6話「戦国武将なヲタ友」
大学での講義を受けて、レポートを提出して、昼休みになり学食でひとりカレーを食べていると、あの時間が嘘だったんじゃないかと思う時があった。
カチャカチャ、とスプーンで学食独特の表現すればお袋の味とレトルトを足して二で割ったような印象にも残らないカレーを口に運んでいると、今がこれ以上ないほど現実だということを思い知らされる心地がした。一杯250円というのは魅力ではあったけれど、ぼくの人生は本当に質より量、大量生産物により大量消費されていくのだと思い知らされてもいた。
それでよかったのかと、なんとなく疑問を持ち始めていた。
「おう、黒瀬氏ではないですかごきげんうるわしゅう?]
そこに痛い挨拶が、耳に飛び込んできた。ぼくはにへら、と相好を崩し、
「いやいやいや最近もお暑い日々が続いておりますな小木曽御前?」
「まったく、これでは麻呂も参るでごじゃります」
「……ぷっ!」
さすがにというか耐え切れず、吹き出してしまった。なんとかカレーを飲み込んだあとでよかったと思う。それに声をかけてきた背後の人物も、
「はっははは、なに、どこでウケちゃっでありますかもし?」
「いや、ははっ、その、キャラが確定してないとこじゃない?」
「ですなぁ、実際小生未だキャラの迷走ぶりにあえでいるところでおじゃるよ」
ツボだった。笑う。それに後ろに立つ、髪ボッサボサの迷彩服男も笑った。
大学でぼくは最初、友達が出来ずにいた。田舎から東京に出てきて方言が恥ずかしかったのと、初めて会う派手な人たちがなんだか怖くて、自分からひとの輪に飛び込めずにいたのだ。いやそも、田舎にいた時からひとの輪になんて飛び込めなかったのだけれど。
そんな時友達になったのが、この迷彩服男、小木曽朝成だった。きっかけは、大学の漫研のひとつであるえがく部(絵を楽しく、というのと描く、という二つの意味が合わさったものらしい)で知り合ったのだが、今は色々あってぼく自身は幽霊部員化している。他の部員たちとは疎遠になったが、朝成以下ニ、三名とは未だに交流を保っている。
「それで、黒瀬氏は最近はどうしてる感じでござるか?」
「おじゃる丸口調はもう終わり?」
「ごじゃるは萌えキャラが喋ってこそのものかと思うでござる」
なるほど、相変わらず熱いこだわりを持った男だった。
朝成はぼくの隣の席に腰を下ろした。手にはお盆、その上にはキツネうどんが載っていた。基本この男が学食でそれ以外を食べているところを見たことが無かった、一杯170円学食最安値、趣味以外にはお金を懸けないある意味男らしいような男だった、どっちだよ。
朝成が割り箸をパキンと割って、ぞぞぞと麺を啜りだしたのを見てぼくももう一口カレーを頬張り、
「最近……は、ネトゲと漫画を右往左往ってとこかな?」
「引きこもりライフ満喫でござるな」
「そういう朝成は? どんな満喫ライフ?」
「小生は、最近ひたすら信長の野望でござる」
「……だから時代劇風口調なのかよ」
「ござる、戦国武将最高でござる」
影響されやすい学友だった。となると二人してネトゲ廃人か、まったく気楽な大学生活万歳だった。
と、そこで。
「……そういや、朝成はメイド喫茶とか、行ったことあったっけ?」
「一度だけ行ったでござる」
朝成は一度もこちらを振り向くことはなく麺を啜り続けている。食事は栄養補給と決めているのだ。よくよく考えればそんな男がメイド喫茶に行くはず――
行ったでござる?
「いつ?」
「2年前くらいに行われためるぱふぇのイベントが某メイド喫茶で行われたでござる。それで、でござる」
「なるほど、イベント絡みね」
それなら納得だった。ちなみにめるぱふぇとはめるめるメイドぱふぇへようこそというPCゲームの略である。朝成はオタク仲間のなかでもかなりのアクティブおたくに分類されるタイプだった。だからぼくとこうして連れ添っているのも不思議といえばそうなのだが、しかしこういう周りを気にしない所が、ぼくみたいな除け者相手でも態度を変えないという事に繋がってるのかもしれなかった、わからないけど。
「それで、実際どうだった?」
「レアグッズいっぱいゲットで、声優さんのトークも聞けてお腹いっぱいでござった」
ですよねー、って感じだった。朝成にそもこういう話題を振ったのが間違いだった。だいたいが某メイド喫茶とか言って店の名前すら覚えてないし。でもまぁぼくも一度行ったところの名前覚えてないから、どっちもどっちか。
「そか」
「でござる」
ずずず、と朝成はうどんのどんぶりを傾けて汁を最後の一滴まで飲み干していた。ぼくの方は会話の方に集中してて食事はすっかり上の空で、すくったカレーが中空でそのままで、そしていつの間にか冷めてしまっていた。口に運ぶと、なんとも味気ない味がした。
「では部室で、ヘーローをやってくるでござる」
「おう、またなー」
敬礼するぼくに、朝成は軍配を前に翳すような仕草で部室に突撃していった。骨の髄までブレなく二次元おたくな彼は、むしろブレブレなぼくには若干眩しく映るくらいだった。彼みたいに生きられたら楽なのかもしれなかったが、しかし実際彼みたいには生きられはしないししたいともあんま思わなかったり。校内で迷彩服着てるの彼だけだし、中のTシャツはアニメがプリントされてたし。まぁぼくもふぁっしょんのことなんて全然言えないけれど。
もう一口冷たくなったカレーを口に運んで、どうしようかなんて考えていた。
そんな感じで三日経ち、色々もやもやウダウダ実にぼくらしく、迷って考えたあと、結局ぼくはもう一度秋葉原の地を訪れていた。それっぽい理由をうんたら一生懸命考えようとして、まぁ結局のところあるまさんにもう一度会いたいだけだよなと開き直った。実際それ以上も以下もないし、アハハ。
「……オレって、こういう人間だったっけ?」
人波に乗るように電気街口から外に吐き出されながら、ぼくは首を捻った。おかしいな、基本ぼくは二次元に萌えるタイプだとばかり思っていたが? よくよく思い返してみて初恋だとかはいつだっけと思い返してみて、そういや小学校2年とか3年で、じゃあ最後に恋したのはいつだっけと思ってすぐにPCゲームのヒロインが出てしまうあたり本当に末期だよなと思ったりした。初恋が最後の恋かよ、あ、これなんか昨今のラノベのタイトルになりそうな感じだな。
「そんなことはどうでもいい、と……」
心の中だけでなくリアルの方でもツッコミを入れる痛い人になりつつ(どうせ誰も聞いてないし)、中央通りに出た。
さて、ここからだった。ここからどう行けばいいのか、正直まったく覚えていなかった。末広町方面か? それとも逆なのか? 手前? それとも向こう側? それすら、よくわからない。だいたいがメイド喫茶目当てでアキバに来たことなんて一度きりで、しかも友人に連れられてだったからどうしたものかさっぱりだった。
そも、来るならネットで調べてから来るべきだった。