46話
「ほう……怪しいとか?」
「子供ですからね、それに三大欲求には誰も抗えないんじゃないですかね?」
「ほほぅ……ならば彼らが、子供じゃなかったのなら?」
「それは――」
ピン、ときた。ご老体が、なにをのたまいたいのかを。
ぼくが言葉に詰まっていると、
「魔女がいて、それが自分たちにとって害なすものであることを理解してなお、その三大欲求とやらに抗えず……抗わず、お菓子をむさぼるのかのう?」
「知ったこっちゃありません」
なぜかぼくは、やっぱり即答していた。これにはぼく自身、ちょっぴりビックリしていたりする。おぉう? ぼくはなにを、どうなったのか?
だけど口は、意思とは関係なく言葉を綴っていた。
「大人っていうかぼくは、入ります」
「お菓子を、貪るのかね?」
「お菓子よりもっと素敵で掛け替えないモノに、ぼくで捧げられるモノがあるっていうんなら全部、捧げます」
これは言わなくてもイイって考えが頭をよぎったが、
「負け犬なら、負け犬なりのそれで」
覚悟とかプライドとか、そういうカッコいい言葉を使うのは違うと思った。そんなカッコいいもんじゃない、ただ、それはただ言葉通りのそれだけに過ぎないから。
そして言ったあと、ぼくはキャラメルラテを煽った。煽って、その底で顔を、表情を隠した、正直メッチャ恥ずかしかった、どうかしてるとしか思えなかった、レベル0からレベルマイナスに向かって全力で逆走してる男の言葉じゃなかった、穴があったら入りたいくらいだった。
「……ふぉふぉ、若さじゃのう」
顔がボッ、と熱くなる感じだった。
そしてたぶん14秒くらい時間が経ってから、
「いや、いい。実にいい。これからの日本は、あなたのような若者が担っていかなくては」
「……いや、冗談でしょう?」
もう9秒くらい前から空っぽになっていた紙のコップを横にズラして、ぼくは言った。ぼくみたいな石を投げれば当たるほどどこにでも転がってるようなどうしようもないコミュ障でひきこもりにプラスして対人恐怖症のキモヲタなんて、今の日本の閉塞感を作り出した一因なんじゃないかって自重してしまうほどの。
それにご老体――ひーぼんさんは柔らかく微笑み、
「なぁ、黒瀬くん?」
「……はい、なんでしょう?」
「立派な人間とは、なんなんでしょうなあ?」
「真面目で明るくて、なんでも一人で出来て、みんなをまとめられるような、そんな人間だと思います」
簡単過ぎる質問だった、なぜか、それはぼくの真逆を言えばいいだけだったからだちょっぴり泣けてくる実際だったが。
それにひーぼんさんはなぜか顔を伏せ、
「――うつ病」
「はい?」
なぜそこで、その単語が?
思う間もあったか無いかでひーぼんさんが、
「そう言った人物に、最も多いとされる現代病ですなあ」
ぼくは凍りつき、しばらく物を言えなかった。
「……あ、はい、あの、そ、それで?」
「幸せとは、なんでしょうなあ?」
なぜか突然、ひーぼんさんは遠い目になった。それにぼくは視線を、倣った。
窓の方を見ている、もちろんその外を――通りを見ているのだろう、いや空かも? いずれにせよひーぼんさんの心は、秋葉原の人々か、もしくはここではないどこかに飛んでいるのかと。
なにかあったのだろう。それは確かに、感じられた。
それがなにかであったのかは、きっと大した問題ではないと思う。
だからそう、ここでぼくに声を掛けたのも、きっと。
「――あの、」
「なんですかな?」
「その……」
ただ紡ぐべき言葉はまったく、思い浮かばなかった。
しかしそれは、余計な心配のようだった。ひーぼんさんは戻ってきたようにゆっくりとこちらに振り返ってから温和な笑みを浮かべ、
「では、参りましょうか?」
Hexenhausは、あった。
秋葉原に、確かに。
だがやはり、どうしてもその道順は思い出せなかったから自分の足で辿りつけるかと問われれば、それは難しいように思えたけど。それはつまり、まあ、きっと、そういう事なのだろうと。
いやもちろん意味なんて一個もわかってないけどね! だってこちとらレベルマイナスですしね!
「さ、参りましょう……どうされたかな、黒瀬くん?」
「い、いや、な、なんでもないです」
自虐してたなんてどう言えようか? ぼくはどもりながらも必死に平静を装い、そして目の前の"お屋敷"を、見上げた。
せまっ。