後日談9 コックリの労働
■コックリの視点
宿屋を引き払った俺は、荷物を持ってアリネさんの店に戻って来た。
いやはや、オステリアで雇われ人か!
ううーん、実は生まれて初めてのことでワックワクだ!
まだ小さかった頃、故郷の孤児修道会で暮らしていた時に労働として農業や放牧業を手伝いに行くということはやっていたんだけれど、客相手に商売だなんてやったことがないからな! 法王庁に来たときは、修行と勉強ばかりでやっぱり労働なんざしてなかったし……
むう、俺にできるかな?
まあアリネさんが「買い出しと用心棒、掃除に皿洗い」と言っていたから、それぐらいならできるよな!
誰もいない店内は薄暗くて何となく寂しい感じで。
ううーん、光沢のあるカウンターテーブルや丸テーブルが、何とも言えない気持ちにさせる。
いいね、何だろう……ノスタルジックな気分になるというかメランコリックな気分になるというか……
手持無沙汰だし、早速掃除でもしてみるか!
掃除用具は~と探してみると、俺たちが寝泊まりする従業員用の部屋にホウキがあった。
まあとりあえず店の前でも掃除してみるか。
「フンフンフ~ン♪」
気分が乗って来て鼻歌交じりに掃除をしていたら……
「ぷ~~~~~~っっ!!」
笑いを噴出した声が!! むっ!
「ああ?」
俺がそっちを睨むと、シスが頬をカエルのように膨らませ、笑いを必死に堪えている!
あっ、笑いを堪え過ぎて涙がちょちょぎれてっ!
ひっで! ひっでえっ!
「ひっでえな! 笑うことないだろ!」
「ぷふ~~っっ!! だって! だって! あのコックリが!!」
指を差して! 俺を笑う!
ひでえ!
まあさ! 普段掃除とか一切しない俺がさ! あの伝説的な神殿騎士と同等の俺がさ! オステリアの掃除してたらさ! 面白いかもしれないけどさ! そんな笑うことないじゃん!
唇をとんがらせると、アリネさんが!
「あはは、確かに似合わないねえ」
「ひでえっ! アリネさんまで! 雇い主なのに! 指示通りなのに!」
「あはは、ゴメンごめん!」
「きしさま! ホウキよりけんのほうがいいかも!」
「あんだよもー、マリーちゃんまで!」
俺は怒ってソッポを向いた!
「うふふ」
そんな俺が珍しかったのか、シスが顔をほころばせながら俺の周りを回り始めて……嬉しそうに、楽しそうに、色々な角度から俺の様子を眺める。
オイオイ!
「うふふ……うふふふふ」
もう、切れ長の大きな目が細まって細まって……
嬉しそうで嬉しそうで……
「くっ……くくく」
そんなシスを見たら俺も堪えられなくなって……
ダメだ!
やっぱりシスといると楽しくって!
クソッ! 俺の負けだ!
俺とシスは二人で大笑いした。
「「わはははは」」
「ああ~、やっぱりお似合いの二人だねえ」
「うん!」
アリネさんとマリーちゃんまで笑いだした。
*****
掃除を終えると、俺はジャガイモやその他のイモ類を洗うことになり、厨房の奥でガシガシとイモ洗いをしている。
「うふふ。新鮮だぁ……」
そんな俺をシスが嬉しそうに見ている。
まあー、子供の頃はよくやっていたよ。
「さあシスちゃん、下ごしらえよろしくね!」
「はい!」
シスはアリネさんと一緒に調理台の方でそろって料理を始める。
量を稼げるスープ系を作っているようで、グツグツといい音が……匂いも美味しそうだなあ。
どのぐらい経ったのか「暗くなってきたなあ」と思った頃、シスがランタンに火を灯してくれて。
ああ店内とか、いい雰囲気だ……
光沢のある机や椅子がテラテラと浮かび上がって。
相変わらず厨房の奥にある水場で芋を洗っていると、客がやってきたようだ。
身重のアリネさんに変わってシスが応対している声が。
「シスちゃん、こんばんは!」
「あ! ジョンソンさん、こんばんは! いらっしゃいませ!」
「シスちゃん、今日は息子を連れてきてね」
「こ、こんばんは! ジョンサムと言います!」
「いらっしゃいませっ!」 シスは元気にお辞儀する。
「「おお~~!」」
ああー……
俺からはシスの顔とか見えないけれど、たぶん笑顔でお辞儀したんだろうな……たぶんそれだけだったけれど、めちゃくちゃ可愛いかったんだろうな。
