56話
ビックリした。
あるまさんが唇を尖らせて、アヒル口だった。
端的に言えば、拗ねていた。
――マジですか?
「あの……あ、あるまさん?」
「答えて、くださらないのでしょうか?」
「い、いや……」
さらに上目遣いで、ジト目でした。正直目を逸らしたいような衝動に駆られたが――まるで引力でも作用してるかのように、視線を外すことは出来なかった。
だってぶっ飛ぶほど、可愛いのですもの。
萌えるのですもの。
そしてその言葉に抗える術を、ぼくは持ってはいなかった。
「……引き、籠もってました」
「え?」
あるまさんが、聞き返した。レインちゃんは無表情のままだった、ひーぼんさんは気づけば紅茶片手に頬杖ついてニヤニヤこっちを見てたりしてた。
ぼくはとりあえず、あるまさんのリクエストに応えなければならない立ち位置のようだった。
ぼくは二、三喉を鳴らしてから――うまく唾を飲み込めなかったから、
「引き、こもってました……ここ一週間、くらいは」
「そうですか」
沈黙がくると思ってた、てっきり。
だけどあっさり流された、まさかのスルースキル発揮だった。肩透かしくらいそうになった、緊張してたからしなかったけど。
「…………へ?」
「ではでは、つまりはリア充してたっていうことなんですねっ」
「…………は?」
「ぶっ!」
吹き出した音に我ながらすンごい勢いで振り返ると、壁際のソファーで今日オフのメイドさんがくっくっくっ、と口を塞いで笑いをかみ殺していた――なんだこれ?
「えーと……あるまさん?」
「それはそれはめくるめく楽しい時間を過ごされたのでしょう? なんですか? ニコ動ですか? ようつべですか? それともPS系? 任天堂? はたまたパソゲー? もしくは漫画ラノベとかだったのでしょうか?」
「…………」
唖然とするくらい、目をキラキラしてワクテカだった。すごかった、なんかキャラ崩壊? とか思いかけたが、そういやなんかそういう予兆はあった気がするなーとか遠い目。
そしてやっぱり後ろでくくくく笑ってるツンデレ系メイドカッコツンデレかどうかは保証しません。
「…………」
考える、どっちに声かけようかと。
結論は、やっぱ目の前の輝く瞳をした女性になった。
「……その、」
「どれですかっ?」
もう、まずはこれに答えなければ到底収まりつかなさそうな雰囲気だった。ぼくは仕方なく、
「……………………ネットサーフィン、です」
「ウィキですか? それとも別の? ニュー速とかまとめサイト多過ぎてチェック厳しいですよねっ? でもたまにヤフーニュースでも面白い記事が――」
「いやあのちょ……」
「どれですか!?」
気づけば。
あるまさんは、目の前5センチくらいに迫っていた。
「…………」
なのに、なんにも喋れなかった。というか引いていた、うわすげぇ、なんか今まで自分がどういう風に見られていたのかわかった気がした、逆に言えばみんなの気持ちもわかったような気がしていた、うーんぼくがこれをやれば確かにキモそうだが、あるまたんに関して言えばそれはとても可愛らしかった、が――
「あ、あるまさん……」
「どれですかっ!?」
「…………」
ヤヴァい、マジで後ろを見たくなった、愛華ちゃんに助け船をとか。どこまでいってもぼくはヘタレだった。
なんて答えればいい?
誰か助けてくれ。
だけど目線も逸らせない、打つ手がない。
ぼくは――考えることを、放棄した。
「あるまさん」
「どれで――」
「愛です」
場が、今度こそ静まり返った。
「…………は?」「え、マスターいまなんて……?」「若人よ、愛とは……?」