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5話「不可思議な気持ち」

 くりっ、と可愛らしく小首を傾げられてしまった。それにぼくは自分の質問が中断されたことが全く気分を害することにならずどころかむしろ気分よく、

「あ、は、そうですよね。し、失礼しました」

「いえいえ、お気になさらないでくださいませ御主人様?」

「あ、はい。気にしませんっ……っておかしいですかね?」

「いえいえ、御主人様がそうでしたら、わたくしたちメイドとしてはその通りと申し上げるばかりでございます」

 ――そ、そういうものなのか?

 ぼくは戸惑いながらも、

「そ、それでオレの名前は、その、黒瀬春樹くろせ はるきって、いいます」

「くろにゃんとかどうでしょう?」

 聞いて0コンマ何秒で愛称キタコレだった。……ていうかくろにゃんって、

「い、いや……ど、どうなんですか?」

「とっても可愛いと思いますが、どうでしょう?」

「……あの、某軽音アニメ」

「どうでしょう?」

 なんだか有無を言わせない感じになりつつあるのはぼくの気のせいなのだろうか?

「そ、そうですね……でも普通に黒瀬とか春樹でも……」

「でははるにゃんさんとお呼びしますね?」

 にゃん推しのようだった。ここまで推すのなら、ぼくとしてももはやなにも言うことはない。

「……くろにゃんで、お願いします」

「はい、それで御主人様なにかご質問でもございますでしょうか?」

 けっきょくご主人さまなのかよというツッコミは胸の中に押し留めた、話進まなくなりそうだし。

「……あの、こ、このお店は?」

「はい、こちら喫茶Hexenhausヘクセンハウスとして営業させていただいております」

 喫茶、という先ほどもメニューで見た単語。そしてあれの読み方はどうやらヘクセンハウスだった模様、どういう意味なんだろうか? やっぱハウスとか言ってるから、なんか家的な?

「……ここって、メイド喫茶じゃないんですか?」

「メイド喫茶でもある、というところですかね?」

「……他にはなにでも、あるんですか?」

「コンセプトカフェ、というものですかね?」

「コンセプト? なにをコンセプトにしてるんですか?」

「大正時代の、洋館とかですかね?」

 いや疑問形で聞かれても。っていうかその辺の教育はしっかりしていないのだろうか?

「へ、へぇ……なるほど。でもよくよく考えてみるとメイド喫茶って、そもそもそういうメイドを囲え……いや失礼、雇えるような裕福な上流階級の家をそもそもコンセプトにしてるんですよね?」

「そうですね」

 いややけにあっさりだな、そこもうちょっと拾ってもらいたいんですけど……?

「は、はぁ……」

 会話が繋がらなくなって所在なくなって、とりあえず紅茶を一口飲んだ。落ち着いた。不思議だった。紅茶マジックだった。いつまででも飲んでいられそうな気分になる。今まで数えるていどしか飲んだことなんてなかったっていうのに。

 そこでふと、気づいた。

「……あの」

「なんでしょう、ご主人さま?」

 というより、気になった。

「……ずっと立ってると、キツくないですか?」

「メイドですから」

 横顔をちら見すると、鉄壁の笑顔だった。

 ぼくは今までメイドという人種を勘違いしてたのかもしれなかった。気遣いを気遣いと思わせないその高い職業意識は正にプロの給仕人だった。敵はこちらの予想戦力より、圧倒的に手ごいようだった。

「御主人様は、普段メイド喫茶にはあまりお帰りにはならないんでしょうか?」

 ん?

 と一瞬思った、なんとか口には出さなかったけど。メイド喫茶に帰る、って――ああそうか、メイド喫茶には行くじゃなくてデフォで帰るという動詞がセットされているから、なんていうか聞く分にはすごく矛盾を感じさせる文章になってしまうのかなるほど。

「そうですね。今までに、一度しか」

「どこのメイド喫茶でしょうか?」

「えぇと……店名は忘れたんですけど、なんかオムライス食べて萌え萌えきゅーんで、その…………喋ったりとかもなくて」

「なんだかそれじゃ、ネタだけ披露させられる普通の喫茶店みたいですね」

 なんだか率直な意見だった。が、わからんくもなかった。羞恥プレイがが流行っているのは、ヲタにMが増えたためだとかそういう意見を聞いたことがあった。もちろん先入観だとかいうのもあるが、実際ツンデレがもてはやされてる背景は常人には理解できないのだろう、たぶん?

「では、ご主人さまの瞳にはこちらのメイド喫茶はどう写りになられたでしょうか?」

 聞かれ、ぼくは少し間を開けて――

「……うん。すごく、よかったです。はい」

 端的に、でも素直な感想を紡いだ。

 それにメイドさん――あるまさんは、素敵な、吸いこまれるような笑顔を浮かべた。

「それは本当によかったです。よろしければ、またのご帰宅心からお待ちしておりますっ」

 そう、今までと違って少しだけ元気に言って、あるまさんは深々と頭を下げたのだった。


 夢みたいだった。呆けながら秋葉原駅のエスカレーターを昇りながら、そう思った。

 あれからもう少しだけなんてことない話をして、ぼくはメイド喫茶兼コンセプトカフェHexenhausを、あとにした。店の外まで見送られ、振り返るとあるまさんは未だに深々と頭を下げていて、それに頬をかいていると気づいたあるまさんが顔を上げて笑顔で手を振ってくれて、それに照れくさくなりながらも応えて、おかげでふわふわした気持ちで歩いてしまってどこをどう通って戻ってきたのかまったくこれっぽっちも覚えていなかった。

 でもこの人ごみを見たとたん、なんだか不可思議な気持ちに襲われた。

 切ないような、苦しいような、でも微かに安心したような、でもそう感じることでまた黒い気持ちに塗りつぶされてしまうような――

 みな俯いて、先を急いでいる。リュックを、紙袋を、ビジネスバッグを持って。前に前にと進んでいる。その距離はとてもとても近いのに、決して交わることはない。互いが本当の意味での、視界に入ることはない。

 こんなにたくさんいるのに、だけどその実みんなとても、孤独だった。

「なんて」

 きっと、妄想だろう。オタク同士も、コミュニティを持つこの時代。それぞれのジャンルのオタク同士で集まり、語らい――オフ会だな。そして活動して、作品を作ったり――同人だな。そうだSNSだって全盛だし、ネトゲ廃人って言葉は死語にさえなりつつある。そんな時分、孤独なんて。

 孤独。

 じゃないのか?

 本当に、みんな?

「…………」

 ぼくはただ、エスカレーターを昇っていった。来週発売のPCゲームのヒロインが、ポスターで愛想を振りまいていた。それを横目に見て、いろいろと複雑な気持ちが胸中で渦巻いていた。

 ただ、ぼくは――

 改札まで行き、切符を買うために財布を取り出す。そこで、気づいた。チャージもなく結局スコーンは200円で合計500円しか掛からなかったという証明であるレシートと、二つ折りの厚紙が目に入る。黒の、クラシカルなメイド服を着た女の子――の萌え絵風のイラストが描かれたそれには、Hexenhaus's point cardと渋く書かれていた。それを三秒見つめ、小銭を取り出して切符を購入した。

 ただ、ぼくは。

 あるまさんにまた会いたいと、思った。

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