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聖殿の待機室にて

 

 ■システィーナの視点



 コックリと私が通された部屋は、聖殿にふさわしい質素な家具が置かれた待機室という部屋だった。

 ここまでなら、エルフの私も入れるのね。私は外套を脱いで素顔をさらしているものだから、なんだか落ち着かない。一応長い耳を髪の中に隠して人間っぽくしているけれど、気を抜くと耳が飛び出る。窓ガラスに映った自分を見ると、ああ人間っぽいから誰が来てもエルフと分からないだろうと思う。



 ただコックリが言うには、妖精からは独特の香りが出ているらしい。それで姿が見えなくても、変装していてもわかることがあるって。

 大地の妖精からは土の力強い香り、草原の妖精からは草いきれの香り、花の妖精からは可憐な花の香り、森の妖精からは樹木の香り。コックリは、樹木からは人や動物を癒す不思議な香りが出ているそうで、私からもそれがするらしい。



 その香りで、コックリを癒せているのならうれしいけれど……



 コックリは椅子に座って私はその後ろの窓際で立って待っていると、コックリが静かに立ち上がった。しばらくすると扉をノックする音がして、司祭の法衣を纏った明るい栗色の髪の女性が入ってきた。コックリはこの人が来る足音か衣擦れの音が聞こえていたのね。



 入ってきた女性司祭を見て、コックリは珍しく驚きの声を上げた。



「あれ? アリア?」



 え……知り合い?



「コックリ、久方ぶりです」



 アリアと呼ばれた女性司祭はコックリに近づくと、笑顔でコックリの手を取って、お互い抱き合……い……ええ~っ!? 



 だっ抱きしめてる……っ!

 女性司祭の方も……っ!

 コックリの背中に手を回して……っ!



 ビックリして固まっていると、離れた二人は懐かしむように話し始めた。



「五年ぶりくらいか? 聖学院を卒業して以来だよな」

「ええ、コックリは神殿騎士になるため錬成院の方に行ったのよね」

「ああ。アリアはサン・マルゴーで司祭をすることになったんだな」

「ええ。コックリの噂は聞いているわ、立派になったね」



 見つめあう二人……

 互いの無事と成長を喜び合う男女……



 私は……居てはならない場面にいてしまったんじゃないか……と、オロオロしていた……

 彼らの姿はまるで戯曲の一部……離ればなれになった騎士と司祭が運命的に巡り合うような、物語の一部のような……胸を打つ素敵な光景だった。



 それを見て……何だか胸が苦しい………

 胸が……苦しい……!

 胸が……締め付けられる………!



 そういえば、一緒に旅をするようになって半年……。コックリは人の世界についてはよく教えてくれるけれど、自分のことは教えてくれない……。話したくないのかな……と思うと知りたくても聞けない。



 私……じ、邪魔……だよね………

 いたら……マズイ……よね?

 足が……ガクガク震えて……



 倒れまいとちょっと下がったら、背中に窓ガラスがあたって乾いた音がした。その時、女性司祭が私に気が付いた。



「!」



 彼女は眼を見開いて固まっていた。

 ご……ごめんなさい……



 女性司祭の表情に気が付いたコックリが私の方に振り返った。



「ああシス、ゴメンゴメン。つい懐かしくって……。紹介するよ……ええとこの人は何というか……」



 コックリが何か言い淀んでる。私が……その……傷つかないように言葉を選んでいるんだろう。



 私は……その先の言葉を聞きたいような聞きたくないような、変な心境になってハラハラしてしまった。ど、どうしよう、心の準備が………



 どうしよう!



「……なんというか、あえて言うなら兄妹かな?」



 え?

 兄妹……? あえてって……?



「か……か……」女性司祭の私を見る目がどんどん大きくなっていく。

「か?」



 コックリが怪訝な顔をして女性司祭の顔を覗き込むと……



「かわいいぃぃ~!!!」

「どわっ!」彼女はコックリを突き飛ばして私の元へ飛んできた。

「エエエ、エルフ! エルフのものすごく可愛い御嬢さん!」鼻息が荒い。

「え? あっ!」



 私は髪から耳が飛び出ていることに気が付いた。そういえば、コックリが抱き合った衝撃で、集中が切れていた。



「はあぁ~、可愛いぃ! 可愛いぃ!」



 突き飛ばされて椅子にしりもちをついていたコックリが、やれやれといった感じで立ち上がった。



「変わらないな、可愛いもの好き」



 ――――――――――――――――――――



 アリアさんはコックリと私にお茶を淹れてくれると、キラキラした目で私を見つめた。三人で席についてコックリと私は並んで座り、アリアさんは私の前に座り食い入るように私を見つめて……ううぅ~そんなに見つめないで……恥ずかしくなって視線を落としながらお茶に口をつけた。



