36話
学校に行った。そして朝成と、授業中話した。
「あのさ……」
「どしたん?」
授業は、麻倉の経営基礎Ⅱだった。基本板書というかノパソでホワイトボードの内容をメモっていけばいいから、楽な部類だった。教室も広いし、後ろの、上の方に陣取れば会話も楽々だ。
「この前行ったメイド喫茶の――」
「どれ?」
サクサク返事がかえってくるし、しかも雑。理解、こいつなんか作業してやがる。ぼくは板書というかキーボードをたたく手を止め、頭をかいてひとつ前の席に座る朝成の様子を覗き込むことにした。
少し、驚いた。
朝成が、フィギュア弄っていた。
「……なに、フィギュアにも目覚めたん?」
「いやなんかこれでイイの作れば賞金80万らしいから、ちょっと手を出してみてる」
視線はまったく手元から離れない、ある意味すごい集中力というかある意味じゃなくてもすごい集中力だった。なるほど、金がかかってるわけか。
「……なに、なんか欲しいもんでもあんの?」
「来年の4月にモンスタータイトル集中し過ぎなんだよなー」
やっぱりPCゲームだった、基本こういう男ですある意味潔い漢なんですはい。
「……で、どうよ塩梅は?」
「びみょー、てか難し過ぎワロタだわフィギュアって」
と愚痴り、今まで弄っていた粘土をベチャッとやる。というかいくら自由なクラスとはいえ授業中に粘土こねてるやつはこいつだけだと思う。ある意味この安定の通常運転ぶりに、こちらの気持ちも少しだけ安らぐ、ある意味こいつ癒し系だったりするのか? なんて。
「――んで? なんか用?」
「あー、まあな。いやこの前のメイド喫茶のことなんだけどさ」
「てかお前本当メイド喫茶ハマってんのな」
右手だけで今度はそれこそ粘土を意図もなくもてあそびながら、視線も前のまま言われるとなんだか微妙にいやだったていうかそういうのお前にだけは言われたくないっていうか。
「……そうだけど?」
「んで?」
本当自由な会話だこととある種感心さえしながら、
「で、今度行こうと思うんだけどさ」
「行けば?」
「……いやまぁ行くけどさ、あのさ、」
「なに?」
「…………いや、なんでもない」
結局なにを語るでもなく、ぼくは再度タイピングに戻ってしまった。よくよく考えてみて、結局ぼくはなにを言いたいかと言われて、まぁなにということもない事に気づいてしまったという事だった。あのあとのHexenhausが気になるから行くでも、単純に気になったから行くでも、あるまさんや愛華ちゃんに会いたいから行くでも、なんでも、理由はどうあれ行きたければ、結局のところ行けばいいのだから。それを朝成に報告したところで、なにがどうなるというわけでもないし。なにか相談したいというわけでもないし。
一旦タイピングする手を休めて、椅子に身体を預けた。ため息、ぼくはいつもなにかに悩んでばかりだった。ある意味悩みが趣味だと言えるようなレベルだともいえた、いやなんとも自虐的で切ない趣味だなおい。結局ウダウダ言っても仕方ないという結論に至るんだから、最初から悩みのところをショートカット出来ればいいとも思うだが、まぁ結局この悩み過ぎなところ含めて自分だという結論だともいえると考えたり。
そして身体を前に戻して、再度ホワイトボードでもタイピングしようとして――常に出している左のインターネットエクスプローラーのニュー速に、妙な記事を見つけた。
『幻のメイド喫茶Hexenhaus、秋葉原に突如出現!? ……し、次の日には消失!?』
「…………」
パチ、パチ、と瞬きを二、三回繰り返す。そして迷うことなくその記事を、クリック、そしてもう一度先のページの同記事を、クリック。毎度思うがこの二回の手間は必要なのだろうか?
詳細、
『秋葉原でメイド喫茶人気が下火を迎え始めた2008年ごろから突如として流れ出した、都市伝説。心の優しい御主人様限定で本物の癒しを提供すると言われる幻のメイド喫茶Hexenhausが先日、7月20日に秋葉原に突如として出現するというニュースが流れました。
噂の出所は不明で、一説によると出現パターンを解析した某ご主人様がその情報を2chに書き込み、それで一斉に粘着系の御主人様が殺到したとか。
実際に当日御帰宅した御主人様によるとお屋敷は大変な混雑ぶりで、ろくにメイドさんと絡めなかったと御立腹のご様子。さらに店内に席は僅かに6で、その少なさが噂の信ぴょう性を高めるとともにご主人様の苛立ちをも煽っていた模様。ちなみにメイドさんは二人で、御主人さまは十数人訪れていたそうだから、その出来メイドぶりが窺える。
そして後日、話を聞いた御主人様がその攻略法に基づきHexenhausを訪れたところ、そこには寂れた洋館がある通りがあるのみで、メイド喫茶などどこにもなかったという。真偽を確かめにスタッフも訪れたが、事実その痕跡すら見つけることはかなわなかった。
果たして幻のメイド喫茶Hexenhausは存在したのか? それともメイド喫茶に夢を見過ぎた御主人さまたちの幻なのか? 真偽は永遠に闇の中へと葬られたのかもしれなかった』
それに対するスレ住人たちの反応は「テラワロスw」「いやいやいやいや幻のメイド喫茶とか誰得だよw ていうか儲からんやんwww」「御主人様涙目ww」「今さらメイド喫茶? 遅くね?」とまぁいつも通りの反応だったおまいら暇だなホント。
だが一部には「マジ? ヘキハオ? あったんていうかまた消えたん?」「おいおい自重しろよ御主人様俺らがいけなくなるだろうが!! ……で、攻略法とやら詳細キボンヌ」なんかの興味ありげな意見もあった。
まぁ、それはいい。
問題は、それこそその詳細だった。
「…………」
どうしたら――というより、やっぱり、その、行くしか、ないようだった。
「…………朝成、」
考えて、
「ん? なに?」
「その……今日ってこのあと、予定ある?」
「部室でヘーロー」
いつも通りか、ぼくは思い切って声をかけてみた。
「あのさ……ちょっと今日、付き合ってくんね?」
「いーぞー」
この男の考えだけは、本当に掴めないと思った。
だからこそ、同行を頼んでみたのだった。正直ぼくだけでは、この事態をどうこう出来る自信がまったくなかった。だからこの一切自分がブレずかつ予測できない行動パターンの男が一緒ならなにかが変わるかもしれないという淡い期待があったまぁ実際どうなるかなんてわからなかったしどっちかっていうとハルイチさん連れた方がいいんじゃないかというツッコミもあったが実際前回一度弾かれてるからなーあの人。