ジョンソンさんと十七~八歳くらいの息子さんは顔を赤くして喜んでいる。
魅了だよな、アレッて。樹精霊が気に入った人間を樹木の中に引き込むときの……妖精は心 (霊)が肉体を持ったような存在だからなのか、シスは意識せず天然でやれちゃうからなあ……始末に悪い。
俺くらいだろ、抵抗できるの。
「こんばんは、シスちゃん」
「約束通り来たよ、シスちゃん!」
その後も、パリッとした服を着た男たちが何人もやってきてシスに挨拶する。
ううーん……皆、シス目当てっぽい。
小さな店内は、男たちで一杯になった。
「シスちゃん! オーダーお願い!」
「こっちも!」
「はい! 喜んで!」
「「おお~~!」」
オーダーを聞きに行くだけで、男たちが喜んでいる。マジか? シスはモテまくりだな。
シスはオーダーを聞いては厨房に入り、ひっきりなしに行ったり来たり……
ううーん、申し訳ない気持ちになってくる。俺、何もしてないし……
「アリネさん、俺も何か手伝えないでしょうか?」
「うう~ん……コックリさんが出ると、皆ガッカリするかもねえ」
「え? それは俺の見た目の問題?」 ちょっとショック。
「ああ、違う違う。ホラ、皆シスちゃん目当てで来たっぽいから、コックリさんが出たら『 恋人付 』ってなるだろう?」
「ああ、そういう……」
確かにそうか……でもいつかはバレるからなあ。
とりあえず水場に戻って皿洗いをする。シスは小さな体で懸命に働いていて……
申し訳ない! と向こうの声が聞こえてきて。
「シスちゃん、どうだい私の息子は!?」
「うふふ、カッコいいですね」
「ほ、本当かい!?」 と息子さん。
俺のいる水場からは店内が見えないが、上手いこと厨房に置かれている食器棚のガラスに反射しているので霊力で強化した視力で見てみる。
うんうん、中々の好青年だ。
細身で少し小柄で、なんというか……森妖精男性に似てるな。
二人はちょうどいい背丈で……
なんだか良く似合ってる……俺より
「何を言ってんだ」
俺は独り言を呟いた。
そう、彼らは良く似合ってる。まあしかし『 彼 』というよりは細身で小柄な男性が似合ってる……
というか……
森妖精男性が似合ってる。
シスにはやはり『 森妖精男性が似合ってる 』、と思う。
見た目からしてそうだが……
何よりも同じ時間を生きられて、同じ種族としてのアイデンティティーを持っていて、だからこそ同じ価値観を共有していて……
人間じゃないよなあ……
人間じゃなあ……
「はあ……」
俺は皿を洗いながらため息をついた。やはりシスはいずれかのタイミングで森妖精の里に戻さないと……
俺が彼女を襲ってしまう前に……
俺が彼女の人生を決定付けてしまう前に……
一途で一途で、ただただ一途な彼女は、俺とのことを胸に、俺とのことを心に刻み付けて、残りの命を一人で生きて行きそうで……
そう、人魚姫のように……
不幸だよなあ……
「はあ……」
大好きだ、なんて言うんじゃなかったか……
今さら後悔してきた。俺のアホ……!
「はあ……」
「どうしたんだい、大の大人がため息なんかついて。そんなに申し訳ない気持ちなのかい」
アリネさんが苦笑している。
ああ、しまったな。俺一人じゃなかったんだ。
「それともシスちゃんが他の男と仲良さそうにしているからかい?」
「いえ……それなら腹が立って向こうに行って威嚇します」
「ああ、なるほど。じゃあどうしたんだい?」
ううーん……
言うべきかなあ?
彼女が森妖精であること。
俺よりもはるかに長命で、純粋な存在であるから……
俺みたいな短命で、どこの誰かも分からない人間と結ばれていいのかどうか……
同じ森妖精同士で結ばれた方が良いんじゃないか、ってこと……
「言えないことなのかい?」 と心配するアリネさん。
「……ううーん、どうかな」
どうすっかな? ううーん……
俺は迷ったが、まあ悶々するよりはちょっとボカして打ち明けた方がいいなと思った。
「実は彼女とは存在が違うので……彼女はある意味『 崇高 』な存在なので……俺じゃなく、彼女と同じような存在の男性と結ばれた方が良いんじゃないかって……」
「崇高!? ああ、やっぱりそういう訳かい!」
アリネさんは興奮してる! オイオイ!