「はあ〜、まつ毛長い」

「……」

「ああ~、白い肌もつややかでしっとり透き通って……」

「……」

「赤ちゃんの肌みたい……はぁ」

「……」

「シミもソバカスもホクロもない……」

「……」

「いい香りがする……はぁ」

「……」

「ゆるふわな髪もかわいい……」

「……」

「桜色の唇……ああ……」

「……」

「もう、唇がプルンプルンして……はぁぁ」

「……」

「コックリに何回キスされた?」

「「ぶふっ」」コックリと私は同時にお茶を吹いた。

「コックリの唇で、ハムハム甘噛みされた?」

「「ふんばっ! ゲホゲホッゴホ!」」



 さらにお茶が変なところに入って咳き込んだ。く、苦しい……ゲホゲホッゲホ。いち早く復活したコックリが叫んだ。



「お前! 何てこと聞くんだっ!」

「ケホッ、あ、あの……、ちょ、ちょっと待ってください」

「はあぁ〜、声も可愛い」



 アリアさんはコックリを完全に無視して私だけをキラキラする目で見つめ続け、私はアリアさんの質問を反芻していた。



 はあ、キス……コックリと……キス……コックリが唇で私の唇を甘噛みして……はぁはぁ……、キス……キス……甘く噛む……で、でも段階を踏んでない、キキ、キスの前に抱きしめあったり、その前に手をつないだり……キ、キス……その前に……コックリと……はぁ、はぁ、キスキス混乱して目の前がグルグルグルグル。はぁっ、はぁっ、はぁはぁっ! ああああああ!



「こ、この人まだっ! 抱きしめてもくれません!」

「「ズコー!」」今度はコックリとアリアさんが椅子から転げ落ちた。

「シ、シスも何言ってんだっ!」

「なにっ!? あんた、抱きしめてもないの?」

「か、関係ないだろ! あんたって言うな!」



 な、何だか二人とも言葉遣いが荒くなってきている。本当にどういう関係なんだろう。



「何だったんだよ、さっきの感動の再会は……。戯曲によくある離ればなれになった騎士と司祭が運命的に巡り合った、みたいだったのに……」



 コックリがブツブツつぶやく。

 あの……それは私が言いたいくらいなんですけど。ショックで凄く胸が痛くなったんだけど、無用なものだった……のよね……たぶん。



「しょうがないじゃない、コックリよりシスティーナさんの方が良いんだもの」



 うぅ~、私は複雑。そもそも二人の関係って? 兄妹みたいなものっていったい。

 私の微妙そうな表情から何を考えているのか分かったのか、コックリは話し始めた。



「そういえばさっきの紹介の続きだけど、俺とアリアは法王庁の孤児院で育ってね。まあそれで兄と妹みたいに育ったってことで……」



 孤児院……。エルフの里では親がいなくなることはなく、そういった施設が存在しなかったから、人間の世界に来てから初めて知ったものの一つだ。



「そう、姉と弟みたいなものだから安心して、ね」



 あれ? こっちは姉と弟? ん、安心って……え、何を。



「おいおい何言ってんだ。兄と妹だろ?」

「はあ? 何言ってんの、姉と弟よ。だから口のきき方に注意なさい」

「ああぁ?」

「やる気ぃい?」

「あたりめえだっ!」

「ちょ、ちょっと待ってください!」



 また話が堂々巡りしそうな感じだったので、二人のやり取りを遮った。というよりも二人が仲良くケンカ(?)をするのを見ると、何か嫉妬心が芽生えてきて……



「お、おお。そうだな、ここに来たのはこんな話をするつもりで来たわけではないな。俺がサン・マルゴーに来た理由……アリア、この地で怪異が起こってないだろうか」



 その言葉にアリアさんの表情が険しく、そして真剣なものに変わった。



「ええ……たぶん怪異……だと思う……」



次回からやっと怪異の話です。

話の展開が遅くて申し訳なく。

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