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後日談8 市場へ

 

 ■システィーナの視点



 さあさあ、急遽アリネさんのオステリアで働くことになった私たち。

 人間の世界で働くなんて初めてのことだからワクワクしてきた! 何をするのかしら? 何から始めるのかしら?



 とワクワクしていたら、アリネさんが役割分担を決めてくれた。



「じゃあシスちゃんは、買い出しに仕込み、調理に給仕ってところで、コックリさんは同じく買い出しで後は掃除と皿洗い、さらには用心棒ってところかね!」

「「はい!」」



 おお~、テキパキと指示してくれてさすが! ああでもコックリと一緒に働くなんて新鮮! うふふ、楽しい! 既に楽しい!



「さあまずはシスちゃんね。厨房の方を説明しようかね」

「はい!」



 私はカウンター席から回り込んで厨房に入った。おお~厨房は広くてね、中央に日干し煉瓦を組み合わせた土台の大きな大きな石造りの厨房台が鎮座している。厨房台の真上には煙を逃がすための石造りの大きなフードがあって、煙突に繋がっているのね。フードからは自在鉤 (鍋を吊るす器具)の鎖が何本も垂れてる。



 と、コックリも後ろから着いてきて。ああそうか、食器洗い担当だもんね。ぷぷ、コックリが食器洗いかあ~。力が強すぎて割りまくりそう!



「まあ~、いたって普通だと思うよ。ここに過熱調理用具があるからね~」

「はい!」



 なるほど、石造りの厨房台には五徳が六個あって、その五徳には炭の代わりに大きな火石(ひせき)が備わっている。この火石というものは霊力を込めると反応して熱を発する特殊な石なんだけれど……というか……



 初めて見た時はビックリしたんだっ! だってこれ! 火精霊(サラマンダー)が孵化できず死んでしまった卵石(らんせき)を五徳に合うよう固めたものなんだもん! 卵石は火山でよく見られるんだけどね、火山で流れ出た溶岩にも火の精霊が宿っているんだけれど、宿っているだけで燃えるものがないとサラマンダーは卵から生まれでることができず、化石みたいになって死んでしまうんだ。



 人間の世界に来てから知ったよ~、卵石を使ってるなんて。妖精はそのまま火精霊(サラマンダー)呼び出すから卵石は見向きもしなくって。でも魔法を使えない人間にとっては便利な道具で、霊力を込めると反応して熱を発するから炭代わりに使われることが多いらしく、炭と違って後片付けがないから楽で、また火が出ないから危険じゃないんだって。でもすぐに冷めてしまうので、長時間煮込んだり保温したりするために炭や火を好む奥様も多いとか。



 何となくだけど……アリネさんはおおざっぱそうな性格だから薪や炭の後片付けしないで済む火石を好んでいるのかも?



「で、水場はこっちね」



 アリネさんは調理場の奥に私たちを案内する。そこには高さ一メートルくらいの大きな水瓶があって水が沢山入っている。水瓶は配管で家の外にある浄水場や井戸、池や川に繋がっているらしく、霊力を込めるとそこから水を吸い込んでくるという魔法の水瓶で。私たちが宿泊している宿の部屋にも小さいのがあるんだけれど……



 うう~んこれもビックリ! この水瓶の素材がビックリで! これを使うか~って。



 妖精が見れば一目瞭然、この水瓶の素材は水精霊(ウンディーネ)の『 水の羽衣 』が練られた土でできているの。土なのに水の精霊の一部があるという不思議な状態は、土石流とか土砂崩れが多い場所でよく見られる土なんだけれどね。土石流などあると、その衝撃で水精霊と土精霊が砕かれ混ざり合い、不思議な属性の泥土になる。その泥土の水精霊は、水に戻ろうとさらなる水を求めて、水を呼び合うという性質があって。土砂崩れがよくある難地盤の地に雨がよく降るのは水の精霊がさらなる水を求めて呼んでいるからなんだけれど、その土を水瓶にして霊力を通すことで水を別のところから引くというシステムを利用しているのね! 凄い!



 卵石にしろ、精霊の混ざった土にしろ、たぶん人間は精霊が見えなくてもその性質を理解して、工夫して使っているから、ここまで繁栄できたのかもしれない。恐るべきは自然を作り替える力ではなく、本質を理解して利用する力……なのかも?



 その後もアリネさんは食器の位置や食料庫など色々教えてくれて。



「よ~し、最後に市場に行くかい! さっき行ったときはお腹が重くて買い物を全部できなかったしね」

「はい!」

「マリーも行くかい? お留守番するかい?」

「ん~」 とマリーちゃんは私を見て「おひめさまといく!」



 と手を繋いでくれて! 可愛い!



