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深見草 ~花琳の後宮物語~  作者: 菜摘
第一章 入宮編
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身分という名の壁

 日を改めて愛蘭のことを秀英に尋ねたところ。彼女はしっかり覚えていた。


「あのような粗忽な振る舞いでは困ると。あの、申し訳ありません。陛下がそう仰っておられたのです。書状を台無しにされた方となると、わたくしが把握しているのはその方だけです」



 話しながら昼食を並べた卓にお茶を置いてくれるその手さばきは、桂英には申し訳ないけれど所作が丁寧で美しく、さすがに皇帝陛下の側近くにいたことはあると思わせる。

 采女のときとは違って房室数の増えた今は、食事のためだけの房室というものがちゃんと存在していた。


「台無し……罰とかありますか?」

「いえ。幸い、陛下の決済が終わられた物ばかりでした。汚れた書状を再びお目にかけることはありませんでしたから、今とくに何もないということでしたらおそらく、忘れて……はおられないでしょうが、気にされていないのではないでしょうか」

「そう。ありがとう」

「陛下はそういった悪気のない失敗につきましてはさほど、激高されることはありません」


 それは良かったと言っていいのか。

 悪い印象を抱かれてしまった愛蘭にとっては、とうてい良いことではないと思うけれど。


「悪い方じゃないのよ。陛下へのあこがれの気持ちが強かったみたいで。普段からそそっかしいところがあったけれど、悪い方に出てしまったみたい」

「はい。そういう方は、珍しくはないみたいです。陛下を前にされると、どなたも緊張されるのでしょう」


 なるほど。わたしも緊張したくらいだから、陛下の気を惹きたい女性ならもっと酷いのかもしれない。


 卓上の昼食は采女の頃の物より数が増えて使われている器も美麗になり、なおかつ点心がいくつか毎食必ずつくというもので、正直ちょっと量が多い。

 皇帝陛下の食事となると、大きな卓に乗せきれないほどの器を並べられるのだと秀英が教えてくれたけれど、見ただけでお腹がいっぱいになりそう。



「この後は、どうなさいますか? この清花宮は麗明園に近うございます。今の季節は花もたくさん咲き誇っていると思いますからご覧になりますか?」

「うーん……。他の宮女の方たちがいらしたりしないかしら?」

「もしかしたらいらっしゃるかもしれません。この辺りで近いところでは才人の方の宮が三つ、婕妤の方の宮が二つ程度と聞いております。それ以外の方は麗明園からは離れておられますので、別の庭園に向われるのではないかと」

「随分広いのね」


 薄々、黄德妃の宮に向ったときや陛下の元に向ったとき、こちらにはじめて来たときに思ったことだけれど。この後宮は、本当に広い。

 清花宮に移ってもう八日。

 麗艶たちがあれ以来訪れて来ないのも、遠いせいじゃないかと思う。


「わたしが、采女の友人たちのところに向かうのはやはりまずいのかしら」


 来られないのなら、こちらから行けばいいと思ったのだけれど。


「やはりご遠慮なされた方が……。采女さまですとご自分の宮もお持ちではありません。宮の一室に才人である花琳さまを招かれるというのはすこうし、外聞が悪うございます」

「外聞……」

「ご身分の差もございますから。ご友人といえど、公の場ではわきまえて頂くことになります」


 わたしが出向けば、全員に膝をついて頭を下げて出迎えられることになるらしい。

 心の底から遠慮したい。


寛林(かんりん)かわたくしが、お招きしてまいりましょうか?」


 寛林というのは、わたし付きになった宦官の名前だ。

 五日前に対面をはたしたものの、とくに用もないと告げると用があればお呼びください、と言って戻ってしまった。まあ、用事なんてないと思うのでとくに支障はないと思う。

 仕事があるならそっちで仕事していてくれればいいしね。秀英の話によれば、わたし付きになったと言ってもこれまでの宦官としての仕事は変わらずすることが普通だそうなので。しかしさすがに妃や皇后の場合は、宮に常駐するとのこと。


「でも招くといっても……わたしが招くとなったら、何を置いても、ということになるのでしょ?」

「ご身分がございますから。花琳さまが暇ならおいで下さい、と仰っても必ずおいで下さるでしょう」

「必ず来てほしいわけではないのよ。本当に暇なら来てほしいだけなのに」


 身分とはかくも面倒くさい。

 一人だけ離れた場所に来てしまって退屈しているのは本当。だけど、麗艶や紅花や愛蘭の予定を無視してまで来させたいわけではないのに。

 手紙で伝えられたら、とも思ったけれど、文字だけでは誤解を招く可能性もある。やっぱりちゃんと面と向かって伝えたい。


「いいわ。午後は麗明園を散策しましょう。秀英が付いてきてくれるの?」

「いえ、桂英も呼んでまいりますね」

「お願いするわ」


 他の宮女の方に会う危険があるのであまり気は進まないけれど、進まない箸を動かして食事を続けた。

 桂英は今、こちらの宮に仕えてくれることになった女官たちにちょっと鍛えられている。

 本当なら秀英が教育にあたりたかったらしいけれど、そうしてしまうとわたしの周りに侍女が一人もいなくなってしまうので女官が、ということになった。実は初対面の時から言葉遣いが気になっていたらしい。


「才人である花琳さまの侍女として、あまり相応しいお言葉遣い、所作ではありません。花琳さまの評判に関わることですから」


 そう言われて、桂英もやる気を出しているので最近はほぼずっと秀英だけがわたしに付いていてくれるのだ。秀英も疲れるだろうと思うのに、大したことありませんと言って実際、大したことなさそうに側にいてくれる。

 本当に疲れないのか聞いたところ、


「陛下はそう酷いことはなさらない方ですが、ここだけの話──先帝の御世には、お耳に入るところでくしゃみや欠伸をしただけで罰を受けることが当たり前でしたから。わたくしもそのように教育を受けております」


 と答えられてしまった。

 罰、とは百叩きや鞭打ちのことだという。当然、それで死んでしまう侍女や宦官たちもいたらしい。

 後宮は怖いけれど、そちらも怖すぎる。




 昼食後、戻ってきた桂英と秀英を伴って、わたしは房室を出て麗明園へ向かうことにした。

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