ううーん、たぶん勘違いさせてしまったな。たぶんアリネさんはシスを貴族か何かだと勘違いしたような気がする。
まあ、あれだけ可愛かったら『 只者じゃない 』って思うよなあ。で、貴族のお嬢様が正反対の『 粗野で逞しい戦士 』に恋をして駆け落ちした……みたいな勘違いを? まあ、ある意味合ってるが……
念のため言っておこう。
「崇高と言っても貴族とかそういうもんじゃありませんので」
「え? じゃあ王族?」
「いやそうじゃなくて……存在そのものが尊いというか……」
「? 存在そのものが……?」
アリネさんの頭の上にクエスチョンマークが沢山見える。
まあとりあえず誤解はとけるだろう。
「とりあえず、尊い存在なので俺のようなどうでも良い人間には似合わないよなぁって……」
「う~ん……こういうことかね? シスちゃんがコックリさんのことをベタ惚れしていて、でも身分違いなことがコックリさんには重荷になっている……と」
「ううーん……重荷とまでは。ただもっと相応しい男性がいると……」
「なるほどねえ」
森妖精の男性なら、もう誰でも条件に合っていると思う。
そう、同じ時を生きれる森妖精ならば……
「コックリさんはシスちゃんのことをどう思ってるんだい?」
「ええ!?」
どうって……
そりゃあもう大好きで……
正直、今はもう俺の方が惚れている。
「惚れてます。だから彼女には不幸になってほしくなくて……」
「自分が幸せにできる自信がないんかい!」
「俺は間違いなく早く死にますから……」
「ああ……戦士としてか……」
ちょっと違うけれどな。
と悩んでいると、シスの周りは大いに賑わっていて。
「うちのジョンサムと付き合ってくれないかい?」
「ええ!?」 とシス。
「ちょっと待った! それは俺の台詞だ!」 と別の若い男が!
「待て! 俺だってそうだ!」
「ふざけんなっ! 俺もだ!」
「お前は奥さんがいるだろ!?」 既婚者かよ!?
うおおっ! ヤバイ? いつの間にかあんな話しに!
シスを巡って取っ組み合いのケンカになりそうだ!
酒が入ってるからなあ!
「「表に出ろ!」」「「ああっ!? やんのかコラ!?」」
「ちょっちょっ! ちょっと待ってください!」
ガラスに反射したシスがオロオロしてる!
ぶははっ可愛い! 可っ愛いい!
じゃなくて! ヤバイな、ちょっと行くか……
と思ったら……
「コ、コックリ! 来て! お客様たちを止めて!」
「「何っ!?」」
その言葉で男たちの動きが止まる!
「「だ、誰だ!? コックリって!?」」
「「まま、まさか!?」」
ザワツク男たち。
いやあ、やっぱり男付きだと思わなかったんだな。
まあそうだよなあ。
頭からストールを被ったシスは本当に可愛らしくて、見た目が十五~六歳に見えるから……よもや男がいるとは思わないよなあ。
何か、今出たくないなあ……
本当に皆さんシス目当てで来たっぽいからなあ……
可哀想というか……
でも仕方ない。
俺はのそりと厨房から出た。
「「……っ!!」」
「「……はっ!!」」
「「……ぃっ!?」」
皆がひきつった顔で俺を見る。とシスが俺の元に駆け寄り腕を取る!
「コ、コックリ! 皆さんを止めて!」
「いや……大丈夫じゃ?」 と俺。
「え、でも……あれ?」
「シ……シスちゃん……そ、そちらの……人は?」 客の一人が恐る恐る聞く。
「え?」 シスはキョトンとした。可愛いな!
「か、関係は?」
「えっ!? かっっ!?」
関係! 関係って!!
「~~~~っ!!」 声にならない声を上げるシス。
意味を理解したシスは、次の瞬間顔を赤くした! 可愛いな!
自分の顔が赤くなったことを悟ったシスは、両手で頬を隠して皆に背を向ける。本当に可愛い!
そして恥ずかしそうに俺に上目遣いで訴えてくる!
可愛いっ!!
「「……」」
その反応で事実を知った男たちが、盛大に肩を落とす。
「コッ……」
俺に目で訴えかけてくる。「コックリから言ってください!」と……
いやああっ!? ちょ……この状態で……!?
死刑宣告すんのか!?
俺が!!
「~~~~~~っっ!!」 もどかしそうに目で訴えるシス!
可っ愛い! じゃない、勘弁してくれ!
人々を護る神殿騎士が! 傷つけんの!?
と思ったその時……
「シスちゃんの反応で分かるだろう? この大きな彼が恋人だよ!」
アリネさああああん! ありがとおおう!!
「~~~~~~っっ!!」 頭から湯気が立ち昇るシス。
「「あああああっっ!!」」 盛大に肩を落とす客たち。
シスは厨房に駆けて逃げていく。
ええ~~? 俺も厨房に行きたいよ!
何このお通夜状態の酒場……
何この燃え尽きた感……
とアリネさんが。
「ホラホラ! 今日はヤケ酒でいいから、いっぱい頼みな!」
「「くっそおお! 呑んでやる! 呑んでやる!」」
「「そうだ! 呑もうぜ!」」
「「本当にシスちゃんは良い子だ! こんなオーガーみたいな男でも好きになるなんて!」」
どういう意味だ! 体はオーガーみたいだけど、顔は端整な方だろ!
しかし俺はそこにはツッコまず、とりあえず皿洗いに行こうかなと思ったらアリネさんが。
「シスちゃん。本当にアンタにゾッコンっぽいね」
そうですよね……
だから悩みどころなんですよ……




