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9話「アハハハきゃっきゃうふふなあんな感じ」

 丁寧に深々と頭を下げる。それにぼくは慌てて両手を交差させて、

「い、いやいやいやぜんぜん謝るようなことじゃないですよほんとっていうか無いおかげで声を張らないでおしゃべり出来てたわけですからね、うん」

 我ながらものすごいフォローの嵐だった。それにあるまさんはいつもよりも少し長めの5秒ほど頭を下げたあと顔を上げ、

「そう、でしょうか?」

「は、はいっ。いやリアルにそう思いますよ、オレは?」

「ありがとうございます、ではBGMはなしでよろしいですか?」

「よろしいです、はいっ」

 なんでぼくはこんなにBGMなしを主張しているのか途中で不思議になったが、それでもあるまさんが罪悪感を感じないで済むのならもうぜんぜんオッケーという気持ちにもなっていた、なんなんだか。

「それではご主人さま、ロイヤルメイデンセット一品目、心ゆくまでお楽しみください」

 あるまさんはそう言って頭を下げ、しずしずと下がっていった。それを見届け正直たぶんデレデレしてしまってから、ぼくはそれと向き合うことになった。

 スープだった。それはどう見ても。近付ける。肉も、さらには魚も入っている様子はない。純粋な、どちらかというと野菜スープに近いだろう。

 なんでこれを――と顔を近づけて、驚いた。

 湯気が、顔を覆った。

「うわ……」

 これまで外食で、色んな出来たてアツアツメニューを食べてきた。カツ丼牛丼うな丼にうどんラーメンきしめん焼き肉ステーキから揚げ。だけどそれはしかし湯気は表面上に上がっているだけで、決して鼻まで届くことはなかった。

 そしてそれは、優しい香りだった。

「野菜の、匂いか?」

 肉とかソースのような押しつけるようなものではなく、それこそこちらを、包むような。

 吸い寄せられるように銀製だろうかスプーンを掴み、一口掬い、飲んでいた。

 柔らかい、それは子供の時以来のように感じられるような柔らかい味わいだった。

「うま……」

 思わず、唸っていた。うまい。なにがというか、あえていえば野菜が? いやスープなのか? とにかく素材の味で勝負というか、とにかく言えることはこの上なく手作りなことだった。

 野菜がうまいって。

 もう一口、今度は具材と一緒に口へ流し込む。

 チーズが、とてつもなくうまかった。甘みがあり、しかし塩っ気も利いていて、とろけて、野菜と絡み、しかししつこくない濃厚さというか――

「どうですか?」

 もう、びっくりしなかった。

「……すっご、おいしい、です」

 やっぱり敬語になってしまった。難しい、テレビで見たり前に行った常連らしい御主人様のように気安く、喋るのは。

 あまるさんは気づけばテーブルの横、床の上に膝をついて両頬杖というべきか肘を立て両の掌の上にアゴを乗せて、こちらを見つめていた。上目遣いで。うわ反則だとも思ったが、だけどそれもこの空間のまったり感と食事の繊細さで、なぜか溶け込み、そして身体の方が先に慣れてしまっていた。

 なじんできた、という方が正しいのかもしれなかった。違いはわからないけれど。

「よかったです。ではお食事しながら、あるまとお喋りしていただけますか?」

 とんでもない申し出だった。

「は、はいっ」

 いやよく考えればそんなに無茶なことを言ってるわけではなかったわけだったヤヴァい表現が重複していただけどそれも仕方なかった。

 要は会食的なノリを要求しているのだった、あまるさんは。ほら、男女でアハハハきゃっきゃうふふなあんな感じだよみんなやってる普通の食事だよ誰でも出来てるよそれこそ幼稚園に入る頃には。

 そんなん出来てりゃひとりでメイド喫茶なんてきてねっつの。

「ではまず、ご主人さまの近況などをお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」

 うわ、定番にしてもっとも触れられたくなぇ話題キタコレ!

「そ……そーぉですねぇ、さいきんはぁ……ですねぇ」

「はい、いかがお過ごしでしょう?」

「あー……オレ、実は大学生でしてぇー」

「わあ、大学生、いいですねぇ」

 なにがいいのかはわからないが、だけどあるまさんに混じりっ気なしのお褒めの言葉をいただくとすごく悪い気はしなかったりした、我ながら単純に出来ていた。

 ちょろっとあるまさんの瞳を盗み見たが、少女のようにっていうか実際少女なんだけどキラキラ輝いていた、これは避けて通れないと、覚悟を決める。

 さて、ご主人さまとしてはどう話すのが正解なのだろうか?

「最近、はぁ……なんだか、レポートが忙しかったです、ねぇ?」

 なぜに自分で言っておいて疑問形になるのか自分で自分の首を絞めたい気持ちになった。

「なるほどぉ、ご主人さま大変なんですねぇ」

「そ、そうです、ねえ……?]

 だから疑問形にするなと何度言えば(ry的な気持ちでスープを啜った。とてもとても美味しかった、胃が温まり、肩の力が抜けて、気持ちが落ち着いた。はふう。

「ではこの喫茶Hexenhausで、癒されていただけましたでしょうか?」

 その小首を傾げる仕草はホントに反則だと思う。

「あ、そうですね、はい、ホント癒されました……」

「それはそれは、本当に良かったですぅ」

 両指を逸らして掌だけを合わせるというアイドルポーズも、、よく似合っていた。ああ、ホンっと癒されると思った。スープをもう一口、うまー。ぜったいこれ保存料とか使ってないよ。そして小腹が減っていたので、ガーリックトーストを掴み、

「よろしければそのガーリックトーストは、スープにつけてお召し上がりください」

 本当に気配りが行き届いていた。それに笑顔アンド会釈して、言われたとおりにスープにつける。そして野菜を掬って持ち上げると、糸を引いていた。チーズだった。そしてもわっ、と上がる湯気。

 見た目だけど、もう充分うまそうだった。

 口に入れると、もう涎が止まらなかった。

「うんわ……うんめぇ……!」

「ご主人さま、本当においしそうにご飯をお召し上がりになられますねえ」

 またも気づけば、あるまさんは両肘を立ててその両掌の上にあごを乗せて、こちらを見上げていた。その格好はメイドさん的にはどうなのかはわからなかったが、もうぼく的には世界のだれがどう文句を言おうが120点満点以上だった。

 ぼくはガーリックトーストを二口で口に放り、

「ほ、ほうでふか?」

「はい、お腹空いてらしたんですか?」

 空いているといえば空いていたような気もするが、しかし実際それほど空腹を実感していた覚えはなかった。というより最近空腹を意識したことは少ないし、食事に楽しさを感じた記憶もない。

 一人暮らしでろくなもの食べてなくて、食事が単なる栄養補給になっていたという事実に、軽い衝撃だった。朝成のことまったくいえねぇ。

「まぁ、そこそこですね。結構ここ、見つけにくくて歩き回ったんで……」

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