また呼ばれました
あれから十日以上がたったけれど、愛蘭へのお咎めはなかった。
それは良かったのだけれど、今日になって。なぜか前にも現れた頬に傷のある若い宦官が再び、わたしの房室へやって来た。
「今宵、陛下がお呼びです。お早いうちに準備にとりかかられますように。では、また後でお迎えにまいります」
「あの」
思わず呼び止める。
宦官は立ち止まり、無表情で振り返った。
「わたし、もう以前に呼ばれておりますけれど……」
「存じております。それだけでございますか?」
「え、ええ」
言うことはすんだ、とばかりにあっさり宦官が去っていく。
「……なんで?」
「なんでじゃありませんよ、花琳さま! 素晴らしい事じゃないですか! きっと前回、お気に召されたんですね。……あの格好で、本当に良かったんですね。皇帝陛下、意外すぎます」
しみじみと桂英が独りごちる。
そんなわけないと思うんだけど。いや、その前に二度呼ばれた人が他にいたかな?
麗艶からはそんな話は何も聞いていないけれど……。そして嫌なら帰っていいとか言っておられませんでしたっけ? なのにどうしてまた呼ばれるの?
でも今日はもう帰れって仰っていたように聞こえたのは……聞き間違いではなかったということ?
「──花琳さま。花琳さま?」
「あっ。な、なに?」
ぼうっとしていたわたしの肩を、桂英が少し強く叩いてきた。
「なにじゃありませんよ、本日のお衣装はどうなさるんですか? また地味な翠ですか? お化粧もどうしましょう。前と同じようにした方がよろしいんでしょうか」
「それは……」
少し考えて、まさかとは思うけれど陛下の好みを疑ってみることにした。
「いいえ、今日は桃色の衣装にしましょう。裙裳はそうね……白でよいわ。お化粧は流行りのを覚えてきたんでしょう? 今日はそれを披露してちょうだい」
「え、ええ……でも、それでいいんですか?」
「それでいいの」
もしかしたら、陛下がものすごく地味な方が好みだ、という可能性はなくもないかもしれないもの。
派手な格好でいけば、好みじゃなかった、ということにならないかしら。
「あっ」
房室を出ようとした桂英が、驚いたような声を上げた。
「どうしたの?」
「いえ……人が多くて……あ、紅花さまたちをお呼びしますか? おいでになってます」
「入ってもらって」
「はい」
桂英が出て行くのと入れ替わりに、紅花、麗艶、愛蘭の三人が入ってくる。
「お邪魔します──花琳、すごいじゃないの」
「花琳、二度目?」
「二度目のお呼び出しは初めてじゃないかしら。すごいわね」
ああ……やっぱり、二度目は初めてなのね……。三人ともすごく嬉しそう。
でもどうして?
「わたくしが呼ばれなかったのは残念だわ。でも、花琳が二度も呼ばれるなんてすごいわ。これで馬鹿にしてきた人たちを見返せるもの」
「他の人が呼ばれるより、いいわ」
「花琳にとってはいいことよ。そうでしょう?」
「そう……かなあ」
頬が引きつる。
わたしは本心から、ご寵愛は遠慮したいのですが。
注目を集めるようなことも、遠慮したいのですが。
家に帰りたいなんて言わずに、陛下のところへ行こうとして躓いて転んで書状の類をめちゃくちゃにした方が良かったのでは……?
いえ、駄目ね。愛蘭が罰せられなかったのは結果的にそうなっただけで、汚した書状が陛下の勅書だったりしたら普通に首が飛びそう。わたしの首、とっても軽そう。
「それじゃあ、もう準備をしなくちゃいけないでしょう? わたくしたちはもうお暇するわ」
「そうよね。花琳、頑張って」
「あ、ありがとう」
「躓いたりしちゃだめよ」
「紅花酷い!」
くすくす笑いながら、三人とも房室を出て行った。
楽しそう……わたしも混ざりたかった。応援される側ではなく、騒ぐ方で。
入れ替わりに桂英が戻ってきた。
「みなさま、良い方ばかりで良かったですね。花琳さま」
「桂英」
「こういうところって、他人の足を引っ張るような方ばかりかと思っていました」
そうね。
わたしもそうだとばかり思っていたわ。
「これからも仲良く出来るといいですね」
「ええ。そうね」
「では、花琳さま。まず衣装あわせいたしましょう。桃色と申しましても色々ございますわ。その後、湯浴みされてお化粧してお迎えを待ちましょう」
「そ、そうね」
その両手にいっぱい持っている衣装の数はなんなのかしら。
確かに似合う色だからと一番衣装の中では多い色だけど。
「嬉しいですわ。花琳さまにはやはりこの色でないと」
う、うーん……。
とりあえず地味な色を選べばいいかな。はっ。いや、地味な衣装では前回と同じこと。やっぱり少し目立つ派手なものを選ばないといけないのでは。
色々並べて見比べた結果、絹で光沢も美しい発色鮮やかな桃色の衣装になった。緑の刺繍で草花が襟元や袖に描かれているなかなか派手なもの。
湯浴みをして今後宮で流行している、というお化粧をしてもらって。髪はまた前と横の髪だけをまとめて後ろに上げたけれど、そこには銀細工の髪飾りを飾ってもらった。
「花琳さま、大変お可愛らしいと思いますわ」
後ろで手を叩いて喜んでいる桂英を鏡ごしに見つめながら、これで本当に良かったのか不安になってきた。
皇帝陛下の好みを知りたい。切実に。