久しぶりの友達
ところがこの事件、本当に不幸中の幸いだったのだった。
翌々日、陛下から届けられた見舞いの花に喜んでいいのか困っていたところ、麗艶、紅花、愛蘭がわたしの宮に来てくれたのだ。
桂英に案内されて三人が房室に入ってくる。
榻に座るわたしを見て、三人は一様に顔を曇らせた。だいぶ良くなったと思ったのだけれど、まだ一目で分かるほどに少し赤くなった傷がある。そのせいだろう。
「花琳、大丈夫? 顔、まだちょっと赤いね」
「わたくしたち、なかなかこれなくてごめんなさい。でも心配してたのよ」
「来れない間にこんなことになってるなんて……。平気なの?」
久しぶりに騒がしい声を聞いて、わたしも自然と笑みが浮かんだ。
「大丈夫よ。傷は深くないし跡も残らないって侍医も言っているわ。久しぶりに会えて、本当に嬉しい」
三人は顔を見合わせて、わたしが勧めた椅子に腰を降ろす。
嫌味のつもりはなかったのだけど……誤解させたかしら。
「その、本当に来たかったんだけど、邪魔が入って」
「邪魔?」
言いづらそうな愛蘭と、苦虫を噛み潰したような麗艶。何かあったことは分かった。
紅花が二人を見やってからわたしを見て、声を潜めた。
「前に来た後のことね。私たち、貴女もしばらく大変だろうから数日おいてまた来ようって言っていたのよ。で、いざ来ようとしたら邪魔が入ったの」
「趙麗華が……趙才人がわたしを呼び出したのよ」
「あたしは李才人さまに」
「その次の日は、私が周才人に呼ばれたの。他にも例の趙婕妤とか、お茶に来なさいと誘いを受けていたのよ」
呆気にとられた。
あれだけ没交渉だった方たちが、三人に接触してきたと?
「今日は三人で行けるってなって向かおうとしたら、位が上の方を訪ねるのに先触れもださないのかとか言われて」
「でもあたしたちの侍女は、新参でこっちの宮周りのこととか分からなくて怖がるし」
「古参の女官に頼もうとしたのだけど、断られたのよ……」
「そんなことが、あったの……」
「あったのよ」
何ということだろう。ただ遠いから来れなくなったのかな、とか思っていたわたしはやっぱり薄情なのかもしれない。三人が、そんな目に遭っていたとは。
ここはわたしの宮で、誰はばかることなく声を潜める必要もないのに、紅花たちは小声で話しているし。
「そんなことになっていたなんて、知らなかったわ。ただ、わたしも会いたくて暇なら来てほしいって伝えようとはしたんだけど、わたしがそう言うと必ず来るようにっていう意味になるってことで遠慮したの」
そうよね? とばかりに秀英を見るとうなずいて頭を下げられた。
「頭を下げないで。わたしは身分を嵩にきるようなことは嫌だったのだもの」
「はい。申し訳ありません」
「謝らなくていいのに……」
苦笑する。そんなわたしたちを見て、麗艶たちも苦笑した。
「そちらの新しい侍女さん? の言うことは間違っていないわ。才人や婕妤さま方の誘い方も、暇ならいらしてねってものだったもの。でも行かないわけにはいかないでしょ」
「本当。……心配してたのよ、花琳。あの方たち、あなたのことを聞いてきたの」
「わたしの?」
「そうよ。麗艶たちとも話したけれど、だいたい皆さん貴女の人柄とか陛下のご寵愛ぶりが知りたかったみたいなの」
「なにかごめんなさい」
わたしのせいね。
でもご寵愛とかは事実無根だわ。
「花琳が謝らなくていいのよ。趙麗華の場合は、わたくしに対する嫌がらせも多々感じられたし」
「ろくに答えられなかったら、嫌味は言われたけれど大したことなかったわ」
「正直、私は周才人と元々多少の面識があったから、それで呼ばれたようなものね」
周才人──周雪霞。
彼女の名前は、確かに以前、紅花から聞いたことがあった。わたしたちと同じく読み書きが出来て、詩がお上手だという話だ。
「周才人と花琳と。二人そろって読み書きが出来る宮女が才人に取り立てられたものだから、そちらの意味でも大変よ」
「紅花、色んな人に引っ張りだこよね」
「本当に。私は学者でもないし教えることは出来ないのだけど」
「わたくしも読み書きを勉強すべきかと思ってるんだけど」
「あたしも!」
これまで書物にまったく興味を示してこなかった、麗艶と愛蘭が……!
皇帝陛下、やはり影響力がすごい。
「麗艶、愛蘭なら私も多少のことは……。でも、他の方はお断りしたいわ。それで……悪いのだけど、もし構わなかったら花琳の名前を出してもいいかしら?」
「わたしの?」
「ええ。花琳の書物の書写を頼まれているから、ということにすれば断りやすいの。出来れば許してくれると嬉しいわ。本当にみんな、突然読み書きに目覚めるんだから」
わたしに頼まれているとなれば、少なくとも才人やそれ以下の宮女たちは遠慮してくれるということかな。
とくに問題ないので了承する。
「構わないわ、本当に書写してくれてもいいし。でも暇なときにね」
「ええ、ありがとう」
珍しく、紅花の弾んだ声を聞いた。どうも本当に大変だったみたいだ。
「それじゃ、直接言うね。これからも、暇だったらわたしのところに遊びに来てほしいのよ。でも先触れは……それはどうしましょう」
「あ、大丈夫よ。たぶん」
「そう?」
「花琳の怪我のことで、陛下が罰を下されたでしょう。それで、私たちに対する変な嫌がらせみたいなものもなくなったわ。今日来るときも、とくに妨害されなかったもの」
「そうなんだ」
「ちゃんと先触れを出せたでしょう?」
そういえばそうね。思わぬところでも陛下の影響が。
「これからは女官たちにお願いしても、言うことを聞いてもらえるんじゃないかしら」
「だといいなあ」
「だから私たちのことはきっと大丈夫よ。それに邪魔をしたいわけではないし……」
ちらと紅花が卓の中央に生けられた花を見やる。その花を生けてある花器は、陛下の禁色である黄を基調にしたものだ。
そのときようやく花の存在に目を留めたのか、麗艶も愛蘭も立ち上がって花器に近づいて歓声を上げる。
やはりしまっておいた方がよかったのではないかしら。こうして誤解が広まっていくような気がする……。