52話
とか色々考えてたんだけど、未だレインちゃんはクロッシュを開けてくれてはいなかったという。
「…………レインちゃん?」
「なんでしょう?」
「あの……これ、食べていいのかな?」
「どうぞ、マイマスター」
――開けろって、ことか?
「じゃ、じゃあ、いっただきまーす……わーい、なにかなー?」
「――――」
ちょっとハシャギ気味に言ってみたが、レインちゃんからは、そして目の前のひーぼんさんからもリアクションはなかったっていうかひーぼんさん既に文庫本読み始めてるしね! まさに屋敷の主人のような様相を呈していますしね!
というわけで、仕方なく自分で開けた。
原始人の骨付きみたいな肉が丸々、現れた。
「……うWAO?」
「それとコレ、エリクサーです」
言葉と共に、今度はワイングラスの中で琥珀色に輝く液体がテーブルのうえに置かれる。少し炭酸のようなものが見て取れるが、まさかシャンパンとかじゃないよな? とか思ったり。
「あ、どうも」
「では、」
――では?
「え……はい?」
なんか始まるみたいなので、エリクサーを飲みながら待つことにする、うん、これはグレープじゃなくてレモンサワー風味の炭酸飲料みたいなもんで、たぶんハチミツが入ってるのかな? なんか、紅茶飲むようになって味の違いがわかるように――
「僭越ながら、これより美味しくなる呪文を唱えさせてもらいます」
「っ!?」
危な、かった。マジ、間一髪で口に含んだエリクサーを吐きだすところだった、せっかくの希少アイテムを無駄にしてたまるかなに言ってるオレ。
「く、っ……へ? え? じゅ、呪文ですか?」
「ハイ、呪文デス」
「……美味しくなる?」
「デス」
エリクサー飲みながらデスとか言われると、それこそ死の呪文のような気がしてくるから恐かったいやそんなことはいい。
「え、えと……どんな呪文、なんですか?」
「ではマスター、御唱和ください」
御唱和かよ、雰囲気ぶち壊しだなとは言わないでおいた、きっとこれがレインちゃんのペースなんだろうと生温かい目で見守ることにする。
レインちゃんはその碧い瞳を閉じて、そして両手を胸の真ん中で合わせ、ひし形のようなものを作り――って大仰、っていうかどっちかっていうと厨ニ病臭いなおい!
「……全知全能たる、黄昏の神々よ」
うわ、ていうか全開で厨ニ病だった!
「――――」
そして黙る、同じ姿勢のまま、ぼくも待って見ているが――ちらっ、と片目でこちらを見るレインちゃん。そこには明らかな期待したような光があった、ていうかひし形をかたどってる右手の人差し指がくい、くい、とこちらを誘っていた。
正直、ノリたくなかった。
でも、どうやったってノらないわけにもいかない状況だということは、それこそ火を見るより明らかだった。
9秒抵抗してみたけど結局、
「……ぜ、ぜんちぜんのうたる、たそがれのかみがみよ」
「血の如き紅きその力よ、時空の中で忘れ去られし凶悪なるそなたの名において、ボクは今ここに暗闇に願わん、ボクたちの前に立ち塞がりし全ての食物と飲み物に、ボクとそなたとマスターが力を合わせ――」
うわ、どこかで聞いたような長々しい詠唱キタコレ!
そしてレインちゃんはガニ股開きに片手を突き出した決めポーズのあと、
「召喚されしこのギガンテスのこんぼうに、マスターの為、さらなる美味を付与されよ!」
チラッと片目でこちらにサインを送るレインちゃん……これを、ヤレと?
「しょ、しょうかん、され……」
「…………」
だから上目づかいに期待した眼をするのは、反則です。
ぼくは一旦眼を閉じて、もうバカになると心に決め、自分がいま中学二年生だと言い聞かせて――カッ、と眼を見開き歌舞伎調に両手を広げ、
「――召喚されしギガンテスのこんぼうにィ! 我の為っ! さらなる美味を、付与ッ、されよォオオ!!」
「素敵です、マイマスター!」