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ヴェネリア島上陸

 

 ■システィーナの視点



 街道を進んでいくと、そこかしこに宿泊施設や飲食店が増えていき、人々の賑わいも大きくなっていく。旅人、商人、傭兵……、老若男女様々な人がいる。でも妖精はいないみたいね。



 やがて街道は、海に腕を伸ばしたかのような石造りの桟橋へとつながる。



 その桟橋こそが街道の終着点にして、ヴェネリア島へ渡るための出発点だ。桟橋の先はまるで手のひらのような形をしていて、複数の船がとまっている。ヴェネリア島の行先によって船への乗降場所が異なっているみたい。



 ヴェネリア島は大小百あまりの島々を水路によってつなげた島だからだ。



 陽が頂点よりもだいぶ斜めに傾いた頃、コックリと私はその桟橋に到着した。ここに至るまで、何人もの旅人が昼日中にフードを目深にかぶる私を見て怪訝そうな顔をしていたが、そこは仕方がない。



 桟橋には多くの旅人が列をなして船の順番を待っている。後ろにいた旅人の話で、ヴェネリア島までの橋を作ってくれたらな……いや橋を作ったら船乗りたちの職業がなくなるからこのままだろ……という会話をしていたので、なるほどと思った。



 私たちは、陸地からヴェネリア島に最も近い島、ドーリ島へと渡るための船乗り場に並んでいた。サン・マルゴー聖殿のある本島に行く船もあるけれど、市井の様子を見たいからここから一番近いドーリ島へ行って歩きながら本島まで行くよ……というコックリの言葉を思い出した。



 街や人々の様子からどのような怪異が起こっているのか、どこで起こっているのかを見ながら聖殿へ向かうようだ。



 私たちの乗る船はトラゲットという二十人乗りの立ち乗り船で、船の前後に漕ぎ手がいる。立ち乗りだと安定感が心配だったけれど、実際に乗ってみると波が静かだからかあまり揺れず進んでいく。気づいたらコックリが私の背に手を回して支えてくれていたので、とてもうれしくなった。



 それにしても、船の上から見るヴェネリアの街並みは圧巻の一言だ……

 ドーリ島は一般住宅が多い区域と言われるけれど、一般住宅でさえも水の都の名に恥じない建築物であり、その壁や柱、屋根はゴシック様式の華やかな装飾に彩られ、太陽の光によって複雑な陰影を浮かび上がらせ圧倒させる。三階建ては当たり前……。ああ、窓の中に猫が寝そべっていてこっちを見ている。けれど動物にはこの街は大変よね、落ちたら溺れ死んでしまうし……。あちらのとんがり屋根の教会に人々が列を成して集まってきているけれど、ミサがあるからかしら。白い壁に照り輝くステンドグラスが美しく映えてとても綺麗……



 キョロキョロと見渡していると、トラゲットはドーリ島の桟橋に到着した。



「さて、鐘楼があそこだから本島はあっちか」



 桟橋があるところは少し開けた場所だから、建物のオレンジ色の屋根の更に上に、背の高い鐘楼が見える。ああ、ヴェネリアに渡る前に聞いた鐘の音は、あの鐘楼から流れてきたのね。コックリは最終的にあの鐘楼がある場所のすぐ近くにあるサン・マルゴー聖殿に行くみたい。



 それにしても、ふぅ……

 何だか疲れてきたけれどまたコックリのコートの裾をつまんではぐれないようにして、と……コックリと二人で水路脇の小路を歩き、アーチ状の橋を渡る。アーチ状の橋は水路を交通の手段としているからか、中央部分がかなり高い作りになっていて、上り下りがもう大変。ここに住んでいる人は、日常生活をしながらトレッキングできるようなものだから、とても健脚になりそうね。



 コックリと二人で道行く人とすれ違い、地べたにシートを引いて野菜を売っている人たちを横目に歩いていく。



「ゴンドラが出ているな……市井の人々の様子もおかしいところはない。怪異は起こっていない? いや、起こり始めで気づいていない、ということか?」


 コックリが市井の様子を見ながらつぶやいている。水路には二人乗り用の舟が出ていて、縞々の服を着た船頭が陽気な歌を歌っている。ゴンドラに乗っているのは若いカップルで嬉しそうに道行く人々に手を振って……確かにこの状況からすると、怪異が起こっているようには思えない。



 街は活気と陽気に包まれている。建物の中からも弦楽器を奏でる音が聞こえ、水路の波音と共演する。



 ふぅ……

 私は陽気な街とはうらはらに、再び小さなため息をついた。体が重くてだるい……。この街はあまりにも人工的過ぎで、自然の力、精霊の力が弱すぎるから体の調子が悪くなってきたんだ。二度目に訪れた人間の大きな街でもちょっと悪くなったっけ。でもここはもっと人工的だからかな……あと何だか臭うから気分も悪くなってきた。



 これかな……私は水路を見た。

 網の目状に張り巡らされた水路の水は、少し黒っぽく濁っていて透明度がない。草原の丘から見たあの青い海とは似ても似つかない。たぶん、生活排水が混じっているのだろう。エルフの里は生活排水が水源に混ざらないよう、精霊の力を借りて浄化していたし、できる限り自然を生かしておいたからそこには多くの生命が宿り、生態系を築いていたけれど、ここは……



 この島では石造りの岸壁で直線状に水路が形成されているため、全くと言っていいほど生命の息吹が感じられない。濁った海水からは水の精霊力が弱々しく環境のバランスがおかしい。


 水だけではない。周りを見渡せば地面も壁も加工された石材を使用しているため、全く大地の生命力も感じないし、土がないために植物さえも存在しない……

 これほどまでに、精霊力がなくなることがあるのだろうか。



 ああ、またよく分からないけれど、あの時感じた恐怖が心の底から湧き上がってくる。



 何故だろう……

 怪異を感じているのかしら……ううん違う。体のだるさを意識し始めると、どんどんと重くなっていく……けれど今は忘れよう。神殿騎士としてコックリは調査をしているのだから、迷惑を掛けてはだめだ……



「大丈夫か? シス」

「え?」



 え、何が?



「いや、呼吸が荒くなってきてるから……」



 ええぇ、呼吸音まで聞こえてるの? ちょっと感覚鋭すぎ……。そういえばエルフの里で神殿騎士として怪異を捜査していた時、ものすごい感覚が鋭いと思ったことを忘れていた。



「うん……慣れない街だからかな……でも大丈夫よ」

「そうか……しかし、そろそろ宿に行って休もう」

「ううん、大丈夫。街で怪異が起こっていないか、観察しているのでしょう?」

「ああ、だが今のところは切迫した状況ではないようだ。日もだいぶ暮れて来たし、そろそろ宿を取っておかないと野宿するハメになる。だから宿を取って休もう?」

「そう? じゃあ……そうする」



 コックリに気を遣わせてしまい、私は本当に申し訳ない気持ちになった。彼は怪異の捜査をしなくてはならないのに、彼に押し掛けるように旅についてきた自分が、彼の邪魔をしてしまっている……本当にごめんなさい。



 でも四百年生きてきて、こんなに体がおかしくなることは初めてのことだ。いったいどうしてしまったのだろう。



 そして、ふとしたことで起こる恐怖……どうして……?



 どうして恐怖を感じるのだろう。




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