~  作者: 菜摘
第一章 入宮編
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後宮の権力者たち

 入宮した翌々日。

 本日は、後宮の方々への顔見せが行われる。

 といっても全員に挨拶に行くなどということはなく、皇后の宮に呼ばれて高位の妃嬪(ひひん)の方たちに挨拶をするものだ。ただ皇后さまは病弱ということで一切の行事には参加されないため、今回わたしたちが向かうのは後宮第二位、黄德妃(こうとくひ)の宮である。


 入宮した時と同じように宦官(かんがん)に先導され、二列に並んで回廊を進む。

 歩いていく最中、離れた回廊からこちらを見て笑ったり話し込んだりしているのは、顔見せに参加しない下位の妃嬪たちみたいだ。それでも、入宮したての最下位のわたしたちより上の位の宮女たちである。

 分かっていたけれど、その数の多さにちょっと眩暈がした。

 ともに入宮した女性たちでさえ、正確に数えたわけではないけど四十人以上はいるように思えるのに。

 ただ一人のためだけに、これだけの女性が集う場所。


 本当に、なんてところに来てしまったんでしょう。




 到着した宮ではしばらく待たされた。命じられたとおりに顔を伏せたまま待ち、やがて中へと通される。

 目線を上げることは出来ないけれど、それでも、視界の端に豪華な調度品や彫刻の施された柱が見てとれて、ここが正真正銘妃の宮であることを教えてくた。

 歩みが止まり、前にならって両膝をついて頭を下げた。

 どこからか花の香りがする。少し濃い気がするのは、妃嬪たちの香の匂いがまざりあっているのかもしれない。


「この者たちは、先日入宮した者たちです。妃さまたちに挨拶するためまかりこしましてございます。どうぞ、ご覧くださいませ」


 宦官のかしこまった物言いの後、密やかな話し声と笑い声が聞こえた。

 歓迎されているとは思えない雰囲気に、緊張する。


「ご苦労でした、高三志(こうさんし)


 高い女の声がする。


「それにしても、随分と多くの者が入って来たようですわね」

「はい、妃さま。陛下が即位されて二度目の宮女募集でございますし、前回より七年はたっております」

「そうねぇ……まあ、これだけいれば陛下のお心をお慰め出来る女もいるでしょう。せいぜい精進することね」

「まあ、おほほ」


 黄德妃らしき女性の高飛車な言葉のあと、場違いな笑い声が響いた。


「精進してよいのかしらねえ」

(わたくし)が話している最中に無礼でしょう、宋賢妃(そうけんひ)

「あらあ、わたくしはあくまでも親切心で申しましたのよ?」


 甘い声音。けれどその声には明らかに嘲りの色がある。

 周りの者たちが身構えたように感じた。

 空気がピリピリと張り詰めていて、今なにか粗相をしたら殺されそうな気さえする。しっかり膝に力をいれて姿勢を正した。


「陛下のご寵愛を失って久しい黄德妃さま。この者たちが陛下のご寵愛を得てしまったら、もっと寂しい生活におなりでしょう? そのようなことになっては、お気の毒ですもの」

「その言葉、そっくりそのまま返すわよ」

「そんなことございませんわあ。わたくし、つい四日前にもお茶をご一緒しましたもの」

「……お前のところの夏充容(かじゅうよう)の子を見に来られたのでしょ。見栄をはるのはおよしなさいな」

「陛下にお会いしたことに違いはありませんでしょう。黄德妃さまは陛下に、宴以外でいつお目にかかられたのかしらあ。あら、そもそも陛下は最近、後宮の宴にはほとんど参加なさいませんわね」


 か、帰りたい……!

 初っ端からこれかあ……。


 夏充容は現在、唯一生存している皇子を産んだ方のはずだ。同じ妃でも、黄德妃と宋賢妃では黄德妃の方が位は上のはず。だけど宋賢妃が黄德妃に対して強気に出られるのは、皇子が手の内にいるからだろうか。

 妃たちが権力争いをしている、というのはやっぱり本当みたいだ。


「まあまあ。お美しい妃さまがたが争われるような必要などありますまい。この者たちは後宮に不慣れなもの、どうぞ上手くやっていけるようにお導きください」


 宦官──高三志の声が割り込んだ。

 勇気あるわね……。というか、慣れてる?


「──そうね。貴方たち、顔を上げなさい」


 黄德妃の声に、思わず少しだけ周りを見ながら顔を上げた。みな戸惑いがちに顔を上げる。

 正面に(ながいす)があり、その左側に黒で刺繍された赤い豪奢な上着をまとった女性が見えた。歳は二十台後半くらいだろう、すこしきつめの顔立ちの美しい人だ。

 台を挟んで榻の右側に座っている蒼い衣装の女性が宋賢妃だろうか。こちらは優しそうな顔立ちをされているけれど、先ほどまでのやりとりからとてもそうは思えない。その二人の周囲にさらに数人の妃嬪が座っておられるけれども、誰が誰であるとかはさっぱり分からなかった。

 こちらが観察していたように、黄德妃のほうも視線を走らせてわたしたちの顔を確認していたようだ。


「随分と物慣れない娘が多いようだけれど、後宮の掟については熟知しているでしょうね? ここでは身分は絶対よ。目上の者に歯向かうような真似はやめなさい、長生きしたければね」


 黄德妃はちらりと宋賢妃の方に目をやったが、宋賢妃はあくびをするように団扇で口を覆った。

 うんまったく応えていらっしゃいませんね。

 宋賢妃はいい度胸していると思う。そう出来るだけのものが、彼女にあるということなのだろう。


「分かったら今日はもういいわ。ああ……、黄姓の者は残りなさい。下がって」

「はい」


 深く頭を下げ、周りにまじって対面の行われた房室を出た。数人残っていたのは、黄德妃の言っていた黄姓の者たちだろう。黄德妃の縁戚の者なのかもしれない。わたしの姓は(せつ)だ。黄でなくて本当によかった。


 頭を下げたまま宮をでると、ゆっくり顔を戻す。周囲からため息が聞こえた。

 見回すと気まずげな表情を浮かべた者が多い。

 わたしもため息をついた。あれが後宮の頂点にたつ女性たちかと思うと、本当に、ため息しかでない。この分では後宮に関する噂はほとんど事実なのかもしれない。

 思っていた以上に、後宮の空気は悪いようだった。


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