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待機室の四人

 

 ■システィーナの視点



 待機室のドアが開くと、濡れた髪の初老の男性が入ってきた。湯あみをした直後のようで体からホカホカと湯気が出ている。ああ、私も宿に戻ったら湯あみをしよう。



「おお、神殿騎士殿。よくぞお見えになった、うれしい限りです。私がこの聖堂の司教モルゴーです。このような姿で申し訳ない」

「いえ、こちらこそ遅い時間に申し訳ございません。お目にかかれて光栄です。私は神殿騎士コークリットです。こちらはエルフのシスティーナです」



 は、初めまして……。私はお辞儀をすると、ああモルゴー司教はびっくりした表情で私を見ている。しばらくの間、声もなく私を見ていたのだけれど、相好を崩して挨拶してきた。



「おお、これはこれは美しい御嬢さんだ……これほどお美しいエルフの御嬢さんを見たのは初めてのことで……申し訳ない、見惚れてしまいました……。お目にかかれて光栄です」



 司教様もお上手ですね。

 私たち四人は待機室の応接椅子に座ると、先ほどアリアさんから聞いた怪異の経緯を、もう一度司教様にも確認をとるように話し始めた。最初の異変はヴェネリアングラス職人だったという。



「そうですな……アリア司祭の説明通り、初めて怪異が起こったのは、ジャックというヴェネリアングラス職人でした。半年ほど前でしょうか……体に奇妙な斑ができ、その前後の記憶がないというのです。何らかの病気ではないか、ということで、このアリアが聖魔法のうち『病気を治す奇跡』を使ってみました」



 聖魔法の回復魔法には、いくつかの種類がある。

 傷を治す魔法、体力を回復する魔法、病気を治す魔法、毒を消す魔法、体内の異物(寄生虫や胆石・結石など)を取り除く魔法、精神を安定させる魔法など、このほかにも多岐にわたる。



 もしジャックさんの体に起きた異変が病気によるものなら、『病気を治す奇跡』で治るし、病気でなかったのならば体の異変はそのまま変わらず……ということになる。はたして結果はどうだったのかしら……司教様が続けた。



「回復魔法を使ったところ、たちどころに回復しました……そのことから彼の体の異変は、我々があずかり知らない病気だったのかと思います」



 なるほど、この奇妙な病気が今回の怪異なのね。



「ただ……それはジャックだけに起こったものではありませんでした」

「ほう……他にもまだ、患者が出てきたのですね?」

「ええ。その時は他に四名ほどそのような状態で発見された者がおりました」

「なるほど、計五名ですか……ところで『その時は』、といいますと?」

「はい……。その後もある時期に、突然発症するという者が出てきました」

「ある時期に突然発症する……?」

「ええ。だいたい新月の夜の後くらいにまとまって同様の症状で見つかるのです」

「新月の後?」



 新月とは月が出ない夜のことだ。新月の後に、発生する病気……? 私も聞いたことがない。



「現在何名程ですか?」

「少しずつ増え、先月の新月の後は八名ほどだったかと思います」

「八名……ジャック氏の病気が他者にうつったということですか?」

「どうでしょう、可能性は低いかと……住んでいる島も、生活の接点も全くない者たちですので……」



 コックリはあご髭をさすりながら考え込んだ。思案している時の彼の癖だ。



「体の斑や新月の夜以外に、何らかの特徴はございますか?」

「そうですね……今のところ男性しかかかっていないですね。特に病気になりにくそうな丈夫な青年が多いか……」



 司教様はアリアさんを見た。



「はい。あとは……一人暮らしが多いでしょうか……発見が遅れることもありますし。そして、皆病気になった前後の記憶がないのです」

「一人暮らしの男性で……病気になった前後の記憶がない……」



 うう~ん、なんだか調査が難航しそうな感じね……。記憶がないなんて……記憶を失う病気なのかしら……?



「なるほど……今現在、身体に斑がある人はおられますか?」

「ええ、ジャックがまだ少し残っていますね」

「え? 回復魔法で完治したのでは?」

「ああ、彼はあの後 何度かかかりましてな……。その都度魔法で治していたのですが、あまり聖魔法を使いすぎると体が弱くなると判断して、少しずつ自己治癒で治してもらっております」



 一度だけではなく、何度もかかっているんだ……。その人に特有の何かがあるのかしら……そうすると、そこから何かが見えてくるかも……?



「何度かかかった……なるほど。その他に思いつくことはございますか?」

「ふうむ……今のところ思いつくのはそれくらいですかな……また何か思い出したらお話ししましょう、」

「そうですね。あとは……明日にでも、この病気にかかったことのある患者……特にジャック氏と会わせていただけますか?」

「ええ、もちろんです。ではアリア司祭。明日神殿騎士殿について案内して差し上げなさい」

「はい、承知しました」

「ではまた明日」



 コックリと私は席を立った。本当に変な怪異ね。

 今の情報を整理すると……

 ・新月の夜に発生する病気

 ・症状は体に斑ができる

 ・発症前後の記憶がない

 ・一人暮らしの男性がかかる

 ・何度もかかることがある



 宿への帰路、私はコックリに問いかけた。



「コックリ、こういった怪異ってあった?」

「いや、ないな……過去の神殿騎士の怪異の記憶も探っているのだが、似たようなものはない……」



 日中、街を歩き周り、街の人々の様子を調べたけれど、特におかしな部分が見られなかったのは、こういう理由があったからだったのか。新月の夜に限定して発生する病気で、しかも数人規模……だからこそ皆気づいていないくて、平和だったのか。



 でもそれは、見せかけだけの平和だ……水面下で、怪異が動いている……



 石造りの岸壁に、チャプン……チャプン……と小さな波が当たる音を聞きながら、コックリと私はサン・マルゴー聖堂から宿へと戻る道を歩いている。今にも消えそうな三日月では夜の街を照らす力に乏しく、夜目が利くエルフでも少し心もとない。

 前を行くコックリは、考え事をしながら歩いているようで、終始あご髭をさすりながらうつむき加減で歩いている。



 もう、危ないよコックリ。



 私は彼が運河に落ちないように、彼の腕に手を添えた。



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