怪異の始まり
やっと本題の怪異になります
■ヴェネリアングラス職人ロイの視点
ヴェネリアングラス職人を目指す俺は、朝日を浴びながら自前の舟で洋上に浮かぶ孤島、ウラーノ島へ向かう。暖かな太陽を背中に浴びながら舟を漕ぐのは、もう五年目に突入している。
元はヴェネリア本島で行われていたガラス工芸が、周りに海しかないウラーノ島へ移ったのが、今から百五十年前。火災防止のため……とはされていたが、実のところは技術流出を避けるため、だ。その昔、伝統工芸にして芸術作品でもあるヴェネリアングラスの技術を盗もうと、工房に入り込もうとす不届き者たちがあとを絶たなかったのだから、当然の対策だろう。
俺は工房に入ると炉に火を入れる。それもこの五年間変わらぬ作業だ。シンとした工房に火が入ると、自分の中にも熱い火が入るようで心が燃える。
軽い食事をしていると、マエストロと呼ばれるベテランガラス職人や兄弟子たちがやってくる。マエストロは現在五名いてそのマエストロ各人に四人の助手が付き、それぞれに役割を持たせながら技術伝承をするのだが、今日は助手の一人足りない。
同期であるジャックがいないのだ。
昨日は休みだったし、深酒でもしたのかいい女を連れ込んだのか、笑いながらジャックを待つが、その日はついに工房に顔を出さなかった。
明日とっちめるか、となるが翌日も工房に顔を出さない。不可解に思ったマエストロは俺に様子を見て来いという。了解っす。ジャックは筋骨たくましい青年だが、一人暮らしゆえに倒れていたら大変だ。
俺はジャックの家に着き、扉を叩くものの応答がなく、いよいよ倒れているのではと心配になった俺は、扉を開けようとするもカギがかかって扉は開かない。
水路に面した集合住宅の四階ゆえに隣部屋の窓から入れるかもしれず、落ちても海に落ちるだけだから何とかなるだろうと隣人の扉をたたき、事情を説明して部屋に入れてもらうと窓から顔を出す。ジャックの部屋の窓は少し開いていて、ゴシック調の装飾に足を掛けながら恐る恐るジャックの部屋へ向かう。
ジャックの部屋の窓に手が届き、窓枠につかまって中をのぞくとジャックはいた。
ベッドの上に。
仰向けで、ベッドで寝ている。
「ジャック!」
呼びかけるも反応がなく、俺は窓から部屋に入るとジャックの元へ駆け寄る。
一瞬死んでいるかもと思ったのは薄目を開けているからだが、たまに瞬きがあるので生きているようだ。「ジャック!」再び声を掛けるが反応がなく、名前を呼びながら頬を何度か叩いていると、やっとジャックは目を開き俺の方を向いた。
「うう……ロ、ロイ……何してんだ?」 苦しそうに、うめきながら体を起こす。
「何してんだ、はこっちのセリフだ! 大丈夫か、病気か?」
「うう、身体が……重い……、びょ、病気……だって……?」
「昨日、工房に来なかったろ? 病気だったんだな?」
「うう~、昨日……? 俺……昨日、休んだのか……?」
「ああ、休んだよ。倒れてたんだろ!? 何の病気だ?」
「うう~、病気に……なった記憶が……ない……」
「記憶がないって……」
俺はジャックのずり落ち気味のパンツを直してやろうとしてパンツに手をかけて、はっとした。
「お……お前……何の病気だ……これ……?」
ずり落ちたパンツから見えたもの……
それは緑色に変色した皮膚……
下腹部や太ももの皮膚の至る所に、緑色の斑ができていた。
それが怪異の始まりだった。