「あ、そうだ! 従業員用の控え室があるんだよ。何ならコックリさんとシスちゃん、宿を引き払ってそこで寝泊まりするかい?」

「よろしいんですか?」 とコックリ。

「毎日宿まで行き来するの大変だろうし、お金もかかろうしね。特に使ってない部屋だからいいよ」

「おお! ありがとうございます!」

「まあでもね。店の一部だからあんまり励みなさんなよ、可愛い彼女だからって」

「ぶふっ!」



 コックリは盛大に吹いた。私とマリーちゃんは、何のことか分からずキョトンとしていた。励む?



 ああ、鍛錬かな? コックリ、いつも鍛えてるから、分かる人には分かるのね。もしかしたら、船乗りの旦那さまも鍛えてたのかも、今まで会った船乗りさんって結構体が締まってたし。



 でも……コックリほどじゃないけれどね、うふふ。



「さあ、じゃあ買い出し行くよー!」

「「はい!」」 私とマリーちゃん。

「じゃあ俺は宿に行ってこよう」

「ありがと、お願いします!」

「ああ」



 店の前で別れた私たち。

 マリーちゃんはつないだ手を嬉しそうに振りながら歩く。可愛い! 髪の毛とか細くて柔らかそうで、本当に可愛い!



 路地を抜け大通りに出ると、磯の香りを運ぶ風精霊(シルフ)が優雅に宙を舞っていて……ああ~磯の香りが心地いい! 三階の窓付近を舞っている風精霊(シルフ)が私に気づいて手を振ってくれて。うふふ、またね。ああ道を覚えないとなあ~、両側が五階建て、六階建ての建造物の特徴を覚えて~と……おお~建物の多くの出窓には緑鮮やかな蔓草が垂れてて、うんうん緑があるとやっぱり落ち着くなあ。



 私は建物の形や道を覚えながら、ふと気になってアリネさんに市場のことを聞く。



「市場はサン・マルゴー広場の市場なんですか?」

「いやいや、あんな遠くて高いところには行かないよ」

「へえ~、高いんですか?」

「ああ。あそこは旅の巡礼者向けだからね。場所代もあるから高いんだ」

「そうなんですか」

「ヴェネリア島民はもっぱらそれぞれの島にある市場に行くんさ」

「なるほど!」



 そう話していたら、賑やかな声が大通りの先から聞こえてきて。大通りは左に弧を描いて曲がっているから建物で見えないんだけれど、どうやら建物の向こうが開けてる感じで。おお~、ワックワク! と。



「おお~~!」

「あはは、ビックリかい?」



 そうビックリ! サン・マルゴー広場のように四方を建物に囲まれた広場が目の前にあって、ところ狭しと露店が犇めいていて! 住民とおぼしき人々がワイワイガヤガヤ!



「さあ~、二人ともはぐれないようにね。はぐれたらこの場所で待ち合わせだよ」

「「はい!」」



 アリネさんを先頭に、ガヤガヤする市場に入っていく! よし! マリーちゃんの手を離さないようにしなくちゃ! 迷子にさせないからね! 決意を新たにマリーちゃんの手をキュッと握り締めると、当のマリーちゃんは……



「だいじょうぶだよ~。わたしがついてるから、まいごにならないよ~」



 って、ええ~~!?

 私が迷子になる前提!?



「あっはっは、マリーはよく来てるからね」

「そ、そうなんですか~~」



 うわあああっ! やっぱり私が迷子になる確率の方が高いんだあ~~! ショックだあ~~! ああ~、お店でマリーちゃんが市場に行くって言ったのは、私を気遣って!? うわあああっ!



 ショックでよろけてるとアリネさんが立ち止まって。



「さーて、今日のメインは何にするかな」

「とりにくがいい!」

「鶏肉かい、そうだねえ。じゃあジョンソンさんとこ行こうかい」

「あい!」



 二人は慣れた様子で賑やかな市場を歩く。ああ~、まだショックが抜けきらないけれども、色鮮やかな果物の店や野菜の店、肉の店を見ると楽しい気持ちになってくる。おお~、トマトの店があって、トマトだけで十数種類が篭に積まれていてビックリ。色がオレンジや黄色、赤だったり形が丸かったり細かったり……わああ~~いい香り~~、エルフは植物なら大体匂いを嗅げばどんな味か分かるんで、今度コックリの好きな料理を作ってあげよっと、うふふ。



 もうね、彼の味覚は私の料理の虜なんだ、うふふ。



 他にも色々な露店をキョロキョロ見ていると、良く通る声が!



