60話
「いやまぁ、流れ的にそうかと」
「…………」
なぜだまる。
「……そうですね、確かにその通りです、申し訳ありませんでした、話の盛り場だとか、そういう配慮が足りませんで」
「? は、はあ?」
よくわからない謝罪を受けていた、なんだろう? ぼくが悪いのか? それともどこかで行き違いでもあったのだろうか? いずれにせよ、ぼくには窺い知れないことである事は間違いなさそうだった。
「それで、くろにゃんさまにはネタばれしてしまったのですが、立ち上がったそのお方の手には一匹の猫にゃんさまが抱えられていたのです。その光景に、わたしの小さなハートはときめきました。
そう、ネコにゃんです! ネコにゃんが、その手に抱えられていたのです! 最初わたしはてっきりそのネコにゃんさまがその方のペットかなにかなのかと首を傾げておりましたが、しかしいずれにせよその黒くて目がくりっとしてて摩訶不思議に可愛いその物体――生き物のそのお姿に、わたしの瞳は、心は! 釘づけになったのですっ!」
「…………」
途中から、なんだかメイドになるいきさつの話からネコ好きのネコ好きによるネコ好きのための熱烈な語りになっているような気がしていたが、しかしまぁ、あるまさんの意外で可愛らしい一面が見られたからそれはそれでよしだったが。
「しかし、それはわたしの思い違いでした……そのお方はその黒ネコにゃんさまを大切に抱えたまま歩いていき、そして近くのビルの影にその黒ネコにゃんさまをそっ、と横たえたのです。
ねこにゃんは、ひと声鳴きました。にゃーん、と。まるでお礼でも仰るかのように。
そしてそのお方は、去って行きました。何事も、なかったかのように……」
まあ実際何事も無かったんじゃないですかね?
というツッコミは、一応この場ではやめておいた、結構あるまさんその気になっちゃってるみたいだし、ていうかその瞳の輝き方は漫画でいうなら形がハートになってるって奴ですかね?
「その時、わたしは思ったのです。わたしは、メイドになりたい……いつかあのような心優しき御主人様を癒せるような、そんなメイドにと……」
「あれ? いまのくだりでそういう決断するようなところありましたっけ?」
さすがのぼくも、ここはツッコミを入れざるを得なかった。いや唐突すぎるだろ、超展開にしてもやり過ぎな感ありありで、今のいったいどこに――
「わたくしめの、勘です」
へ?
「あるまさんの……勘? です、か?」
「はい、勘です」
そう、言われたらぼくとしてもなにも言いようがなかった、なるほど勘かーいわゆる女性のそれは超能力めいたものがあって理屈を飛び越えて正解に辿りつくって言うしな、ホントかよ。
「へ、へー、そうですか……勘で、」
「はいはいご主人さま」
そこでハイタッチ以来またもやいつの間にかテーブル脇にやってきていた仕切り屋メイドが、またもや仕切りにやってきていた。ありがたいと、ぼくは言葉をつぐむことに決めた。やはり女性の心理は女性に任せるに限る。
あるまさんは愛華ちゃんのとつぜんの登場にも、いつも通りの笑顔を浮かべてゆったりしていた、さすがだった。
愛華ちゃんはそんなぼくたち二人になぜかメイドモードの営業げふんげふん素敵スマイルを振りまき、
「今回はあるまちゃんが暴走してしまい、たいへん失礼をいたしました。というかご主人さまもツッコミどころ満載のところ我慢していただき、まことにありがとうございます」
「うん、なんかなんだかさすが愛華ちゃんだね」
「それ、褒めてます?」
「うん……うんっ」
「なんで二回言いました? 今の間はなんですか?」
「どうでしょうね?」
このうっかり本音が漏れる癖はなんとかしたい今日この頃だった、まぁでも実際半分は褒めてるから嘘じゃないといえばそうだが、なんのこっちゃ。
「まぁとりあえずここからは、愛華が話を進めますね?」
「お願いします」