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38話

 とりあえず、以前の方法を試してみた。ソフマップの周辺で見覚えのある路地を探して、それを奥へ奥へと入っていき、目指すはあの黒猫のいた通り――

「なー春樹」

「なんだ朝成?」

 後ろで朝成が両手に頭を乗せながら、ついてきていた。明らかにやる気なさげ、基本自分のペースを崩すタイプの人間じゃないから逆にこういう状態の朝成を見るのが初めてだった、逆によくついてきてくれたよな?

「お前ってそのお気に入りのメイド喫茶の場所、知らねーの?」

「いや一応……」

 知ってる部類に入るのか、これって?

「……行ったことは4回、ある」

「どうやって?」

「いやまぁ、いまやってる感じに」

 なんてやりとりをしてる間に、見覚えのある建物を発見する。その脇に、入る。ここでたぶん、あの背の高くて結構古っるい建物が――

「へー、ていうかいま春樹はどうやってるわけ?」

「いや、くろぬこを――」

 通りに出た。そして初めての事態だった。

 くろぬこを、見つけられなかった。

「うぉーい、春樹。もうラストオーダーとやらの時間過ぎたぞー」

 春樹が遠くで、遠吠えのように呼びかけている。それにぼくはただただ徒労感と無力感と挫折感に、苛まれていた。

 時間は無情にも、10時41分。まだこんな場所にいるということは、たとえ今すぐ最短ルートを通ろうとも着いた時点で閉店時間だろう。

 行けなかった。ある無いの話じゃない。そもそも辿りつくことすら出来なかった。だいたいが、よくよく考えてみれば本当にぼくはあの場所に辿りつけたのだろうか? 黒猫が案内するだなんて、そんなメルヘンが現実に起こり得るのだろうか? ぼくは長くてリアリティのある白昼夢でも見ていたのではないだろうか?

「……なぁ、朝成?」

「なに? もう気ィ済んだ?」

 そんなウキウキした声でキラキラした瞳で寄ってくんじゃねーよそっちはもう帰れるからそりゃ嬉しいだろうけどさ。

「いや……ていうかオレ、大丈夫かな?」

「ん? まぁ手遅れっちゃ手遅れなんじゃね?」

「いやそういう意味じゃねーよ、っていうかあれだ……オレ今、まともなのかな?」

 ぼくのその言葉に朝成は初めて動きを止め、瞳を見開き、そしてぼくの方に寄ってきて――さらに顔に顔を、近付けてきた。

 てか近ぇよ目と目の間が5センチだし、オレにそんな趣味はねぇぞ!?

「お、おい朝成……!?」

「ヲイヲイ春樹……お前、まさか?」

 なにがだよホント?

「な、なにがまさか――」

「まさかお前……恋とかに、落ちてんじゃないだろうな?」

 正直、衝撃に近いというかまんま衝撃的な衝撃だった。

 ――恋?

 オレが? 恋? ぼくが? 恋を? 誰が、ぼくが、恋を――してるというのか?

「…………ま、さか」

 半笑いしか、できなかった。

 朝成はそんなぼくの顔を、珍しいものでも見るような感じでじろじろ見ていた。なんだかもう、なんとも言えない気持ちになってきた。

 まさか、と笑い飛ばしたいのに。

 でも。

 これが本当に恋という感情なのかは、わからなかった。なにしろ以前に恋をしたのがもうなんていうかハッキリとした年月日を思い出せないくらいの前――たぶん、小学校低学年とか中学年辺りの頃だったと思う。ていうかすっかり対人恐怖症になって女生徒そもそもうまく喋れなくなってしまってどころか視線も合わせられなくなった、というかまぁ実際その初恋の子にこっぴどく振られたのが原因なんだけどね!

「え……え、うぇ……うぇえっ?」

「もちつけもまい」

 2ちゃん用語で諭され、不意に我に帰った。そうだ、もちつけヲレ、そうだ大したことじゃない、そうさオレだって人間さ恋だってするさそう当たり前のことさ別にまだ慌てるような時間じゃない。

「そうだろ、仙道さん?」

「だれが仙道さんやねん」

 即座にツッコミが返ってくるのがすごく心地よかった。こういう時やっぱり誰か相手というか相方がいるというのはいいものだと思ったり。

 とりあえず実際結構落ち着いたので、現状どうするか考えることにした。

「…………あのさ、」

「なんだ?」

「えーと……こういう時、どしたらいいんだ?」

「それは俺に聞いてるのか?」

 結構真顔というか、宇宙人でも見たような顔で言われた、もっともといえばその通りだったこれだけ三次元に興味がない男に恋うんぬんだとかとち狂ってるとしか思えない。

「いや、失言だった忘れてくれ……あー」

 となると、もうこの状況は詰んでるといえた。場所もわかならい、見つけられない、そして自分で自分がよくわからない自分が見つけられない自分探しに行こういやそれは違う。

「……帰るか」

「だな」

 こういう時こっちの気持ちも汲まずに素直に嬉しそうにするこいつが憎らしくもあり、まぁ若干救われたりもするから人間って奴は不可思議だった。


 家に帰ってベッドに横になってぼーっとして現実に打ちのめされた気分になった。こういう時今まではあるまさんの笑顔のあとでギャップだったが、それもなしだとただひたすらに辛いだけだと知ったうわもう救いもないな。

 顔を枕につけ、うつ伏せに。なんだろうねこの気持ちは、と考えたりもした。ぐにゃぐにゃとうねり、曲がり、絡まっていくような。釈然としないといえばその通りなのだがしかしそれは答えではなく経過だからそこで終わってもなにも説明してないなと考えたりして一周。

 なにがどうこうというわけじゃない。ただ、釈然としないだけだった。納得できないだけだった。なにが、というのがかよくわからなかったが。

 あの時――Hexenhausを訪れた時に閉店することを、ぼくに教えてくれなかったことか? 余計な御世話だな、と自嘲。アキバまで行って、朝成まで連れていって、結局あるまさんや愛華ちゃんに会えなかったことか? まさか、空振り空周り無駄足骨折り損はオタクやってれば慣れてるさ涙目。

 なら――ああ。

 そっか、と不意に察した。ああ、そうか、ぼくは、ただ、あれだ、あるまさんと愛華ちゃんに、謝りたいんだと。ただそれだけなんだと、不意に察した。

 この前もなんか謝ってたようでそういや謝ってなかったようなというか二人の雰囲気があまりに軽かったから察することが出来なかったというか、そういう感じだったから。

 だから一度、二人に謝りたかった。きちんと。自分のせいでこういう事態に、陥ってしまったことを。


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