45話
そのあと、ぼくは御老人――ひーぼんさんと、近くの喫茶店に入った。メイド喫茶ではない、チェーンのドトールだ。久しぶりだった、こういう普通の店に入ることが。いや実際年月でいえばメイド喫茶行ってるのなんてここ二ヶ月そこらのわけだから、そんなでもないのだが。
カウンターで普通にキャラメルラテを頼んで、適当に空いている奥の席に座る。ひーぼんさんはブラックコーヒーという年季を感じさせるメニューを頼んでいた。
なんかやっぱり、あの日メイド喫茶で見かけた理由がよくわからなくなるキャラといったらアレだが、そうだった。
「……あの、」
「ん?」
ひーぼんさんがお盆片手にやってくるのを見つめながら、ぼくは声をかけた。よくよく考えれば先に座らず待つか、もしくは飲み物はお持ちすればよかっただろうか?
ひーぼんさんはぼくのそんな思惑などドコ吹く風、というかもしくはお見通しのような深い笑みのまま、着席した。そしてなにを話すでもなく落ち着いた所作で杖をテーブルに立てかけ、そしてゆっくりと紙コップのコーヒーを傾け、飲み始めた。ぼくもそれに倣い、キャラメルラテを飲む。最近飲んでいた紅茶の微妙なものとは違うハッキリとした甘さは、考え過ぎなぼくの脳に養分としてぐんぐん吸い込まれるのを感じていた、結局なんでもいいのかぼくは。
「……それで、ですな」
「あまっ……え? あ、いま、なんて言いました?」
「…………」
微妙な沈黙がながれてしまった、いやぼくも別のことに気が回ってたのも悪かったけど、でもぼくにもそういう時だってあるし、いきなり話を始めた方にも問題があるような――
「あ、あの?」
「いや、いいんじゃよ。それで、黒瀬くん?」
「あ、はい。黒瀬です」
「…………」
だからなんで微妙な間が出来てしまうのだろう? ぼくか? ぼくが悪いのか? なんか最近痛い人かメイドさんしか相手にしてなかったから、普通の対応というものが、普通のひとの感覚というものがよくわからなくなっているのかもしれなかった。
ひーぼんさんは仕切り直すようになのか再度コーヒーを今度はややヤケ気味に煽り、
「……いや、黒瀬くん」
「はい、黒瀬で――」
「きみは、あの日お菓子の家にいた、黒瀬くんじゃろう?」
流された、と一瞬浮かんだ落胆は、次の言葉に容易く思考の座を奪われていた。
「――お菓子の家、ですか?」
「そう、お菓子の家じゃ」
元の、温和そうな余裕溢れる笑みを浮かべ、指を組んで老紳士は答えた。それにぼくは、考える。そして思い浮かべる。
Hexenhausという、その名を。
「……Hexenhausって、ドイツ語ですか?」
「そうじゃな」
「Hexenhausって、ひょっとしてお菓子の家って意味ですか?」
「意訳するとそうなるのじゃが、直訳すると魔女の家、ということになるらしいぞ? おぉ、恐いのう」
ぶるぶる震えて見せるご老体、さすがにお一人でアキバに来るだけあってそれなりのツワモノのようだったまぁぼくが言えた義理じゃないのは間違いないが。
しかし、となると――
「お菓子の家なんですか、あのメイド喫茶は?」
「魔女がおるかもしれんのう、おー恐い」
「つまりオレたちは、丸っきりヘンゼルとグレーテルだと?」
「面白い表現をするのう若人は、ほっほ」
「……からかってます?」
丸っきり、掌のうえで転がされてる気分だった、なんかヤダこういうのはちっちゃい女の子かツンデレからやられるからいいわけでイヤぼくはなにを言っているんだ?
ご老体はひとしきり笑ったあと、リアルに喉を潤すようにコーヒーを飲むからぼくもそのペースに付き合ってキャラメルラテを飲んでたら、
「なぁ、若人よ」
「なんでしょう?」
「ヘンゼルとグレーテルは、なんで森の中に突然現れたお菓子で出来た家なんぞに、入ってしもうたんじゃろうな?」
「腹減ってたからでしょ?」
即答したぼくに、なぜかご老体は目を丸くしていた。