「おおっアリネちゃん! いい肉が入ってるよ! 買ってってよ!」



 うわあ、大きな声。ワイワイガヤガヤする市場にあっても凄く響くよ!

 見ると肉類を扱っている露店で、帽子をかぶった小太りのオジサマが手を振ってる。アリネさんが苦笑しながら。



「ジョンソンさん、こんにちは。相変わらず声が大きいねえ」

「大きくないとアリネちゃんを他に持ってかれちゃうからね!」



 ニカッと笑う小太りなオジサマ。とマリーちゃんに気がついて声掛けしようとした口のまま、マリーちゃんと手をつなぐ私を見て、目を大きくした。



「あれっ!? マリーちゃんと手をつなぐそちらのお嬢さんは!?」

「ああー、今日からちょっとの間雇うことになった、システィーナさんでシスちゃんと呼んでな」

「おお! シスちゃん!?」

「初めまして。システィーナです。よろしくお願いします」



 私が頭をペコリと下げると、オジサマは被っていた帽子を取って胸に当てた。



「いやあ~~っ! いやあああ~~っ! か、可愛いっ! こんな可愛い子、初めて見た! くわああ~~っ!」

「おや、聞き捨てならないねえ。私らは可愛くないんかい!?」 と凄むアリネさん。

「いやいや、アリネちゃんは可愛いというよりは美人さんで別枠だよ! かはああ~~~!!」

「上手く言うねえ! 信用ならないわ。シスちゃん気をつけてね」

「いやいやいや~~、勘弁してよ!」

「うふふ。しばらくの間だと思いますがよろしくお願いします」

「よよよ、よろしくヨロシク!」



 オジサマは食い入るように私を見るので何だか恥ずかしくって。で注意力散漫なオジサマを良いことに、アリネさんは鶏肉を凄い安さで仕入れていた! さすがだ! 私たちが去り際にオジサマが「今日、絶対店に行くから!」と何度も言っていた。



 その後もアリネさんは色々な露店を教えてくれて。

 皆さん「今日、行く!」って……うふふ、大盛況だね。



 さあ、買い物を済ませた私たちは両手に買い物籠を抱えて仲良く帰る。ふふ、明日以降はコックリについてきてもらって、荷物を持ってもらおう! そう話したらアリネさんが。



「あはは、そりゃあいいね!」



 アリネさんは笑いながら立ち止まると、腰をポンポンと叩いた。



「ふう~~……やれやれ……ああ~~腰が痛い」



 うわあ~、大変そう。

 お腹が出る分、腰骨とか腰の筋肉を使って支えるから……



「ママ! がんばれ!」

「あはは」

「大変なんですね……妊婦さんって……」

「ああ~、そうだねえ。まあ、ここまで育つとねえ」



 そういうと、アリネさんは両手でお腹をさする。

 私はドキッとした。



 ああ……

 なんて優しいまなざしなんだろう……



「あの人の子だからねえ……」



 再び心臓がドキッとした。

 旦那さまの子……

 旦那さまの……



 ああ……いいなあ……



 愛する男性(ひと)の子……



 愛する男性(ひと)の……



 私は……羨ましくて……羨ましくて……



「ア、アリネさん」

「ん~? なんだい?」

「あの……お、お腹……触っても……?」

「あはは。いいよいいよ!」



 アリネさんは笑いながらお腹を向ける。私は恐る恐るお腹を触らせてもらったら、ああっ!

 パンパン! 柔らかいのかなって思ったら、パンパンに張ってて硬い!



「羊水だからねえ、硬いよ。あはは、初めてかい?」

「は、初めて……ではないけれど……ず、随分前で……」



 そう、たぶん二百五十年以上前だったと思う! エルフの里で一番若いものがまだ百五十歳くらいだったし! うわあ~~、たぶん触らせてもらったんだろうけれど、記憶がないよ~!?



「あはは、随分前? まだ十五~六歳だろう?」

「い、いやあ~~」



 自分がエルフであることを言おうかどうか……まあ、また今度でいいか! 妊婦さんだからビックリさせちゃマズイかもだし。



 はわああ~~、本当にパンパンだあ。



 赤ちゃんがいるのかあ~~



 いいなあ~~



 いいなあ~~



 私は時間も場所も忘れて、アリネさんのお腹を触っていた。



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