後日談6 夜の宿
ずーっと休んでいましたが、随分と久しぶりにUPしました。よろしくどうぞ。
■コークリットの視点
トプン……
タプン……
暗闇の中で心地よく響く波の音。
波が護岸に寄せて優しくたたく小気味良い音。
トプン……
タプン……
宿の上層階でも、閉めきった部屋の中でも、霊力で五感を強化した俺には良く聞こえる。
まあ真夜中で宿も周囲も静かだからね。
タプン……
トプン……
良い音色だなあ。
ゆったりとして……落ち着いていて……
緩やかで滑らかな旋律……
何か懐かしいような……切ないような……
なぜだろうなあ……
俺はベッドに横になりながら、聴くとはなしに波の音を聴く。薄暗い部屋の中に流れる波の音を聴くと、まるでゆらゆらと海の中を漂っているような……そんな錯覚を覚える。
月明かりに照らされた美しい調度品に囲まれた室内は、さながら海の底に沈む豪華客船の一室のようで……このまま暗い海の底で永遠の眠りについてみたい……
静かな良い夜だ……実に静かな……
体を横に向けたまま甘ったるい眠気に包まれようとしていたその時……
「うふふ……」
薄暗闇の室内に、突如として流れる女性の笑い声……
ゴーストかと、ドキリとする笑い声……
眠気が一瞬にして飛んで行く。
「うふふ……」
背後から小さな笑い声が聞こえてきて……
俺は体を横向きにしたまま、首だけ回して声の方を見る。
そこにはベッドがもうひとつあり、小さな人影が……
というか、シスだ。
シスが寝ているんだが……
「うふふ……」
シスは眠りながら笑っている。
くくく……何の夢を見ているんだか……
いや、よーく分かってる。くくく、よーく分かってる。
彼女は仰向けに眠りながら、大事そうに胸に何かを抱えて、大事そうに抱き締めながら寝ている。
くくく……今日、俺がプレゼントしたヴェネリアンレースのストールだ。
彼女は大事そうに、大事そうに、顔を半ばレースで埋めながら眠っている。
「うふふ……」
再び眠りながら笑うシス。
くくく。
俺は静かに、静かに、音を立てないようにして起き上がると、ベッドを軋ませないよう細心の注意をはらいながらベッドに腰をかける。
「うふふ……」
ゴメンなシス……寝顔を見るよ……
「……くくく」
くくく……シスはレースを抱き締め、顔を埋めて寝ているんだけれど……切れ長の大きな目が盛大に垂れて……垂れて垂れて……
喜びを……
嬉しさを……
幸せさを……
隠しきれない、ほころんだ顔で寝息をたてている。
くくく……
こんなに喜んでくれるなんてなあ……俺の方が嬉しくなってしまう。くくく。
ああ目がさえちゃったなあ……
俺は静かに立ち上がると、音をたてずに窓の前に置かれた椅子へ移動する。縦長の窓からは月の蒼い光が斜めに落ちて、精緻な細工の施された椅子と小さな丸いカフェテーブルを淡く浮き上がらせて……いい雰囲気だ。
座って夜空を見上げると、大きな大きな半月が浮かんでいて。月の周りの夜空だけわずかに青く明るいけれど、それ以外は濃い藍色に沈んで、星が綺麗なこと綺麗なこと……
月の明かりはヴェネリアの街に静かに降り注いで……
美しい街並みを、美しい建屋群を夜の闇に浮かび上がらせる。
良い夜だなあ……
「コックリ……」
「え……?」
起きたのか? シスを見るとさっきのままで……
寝言か。くくく、本当に可愛いなあ……
思わず笑っていると。
「コックリ……ありがとう……ありがとう……」
大事そうにさらに抱き締める。
ふふ……
月が綺麗だなあ……
良い夜だなあ……
俺は窓の枠に頬杖をついて、見るとはなしに夜の空を眺めていた。
コックリとシスティーナの出会いの怪異も徐々に徐々に書いておりますので、よろしくどうぞ。




