47話
最初の感想が、それだった。以前と同様か、もしくはさらに狭くなってるかもしれなかった。前回のマックス5,6人、押しこんで10人てのもなかなかに破格な狭さだったとは思うが、今度のはさらに細長で、もはや隠れ家というかビルの隙間に捻じ込んだという感じすらあった、前回の反省を生かしてないのか? それは本当に正解なのか? 間違った方向に全力で逆走してないか? という疑問は胸の中にしまっておいた、もはや手遅れだし。
「さて、では参りましょうか?」
大事なことだから二度言わせてしまい恐縮しているぼくを背に、ひーぼんさんは開かずの扉を開けてしまっていた。今回はポーチもなく、ただ開けただけで、しかも開けるとギィイイイなんて不気味な擬音語まで聞こえてくるしで正直入るの躊躇うわ!
「おかえりなさいませ、御主人様」
「!?」
「あぁ、いま帰ったぞ、い――!?」
「あるまさん!」
ぼくはその時自分がなにをしたのか、正直よく覚えていない。ただ新Hexenhausの立地と狭さとあまりにもあっさり行けたことの拍子抜け感と一週間の引きこもり生活によるブランクで、合わせてヒキ気味、っていうかビビり気味だった心が、あるまさんの声を聞いた途端弾けた、という事だけは自覚としてある。
気づいた時には、ぼくの隣でひっくり返るひーぼんさん。次になぜか両手を広げて、顔も驚愕な表情のぼく。そして目の前に――それこそ、夢にまで見た理想の女性像。
あるまさん。
あるまさん。
あるまさん――
「あ、あ、あ、あ、あ、あ……あるまさんっ!」
「はい、なんでしょうくろにゃんさま?」「っ……たたた、おいおい若人よ、わしゃ杖突いて歩いとるご老体なんじゃからちっとは労わって……」
「好きですっ! 付き合って間違えたぼくのメイドさんになってくださいィイイイっ!!」
だからぼくは、この時のことは覚えてないんだってば。だから感想とか訊かれても困るしなんでこんな事やったのかもわからない、ただやっちまったことだけしか確かなものはなかった、でもぼく"だけ"のって言わない辺りらしいといえばらしいと思ったり。
そして四秒経ってからだった、ぼくの物心が赤子のそれから、現在のそれに追いついたのは。
「…………あれ?」
目の前には、にっこりしてるあるまさんがいるいやホント癒される可愛い萌えるこれぞ萌えの三次元化だいやそんなことはどうでもはよくないがしかし今の状態のキモはそこでは、ない。
ぼくはいま、なにを口走――
「ふぉっふぉっふぉっ、いやいや若さじゃのう黒瀬くん!」
ご老体が一言で説明してくれました本当にありがとうございましたいやそうじゃない。
「――――」
どばっ、と冷や汗が出たいや本当に漫画みたいに。人間の身体ってすごいなって思う、こんな劇的に変化するんだ、なんだろう、なにかの防衛反応なんだろうか? これからぼくが死――ああ、死ぬかも。
あるまさんに嫌われたら、ぼく死ぬかも。
「――くろにゃんさま?」「ふぁいっ!?」
名を呼ばれ、ほとんど同時に返事する。あぁ、みっともない、さすがレベルマイナスだった、というかレベルという概念が無くなりそうなほどの事態だった。
ドクドクドク、と笑えるくらい心臓が高鳴る。バックンバックンバックン、と音が耳にまで届く。ヤヴァい、マジ、なにも聞きたくない、というより逃げたい。
どうしよう?
逃げちゃおうか?
足を一歩、後ろに下げ――
「わたくしは初めから、くろにゃんさまのメイドでございますよ?」
踏み、外した。なにもない平地で。
「と……」「あら?」「おい、若人――」
転倒、背中向きに、後頭部からアスファルトの地面に――激突、かつてない衝撃、そして暗転、意識が消える、なんて漫画風でカッコいいなと思っていたが、実際なってみると抵抗も出来ず沼地に引きずり込まれるような感覚で、あまり気分がいいものでもなかったかも。
「あ――――」
ついでに最後に、あるまさんの呑気そうな声が聞こえた気がした。