34話
「……ネタ?」
「なんのことですかー?」
わけわからん、というか多分はぐらかされてる。なぜだ? 理由を考えてみよう、今までの行動を鑑みよう。
ぼくは御主人様で、彼女たちはメイドさんだ。
だとするなら、彼女たちはぼくのことを考えている。
ぼくのことを、想って行動している。
「…………」
なんか言おうとしたけど、やめて、結局黙ってテーブルに戻って席に着いた。すると彼女たちは二手に分かれ――あるまさんは奥に行き、愛華ちゃんは近づいてきた。
その手にはお盆と、上に乗る琥珀色のグラス。
「大変お待たせいたしました。一番星カクテルになります」
スッ、とほとんど音もなくテーブルの上に置かれる。耳に届くものは、いつの間にか降り出していた雨の音と、耳に心地いい落ち着いた声色だけだった。
「……ありがとう」
雰囲気を壊さないように、静かに応える。愛華ちゃんは一礼し、一歩下がる。そして待機するその姿は、まるで中世にタイムスリップして貴族に扮してしまったようにとまで錯覚してしまうほどだった。
ゆっくり取っ手を掴み、口に運ぶ。喉に流れていく冷たいそれには、微かにアルコールが含まれていた。たぶん、2,3%。それを感じるぐらい、五感は研ぎ澄ま――というより、解放されていた。
甘い、奥の奥が少し苦い。たぶんパイナップルかなにか。
それが五感に、染み渡っていくようだった。
「……うー、まぁ」
「それはよかったです」
少しビクッとして、振り返る、愛華ちゃんが、やたらお上品に笑っていた。ていうか、微笑んでいた。なんかキャラ違くないか?
「……愛華ちゃん?」
「なんでしょう?」
「……どしたの?」
「そんな気分の時もございますわ」
読めた、漫画かアニメの影響だ。目算ではマリみて辺りか? 古いな、ゆるゆり? まぁ予測したところで意味はないか。
「ちなみにまどマギのひとみちゃんですわ」
「ていうか聞いてないのに際物キャラキタコレっ」
どこまで行っても愛華ちゃんは愛華ちゃんだった。その在り方は少し日常の色が変わろうが、酷い扱いを受けようが、決して揺るがないものだった。
そして――
「お待たせいたしました、御主人様」
ガラガラと音を立てて現れるキッチンワゴン、久しぶりな登場だった。いやあれからそんなには経ってないか? ここで過ごしていると時間感覚が曖昧になるのがネックだった。俗世から、切り離されたような。
「今日も、豪華っスねぇ」
「せめてもの、メイド一同の気持ちです」
そこで気になった事が、ふたつ。
「あの?」
「なんでしょう?」
「もう閉店時間過ぎてるみたいですけど、いいんですか?」
その質問には横から愛華ちゃんが、
「大丈夫ですよ、まぁもちろんいつでも大丈夫というわけではないですが、今回だけは特別に大丈夫ですっ」
ダブルピースでツッコミ待ちな感じだったが今回は本人にも褒められたスルースキルを発揮させてもらって、
「……とりあえず、大丈夫ということはよく伝わりました。それであの、オレだけこんな特別扱いとかは……なんか、理由があるんですか?」
次はぶすっとしてる愛華ちゃんに変わって、あるまさんだった。
「それは――この喫茶Hexenhausが出来たコンセプトを守るため、という理由がございます」
「コンセプト……」
ふわっ、と銀のドーム状のふたが被せられた皿が、テーブルに現れる。それが音もなく静かに開けられると、そこからもわっ、と蒸気が――というか湯気が顔に、当たる。
まごう事なき手作りの、出来たての、真心。
「うーわ……」
「乙姫パスタになります、どうぞ」
星形に切り取られた海老の切り身のようなものが散りばめられ、たぶん海老のクリームソースで和えられた艶めかしいスパゲティだった。
見てるだけで、涎が出てくる。
手を合わせる。よくよく考えるとこの仕草をするのは、ずいぶん久しぶりの事だった。思えばずいぶんと、やっていなかった。前にやったのは、たぶん――中学生ぐらいの時じゃ、なかったか。
「じゃあ、いただきます」
まごう事無く美味しいパスタを啜りながら、ぼくは世間話をしてみた。
「そういえばお二人は、なんでメイドさんをやろうと思ったんですか?」
二人一瞬、顔を見合わせたあとまずは愛華ちゃんが少し左上の方を見ながら、
「愛華は、そうですね、単純に言えば、なんていうか、そうだね、えと、」
「まとまってないんでしたら、わたしから話しましょうか?」
「いやだいじょうぶっ」
バッ、と右手であるまさんを遮る。意地張ってた、らしいといえばらしい、のか? 結局よく、わからなかったが。
というかぼくはまだ、愛華ちゃんという人間をよく理解していなかったのだが。
「そういえばご主人さまはなんでそんなこと、急に聞きたくなったんですか?」
まさかの質問返しだった、黙って見ておこうと密かに思っていた誓いは一秒もたなかった。
「え、えーと……いやまぁただ単に、なんでかなぁ~って思ったっていうか……」
「あ、そうそう、愛華も単にメイドっていいなぁ~って思ったっていうかですねっ」
「…………」
どうリアクションしたらいいんだろうか? なにをどう考えてもいま適当に取り繕ったようにしか見えないのだが? 実はその奥に男のぼくでは理解しきれない乙女の心理があったりするのだろうか?
「じゃ、じゃああるまさんは、なんでメイドさんになろうと考えたんですか?」
「わたしはですねぇ――」
「ていうかご主人さま感想とかないんですか?」
やたら噛みついてきたが、まぁ確かに、もっともな話しだった。でもどっちが悪いって言われたら、どっちだろうかという感じでもあったけれど。
「いやまぁ、愛華ちゃんらしいなあと」
「それだけですか?」
「他に何を言えと?」
「かわいーっ、とか?」
「疑問形かよ」
「ていうか愛華の扱い雑くないですか?」
「決してそんなことは」
「ていうかあるまちゃんのこと好きなんですか?」
なにを言っているんだこのお天気娘はと思った。
「……あのさぁ愛華ちゃん、」
「好きなんですか、わたしのこと?」
「ッ!?」
まさかの、頭仰け反る事態だった。まさか本人からそんな疑問に、ぼくは1,7秒くらい本気で頭真っ白になった。
――まさか。
本気じゃ、ないよな?
「っ……あ、あの、あるまさん?」
「はい、なんでしょう?」
「…………」
なんて言えばいいねん。思わず心の中の言葉が関西弁になってしまうぼくだった。なんでこんな展開になってるのか、わけがわからなかった。というそもそも会話のきっかけはなんだったっけ?
そうだ。
「えー、と……それであるまさんは、あの、なんでメイドさんに、なろうと思ったんですか?」
「あ、無理やり話題変えましたね」
「そうですねぇ、わたしのこと嫌いなんでしょうかぁ?」
「…………」
続いていた続いていたからかわれる状態が。愛華ちゃんは猫みたいにニヤニヤして、あるまさんは困ったように眉まで寄せちゃって。実際この状態が嬉しくないわけでもなかったが、だが実際それを体験すると楽しむというよりも戸惑いや動揺、照れといった感情の方が先走っていた、ぜんっぜんそんな余裕ないっすハーレムものの主人公も大変なのね。
「あ、顔背けた」
「図星だったりするんですかねぇ?」
「…………」
なーんも言えねー、ネギまとか小学生なのにパねぇと思う。
こういう時は、アレだ。
なにはともあれ、落ち着くことだ。