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コックリとシスティーナ

連投しました。


 潮の香りをのせた爽やかな風が、牧草の丘を駆けあがり頂きに立つ騎士のサーコート(鎧の上に着る服)を波立たせる。騎士はサラサラと流れる牧草の音を聞き、涼やかな風を一身に浴びて気持ちよさそうに伸びをすると、腰に手を置きただただ前方の景色を眺める。サーコートから覗く鎧が、日の光によって金色と銀色にキラキラと輝き、光の余韻を残す



 騎士の名はコークリット。親しい者は彼をコックリと呼ぶ。年の頃は二十歳、明るい栗色の髪と琥珀色の瞳にわずかに生えるあご髭、そして逆三角形の体をした堂々たる体躯の騎士だ。彼は不可解な事件〈怪異〉を解決するために法王庁によって組織された神殿騎士の一人だ



 組織された……とはいえ、その特殊な能力と任務から、現在七名しかおらず、それぞれが単独で行動している



 神殿騎士は大いなる霊威『聖霊』からの啓示により導かれ、今も世界のどこかを旅する



 ■システィーナの視点



 コックリが丘の上で遥か遠くを眺めている様子を、私は呆然と見上げていた。さっきまで彼は私の横にいて一緒に丘を登っていたのだけれど、突然「潮の香りがする!」と言って駆け出して見る見る内に駆け上って行ってしまった。体を鎧で固めているハズなのだけれど、何であんなに早く駆け上がれるのかしら……。旅用にカスタマイズされているから軽いのかしら……。ああ、でも風の中でとっても気持ち良さそう。あそこからはどんな景色が見られるのかしら? 一緒に見たいな……



 私も彼と一緒に風を受け景色を見ようと、草原の丘を登り始めた時、彼が振り返った。



「シス、早く来いよ! 見たがっていた海が見えるぞ!」



 早く来い、という彼の言葉に……私はムッとした。深緑色のマントをはためかせながら、上っていく。この怒りをバネに、疲れるけれど……コックリの横に到着!



「もう、人を置いて自分勝手に駆け出しておいて、『早く来い』も『見たがっていた』もないと思うわ!」



 私は頬を膨らませた。けれどフードを目深にかぶっているので、コックリからは見えないか。でも声色からどんな表情をしているのか分かったのかしら、コックリは頭を掻きながら子供っぽい笑顔になった。



「おぉ~ワハハ、ゴメンゴメン。潮の香りがしたから、もう海が近いと思ってさ。シス、海を見たがっていたろ? シスの喜ぶ顔が見られると思ったら嬉しくて、いてもたってもいられなくて、ついさ」

「はぁ?」



 なにそれ。私の喜ぶ顔が見られると思ったら嬉しくて……は私も嬉しいけれど、その相手を置いて駆け出す? なにその本末転倒っぷりは。

 うぅ~、でも子供のように屈託のない笑顔……ずるい。



「もう、子供なんだから!」



 フードを目深にかぶっていて良かった。顔が赤くなったのが分かるもの。この笑顔で……彼は全て分かっていてやってるもの、卑怯者。



「改めて、海が見えるよシス」



 あ、やさしい笑顔と声音。うぅ~……平常心平常心……。私はフードを下した。途端に開けた世界が広がってきた。


「わぁ、あれが海……」


 まだまだ先は長いけれど、鮮やかな緑の牧草に包まれた丘々の先……太陽の光を反射して宝石のように輝くものが見える。あれが海……。今まで住んでいた森にも大きな湖はあったけれど、全くその比ではなく、はるかに大きく、はるかに青い……



「きれい……」



 フードを下すと、涼しい風が顔にあたる。かすかに潮の香りがする風は私の髪を揺らし、丘を駆け下っていく。フードの下でちょっと蒸れていた長い耳も涼しくなる。



 そう、私がコックリとともに旅をするエルフの娘システィーナで、コックリは私のことをシスと呼んでいる。

 私は四百年という長い間、巨木が生い茂る広大な森のエルフの里で人間と交わることなく暮らしていたのだけれど、半年ほど前に起こったある怪異でコックリと出会い…………彼の傍にいたい、彼と旅をしたい、と思ったの。



 さて私の瞳の色は翠色で、腰まである緩やかにウェーブする金髪を後ろで束ねていて。ツル草が描かれた深緑色の外套に身を包み…………人間の世界に来てからフードを目深にかぶることが多くなった。理由は後ほど。



 声もなく海を見ていたら何だか視線を感じたので、そちらの方を向いたらコックリがやさしいまなざしで私を見ていた。うぅ~……無防備な表情を見られていたんだ、恥ずかしい。



「な、なに……? 変だった?」

「いや、綺麗だなって思ってた」



 うぅ~、そんな優しい声と笑顔で言わないで。ほら耳まで熱くなってきた。



 もう、コックリは子供なんだか、大人なんだか分からない……。彼の性格は穏やかで優しく落ち着いたものだから大人っぽく見えるし、身体もがっしり大きくてその動きがゆったりのんびりとしたものだから、やはり落ち着いた大人の印象を与えるのだけれど、戦闘とか何か夢中になるものがあると途端に動きが加速し、目で追うことがやっとくらい俊敏に動く。この夢中になるものがあると突然飛び出すようなところが子供っぽいのかな……? でも、どっちも好きだけれど……話を変えよう。



