32話
「そ……それで、一応本日ご帰宅ありがとうございますですが、なかなかに厳しい状況ですけど、どこ座ります? それとも立っときます?」
「いや、普通に座りたいというか座りますよええ。ていうかテーブル増やせないんですか?」
「ないんです」
「無いんですか? ひとつしか?」
「……なにか文句でも?」
「いやっ愛華ちゃん不機嫌がもろ出ちゃってるよみんな見てるよスマイルスマイルっ」
瞬間スパンっ、と音でも出そうな感じでアイドルスマイルに切り替わる愛華ちゃんは生粋のアイドルメイドだと思う。
「それでぇ、座りたいんですよねっ? どこにしますかぁ?」
「まー……そうっすね、じゃあ隅っこにでも」
「……自虐プレイ?」
「違うっての、ただ単に相席が苦手なだけだっての」
「あー、ひとが苦手な感じの」
「……愛華ちゃんって、オレのこと嫌いですか?」
「ふつーですかね」
「愛華ちゃんらしい返しをありがとう」
どうしようもないやり取りを経て、初めてのHexenhausの隅っこに陣取ることになる。もちろん狙ってのことだが、そこからなら店の全貌が見て取れた。
カウンターに陣取るご主人様は、4人。二人が席に着き、二人が立ってカウンターの端に腰かけドリンク片手にあるまさんと絡もうとチャンスを窺っているような状態だった。
次に、テーブルには5人が、なんと椅子を三つもくっつけて無理やり共有していた。ドリンク、ドリンク、パスタに、ドリンク、オムライス。節操ないなイヤある意味空気読んでる人間多いというべきか? ていうかパスタ頼んだ空気読めないオシャレさんは誰だ? ひとり髪染めてたから、そいつっぽいと予想。
そして一人。
ぼくとは反対側の店の隅っこで、孤独に椅子に座っていた。
「…………」
テーブルの方をガン見して、ただひたすらドリンクを啜っていた。ていうかよく見るとPSPしてた、今までもときどき見かけたがああいう人はなんのためにメイド喫茶に来ているんだろうか?
「はい、はい、ありがとうございます。いえ、そんな可愛くなんて、はい、ありがとうございます。……お待たせいたしました、くろにゃんさま」
「はい、くろにゃんです」
なんだかこんだけ大変だともうそれでいいという諦観というか受け入れる体制になっていた自分にちょっぴりビックリだったてへぺろ、え。
「あ、失礼いたしました。一応最初は御主人様ですよね?」
「そこ、御主人様に聞くことじゃなくないですか?」
あるまさんも、なんだかんだで結局いつも通りだった。さすがは出来メイド、慌てる様子の欠片もないぜ!
「いえ、メイドとはあくまで御主人様の意向に従うものですからぁ」
「あるまさん、今日もマイペースっすねぇ」
「いえいえそんなぁ」
あれ? 褒めたんだっけオレ?
ぼくの疑問もなんのそのであるまさんはいつものように丁寧な物腰で、
「それでくろにゃんさまは、当屋敷への御帰宅は初めてでしょうか?」
「え? それ、ボケっすか?」
「いえ実はメイドのわたくしも時には癒しを求めたりしてまして」
うわ、真顔で本音出た。
「そーなのあるまさーん! だった俺が、癒してあげよーかー?」
「いえ、お構いなく」
突然カットインしてきた御主人様の言葉を容易くいなして、そして訪れるみんなの――爆笑。
「ぶっはははははは」「だっせー、軽く流されてやんの!」「うるさいよお前らていうか今日初めて会ったのに慣れ慣れし過ぎ!」
なんだかやたらと和気あいあいで、
「……ぷふぅ」
「御主人様、なんだか昔の某有名ギャグ漫画みたいな笑い方というか吹き出し方しますねぇ?」
「あるまさんも、なにげに結構こっち系だったりします?」
「どうでしょう?」
「あるまさん、なにげにスルースキル高いっすよねぇ」
「くろにゃんさまには負けますよぉ」
相変わらず身も蓋もない会話だったが、それこそがぼくに癒しをもたらすものだったりした。
ちりーん、という鈴の音。
「はい、ただいま参ります。御主人様、失礼いたします」
丁寧に2秒お辞儀をして、そして最後にメニューを音も立てずにテーブルに置いて、あるまさんはお呼ばれした御主人様の元へと去っていった。そして向こうでも、見事なマイナスイオンオーラを撒き散らしていた、さすがだった。
というか――
「はい、では……」
とご主人様の用事を済ませたあるまさんに少し慌てた様子の愛華ちゃんが駆け寄り、
「あるまちゃんあるまちゃん?」
「はい、なんですか?」
「ラストオーダー、聞き終わった?」
「いえ、まだですが?」
「え? まだっ?」
「はい、まだですよ?」
「……早めにお願いします」
「はい」
すごいな、なんかあるまさんのキャラがよくわからなくなるやり取りだった。ボケているわけではないが、マイペースとも違うような。高度なテクニックだった、なにがだ。
とりあえず、置いていってもらったメニューを見る。
そして、驚いた。
なんか、今日はイベントデーらしかった。
「……初めて見た」
そんなものがメイド喫茶にあるだなんて、今までそこそこ行ったけど知らなかった。ハルイチさんにその辺をもうちょっと詳しく聞くべきだったかと考えたが――だけどあの時はハルイチさんの方がHexenahausに興味シンシンだったし、ぼく自身まだまだメイド喫茶初心者だったから心得みたいなのを聞くので精いっぱいだったからなーとか思ったり。
イベント名は、七夕デーだった。
「そういや、そうか……」
オタクやってると、季節感が失われていくのが実際だった。バレンタインもクリスマスもエープリルフールもなにそれ食べのおいしいの? っていうレベル、いやエープリルフールは各PCゲームメーカーがホームページで威信を懸けたネタをかますからまったく関係ないとも言えないか。
メニューには、乙姫パスタだとか彦星ちらし寿司だとかなかなかなネタ飯が並んでいた。まぁそもそも七夕だからなに食べましょうなんて習慣がないからそうなるのも仕方ないかともいえた、むしろこういうのは朝成辺りが喜びそうだった。まぁぼくも嫌いかといえばそんなことはなかったが。
「さーて、どんなのが出てくるのか……」
「お決まりですか、ご主人さま?」
「あ、はいあるまさ――」
「じゃないですけどね?」
うわお!? 青筋立って笑えるひとをそもそも初めて見たいやなかなかの迫力だった。
「や……やあ、愛華ちゃん。ご機嫌……麗しゅう?」