42話
ユーキ氏がやや焦り顔だが、それにもハルイチさんはまぁまぁと手の平を出して落ち着き顔だった。確かに主導権やらなにやらはこの人にはありそうだった、まぁ二人も二人だったが。
「いやまぁそれでも、です。この御仁は、おそらくは大丈夫でしょうということなのですよ」
おそらくかよ、というツッコミは胸の内にしまい込んでおいたややこしいし。
「この御仁、つい先月からメイド喫茶デビューしたらしいのですが――」
「にわかじゃないでありますか!」
「まぁまぁそういきりたつものではありませんよ秋の字、だがしかし黒瀬殿はこのひと月、ずっとメイド喫茶のことを考えてきたようなのです。それは朝の字を通して私が4回も召喚されたことを見てもわかることでしょう」
「…………」
なんか、すっごい恥かしい気分になってきた。毎日毎日メイド喫茶のことを考えてるって、それどんだけだよ。なんかもう……いやもういいです。
それにユーキ氏は目を見開き、
「なんと、四回もですか? それは確かにこれからが期待できますな」
秋の字も、
「だがしかし、それでもなぜまだ序盤というか初心者の彼がHexenhausという上級職の名を?」
「それはですな、彼が一度Hexenhausにご帰宅したことがあるからですよ」
『マジですか!?』
喰いついてきた。
なんだか、平和だなと思える午後のメイド喫茶だった。
そしてぼくはハルイチさんから引き継いで一通り、これまでの経緯を説明することにした。やはり二人とも実にいいリアクションをくれた。なんというか、痛いといえば痛いし厨ニ病といえば厨ニ病なのだがぼくはあまり嫌いでもなかった、うん。
「――というわけで、おふたりはなにかHexenhausについて知っていることはないですか?」
というわけで、改めて疑問を投げかけてみた。若干の期待を抱きつつ。
だがしかし、
「まぁ……あまり、」
「お役立ちになれそうなことは、そんなに……」
ガクッ、と漫画みたいに肩の力が抜けた。ここまで来て、こんだけやり取りして、収穫なしか? やっぱリアルは甘くねー。
「まぁまぁ黒瀬氏、生きてりゃそういうこともありますよ。パフェ、食べます?」
「いえ、結構です……」
おっさんの食べかけのパフェとかノーサンキューだっつーの。
その後ニ、三お話して、ぼくはその場を去った。一緒に見回りしませんかというお誘いもあったのだが、今回は遠慮させてもらった。興味無いことも無かったが、今回はそういう気分でもなかったし、先にとにかくHexenhausだったから。
中央通りに戻って、しばらく辺りを彷徨ってみた。また最初の時みたいに、黒猫に会わないかと考えながら。
もちろんそんな都合よくはいかなかったが。
だがしかし、代わりにピザを見つける羽目になった。
「あ、ピザ」
「うぉ、若造」
「……あ?」
「あ、いや……ま、間違えたぞなもし」
睨みを利かせたら、怯んでいた。悪くない気分だった、なるほどバトル漫画系の主人公はこんな気分なのか。
「……で、なにか用ですかピザさん?」
「だ、誰がピザかなもし!?」
「あ、間違えました。すいま……せん?」
「なぜに疑問形!?」
登場時がピークだったなこのおっさんと思いながら、もう手詰まりだから相手することにした。
中央通りの真ん中あたりで、ひとが辺りを無数に行き交うなか、ぼくはピザと向きあう。
「で、なんか用ですか?」
「べ、別に用なんかないぞなもしっ。ただ単に偶然すれ違っただけぞなもし。というわけで安全にすれ違わせてもらうぞなもし――」
「――ちょっと待て」
と、ぼくは気づきピザの手首を、掴んだ。なんかぶにゅん、っていった、ぶにゅんって。
ピザはぼくの突然の行動におどろきとまどいドラクエ自重、
「な、ななななんぞなもしィ?」
「……ちょっと、話がある」
「わ、わわわわしはないぞなもし? と、というか離すぞなもし? メイドさん以外にわしに触ることは許さんぞなも――」
「だ・ま・れ」
「す、すまんぞなもし……」
なんか、ぼくのキャラ変も酷いものだった。だけどとりあえず、
「ちょっと、そこで話しようか?」
そしてまたもメイド喫茶だった、オレ一日にどんだけメイド喫茶行ってんだよっていう話だった。今回は話し込む予定だから静かで落ち着いたシャッツキステより、わいわいガヤガヤやや放置プレイ気味の@ほぉ~むにすることにする。時間制限付きのチャージもかかるが、こんなピザ相手に長居するつもりもないので逆に都合がい。
今回は普通にアイスのブラックコーヒーを、ピザはコーラを頼んでそれが運ばれてきてから、話を開始する。
「――で、お前さ」
「お、お前って呼ばれる筋合いは――」
「あ?」
「い、いやなにもないぞなもし……」
睨みを利かせ、話を再開。
「――で、お前さ」
「な、なんぞなもし?」
「お前が、さ。バラしたんだよ、な? アレ」
「な、なんのこと――」
「だよなあ? なァ!」
「…………お、怒るなよぞなもし」
涙目で伏せられてしまった、なんかこっちが悪い事してる気になってきて、自重しようかという気になってくる。よくよく考えるとこいつも、まぁ――
「それでさ、お前なんであんなことしたわけ?」
ピザは涙目で伏せたままボソボソと、
「だ、だって……Hexenhausのメイドさんたち、わしを受け入れてはくれんかったぞなもし……だからわし、悔しかったぞなもし……だから、赤信号みんなで渡れば怖くないと思って……わし、わし……」
「うわあ……」
としか、ぼくにはもう言えなかった。それはまぁ痛くてどうしようもなくて、でも同時に気持ちもわかって憐れで哀しくて、もういいかなという気分にさせられるものだった。
まあここでピザフルボッコにしてもなにもないし。
「だから、だからわしたまらなくて、たまらなくて……これでメイドさんに会えるし構ってもらえるし一緒にわしを受け入れてくれなかった恨みも返せて一石二鳥とか三鳥とかも思ったのは秘密だったりするんだぞなもし……!」
「おいおい心の声モロバレだけどまぁもういいよ」
またもや無駄足もいいところだった。虚しくなってアイスコーヒーを一口、気分と一緒で苦々しい味だった。
「ハァ……」
「ず、ずいぶんお疲れのようだなぞなもし?」
「まぁね……っていうか、もうその口調止めれば? オレ相手にキャラ作りしてもしょうがないだろ?」
「わしの勝手ぞなもし」
「あーはいはい確かにその通りだね。ていうかもういいや、出るか?」
「500円払って入るメイド喫茶には時間めいっぱい楽しまねば損ぞなもし」
「あー……」
もうなんていうか、もうどうでもよくなってきた。なにが悲しゅうてピザのおっさんとメイド喫茶で時間一杯まで話し込まにゃならないのか。ぼくの人生完璧迷走してるよなと、テーブルに突っ伏す。
「どうかしたのかぞなもし?」
「いやー……もはや今さらあんたに言っても仕方ないことなんだけど、Hexenhausが無くなっちゃったからさー……消息が知りたいんだけど、手掛かりがないんだよねー……」
「それだったら、ネットに情報が載ってたぞなもし?」