「コックリ、あれは全部塩水なのよね?」

「おぉ~、しょっぱいよ」



 森では砕いた岩塩に水を混ぜ、塩を精製していたのだけれど、海ならもっと簡単に塩分が取れるだろうな。



「さぁ~て、海の方に行こうか。街道があるはずだから……、今日中にあの街に着きたいしね」

「ええ、分かったわ」



 コックリは身体が大きい分 歩幅も大きいのだけれど、ゆったりと歩くので小柄な私でも普通に歩けば同じ速度で進める。コックリと並んで緩やかな丘を下っていくと、私たちの足音に驚いた虫たちが飛び退って行く。ここは人の手が入っていないから、自然の力『精霊力』がとても強いのね。草原の妖精が喜んで走り回りそう。海からの風で草原が波打つ光景はとても素敵で心が躍る。陽射しが強いから汗をかいてしまうけれど、所々に生えている樹の木陰で涼むとちょうどいいかしら。コックリも汗をかいていて、そのにおいがするけれど……うぅ~……嫌いじゃない。コックリ、わざとにおいを嗅がせてないでしょうね。



 休み休み進むと、眼下に巨大な蛇を思わせる街道が見えてきた。どこまで続いているのかしら。



「おぉ~し、街道だ。あともう少しだ」



 街道は蛇の鱗のように大きな石畳で舗装されていて、風雨除けのためかしら……道の両脇には枝を目いっぱいに張り出した樹木が植えてある。あれなら雨が降ってきても雨宿りには事欠かないわね。道の所々には露店や休憩所が設けられていてとても賑わっている。人がいっぱい……うぅ~緊張してきた。フードをかぶろう。



「シス。フードをかぶっている方が目立つんじゃないか?」



 目立つけれど顔を出すよりはいいでしょう。だって大変だったじゃない。



 森を出てから初めての町では素顔でいたのだけれど、すれ違う人すれ違う人、全員が私の方を見てだんだん騒ぎが大きくなって、町の人に囲まれてしまって……。何が起こっているのか分からなくて怖くなってコックリの後ろに隠れたら、「姿を見せてくれ」とか「独り占めにするのか」ってコックリが人々に責め立てられて……。そんなにエルフが珍しいのかしら……?



「まあ、妖精からは不思議な気が出ているからそれに人間は魅了されるようなんだけれど…………特にシスは見た目も美しいから尚更だろうな」



 え、そうなの? コックリの言葉の最後の方は嬉しいけれど、最初の方はどうかしら。だって一番魅了したい人が魅了されていないし……貴方のことよ、コックリ。……法王庁の騎士の中の騎士、神殿騎士でだからそういうのに耐性があるのかしら……



 そうこうしているうちに、街道に着いてしまった。コックリが駆け出さないようにコートの裾を軽くつまんでおこう。あと人がいっぱいで不安だし。



「そんなにしなくても、もう一人で行きはしないよ」



 さあ、どうかしら。

 それにしても喧騒が凄いのね、フードの下から除く街道は多くの人々が歩いていて馬車も走っている。

 露店もにぎやかね。あら、いい香り。



「おぉ~、いい香り。何か食べる?」



 同じことを思っていたのね。串に刺した魚介類を焼くいい香りが食指を引かれる。コックリが大きな貝の貝柱部分の串を買ってくれた。うれしいな。魚醤という調味料かしらとっても美味しいけど、熱っ。



 彼は聖職者のハズなんだけど普通に買い食いするし、たまに歩きながら鼻歌を歌っているからそういうところが子供っぽく見えるのかな? ああほら、コックリ垂れてるわよ、本当に子供なんだから……。食べ歩きなんて、以前の暮らしをしていた時はなかったなあ。



 旅人達の喧騒の中、轍の跡にすり減った石畳を歩いていくと、潮の香りが強くなってきたわ。あの高台まで行けば……!



「シス、あそこだ!」



 高台からは海岸と海が一望できたのだけれど、もっと驚いたのは街並み……。海の上にひしめき合う様に石造りの建物が建っている!



「三百年前、ここは大小百くらいの湿地状の島だったらしい。土壌を改良しながら二百年以上かけて海の上に街を築き上げた、水の都ヴェネリアだ。運河や水路によって人々の暮らしをつないでいる街なんだ」



 二百年……そんなに? 海の中からひしめき合う様に築き上げられた石造りの街並み。オレンジ色の屋根が多い。中心部には鐘楼の尖塔が高くそびえ立っている。

 凄い街だ。



「さて、あの街で何が起こっているのか……」



 コックリは厳しい目になった。そう、彼は任務でこの地を訪れたのだ。

 聖霊からの啓示によって。



 私も洋上に浮かぶ堅牢な石造りの街を見つめる。白い壁には、遠くからでも分かる華やかなゴシック調の装飾が施されている……今まで訪れた街のなかでもひときわ凄い……



 でも……あれ……?

 なんだろう……この気持ち……



 何でこんな感情が湧き上がってくるのかしら……



「どうしたの? シス」



 名前を呼ばれて気が付いたら、コックリが横にいない。坂を下って先にいる。えぇ、いつのまに? 慌てて駆け寄る。



「どうしたの?」



 ううん、なんでもないのよ。ただ……

 洋上には大変な街並み。



 私はなぜか……恐怖を感じた………



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