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31話

 Hexenhausには、黒山の人だかりが出来ていた。

 続く、長蛇の列。それは目算で3,40人は並んでいるように見えた。今まで見た中で最長に近いと思ったが、しかしよく考えるとマックスで6人くらいしか入れない店内ならすぐに長蛇の列だよな。

「…………」

 果たして終わりが見えない列の最後尾に、ぼくは無言で並んでいた。今、メイド喫茶に行ってきたばかりでお茶をしたいわけでも物を食べたいわけでも癒しを求めているわけでもなかったけど、ぼくは待った。店内に、あの二人に会える時を。

 日が、傾いてきた。どれくらい待ったかはわからなかった。こんなに待つとは予想外だったのか、何人かは去っていった。だけどさすがは待つことには慣れている猛者たちは、2時間経っても3時間経っても待ち続けた。ぼくもなにも考えず、ただ待ち続けた。

 夜の帳が下りた。時刻は既に9時を回っていた。昼過ぎに摂った食事も完全に消化を終え、次の投下待ちとなっていた。喉も渇き、陽射しの中で長時間待ったためにかいた汗が滴り、渇き、塩となっていた。さすがにさらに数人が悪態をつきながら帰っていたが、それでも未だ10人近くの猛者たちが自分たちの番は今や遅しと待っていた。

 ぼくは時計を、携帯の待ち受けを何度もチェックしていた。胸が、高鳴る。厭な意味で。そこではスキャナで取りこんだチェキの中で愛華ちゃんが、小悪魔的に笑っていた。

 10時になり、10時15分になり、10時半になった。もうぼくは頭真っ白になるほどいっぱいいっぱいだった。ぼくの前には、待ち客があとひとり。そのあとひとりのせいで、ぼくは店の――屋敷の中に入れないでいた。ここまでくると、ぼくは願ってまでいた。頼む、ただひたすら、頼むと――

 カラン、というドアが開かれた時に鳴る鐘の音。

 愛華ちゃんだった。

「うわ……え、と、あの、」

 あのハキハキ喋る愛華ちゃんが、口ごもっていた。

「ほ、本日はあとお二人の御主人様の御案内を、させていただきます……ですが、あとの御主人さまは、その……申し訳ございませんが、ラストオーダーの時間が終了してしまいますので……」

『え――――――――っ!?』

 一気、大ブーイングが巻き起こった、後ろの5人から。無理らしからぬともいえた。半日以上待っての、その仕打ちは……しかし途中からムリポとわかっていないわけでもないから、逆に言えば自虐プレイ? それとも単なる空気読めない痛クレーマー? いずれにせよ、迷惑な客には違いなかった。

「なになにダメなの? こんなに待ったのにぃ?」「あの、申し訳……」「ちょっそれ酷くない? だったら看板とか出してL.O(ラストオーダーの意)何時とか書いとくべきじゃね?」「それも、本当に申し訳なく……」「ちゃんと考えてる? 真面目に捉えてる? ただ御主人さまとかおかえりとか言えばいいっていう楽な商売だとか思ってね?」「いえ、決してそのようなことは……」「まずこの立地がありえないよね? なに? 客に来て欲しくないとか? ッザ。客商売舐めんなよホント。そんなんでアキバでやってけるとでも?」「いえ、あの、本当に……」「けっ、潰れろよンな店! あーもー朝までやってるぴなラビ行くわ。ぺっ!」

 愕然とした。

「――――」

 ぼくは一歩も、動けなかった。振り返った状態で、その光景から目を離せなかった。

 もちろんこれが、全てじゃないと思う。事実ぼくみたいな中途半端なメイド初心者だっているし、ハルイチさんみたいな正義感あふれてだけどちょっと抜けてる痛いひともいる、良い意味で。

 だけど。

 やっぱり、こういうひともいるのか。

「…………」

「申し訳ありませんでした。次の御帰宅、メイド一同お待ちしております……ではご主人さま、どうぞこちら――」

「あの、」

 不意に。

 ぼくの前のもうひとりが、

「あ、はい。なんでしょうか?」

「僕も帰ります」

「え……?」

 と言ったのは愛華ちゃんだったけど、ぼくは一瞬混乱してしまった。帰るというのはお屋敷イコールHexenhausへ? それとも――

「あの、ご主人さ――」

 制止の言葉も聞かず、そのご主人さまは路地の向こうへと去っていってしまった。帽子で、メガネで、スニーカーで、この暑いのに羽織っていたネルシャツを肩までまくっていた頑なそうな典型的なオタクっぽいひとだった、典型的なオタク像何人いるんだよオレは。

「…………」

 おそらくは制止の意図の右手を前に出したまま、言葉も出せない愛華ちゃんになにか言おうとした。ぼくは言おうとした。だけど『あの』、の一言も絞りだせなかった。ぼくの方もまた、というよりきっとぼくの方がより、言葉を失っていたから。

 なんだ、これ。

 なんなんだよ、これは?

「では、ご主人さま中へ……」

「…………」

「あの、ご主人さま?」

 いま2秒くらいの記憶が無い。

「あ、う、はい……」

 我に返り、入口の方を見る。愛華ちゃんが扉を開けて、振り返っていた。それは、初めて見る――

 怯えきった、表情で。

「…………」

 よく、わからなくなっていた。ここがどこで、なんできて、ぼくはなんなのかとか。だからぼくはそのまま、促されるまま、店内に入っていった。

 店の中は、ごった返していた。決して広くない店内に、数えて10人の御主人様がいた。正直バカなと思ったが店内の隙間にどこから持ってきたかいくつかの椅子を置いており、さらには立って喋るご主人さまとかまでいてそのせいで、まるでどこかのバーやクラブのような様相となっていた。

 ぼくが知っているHexenhausは、そのどこにもなかった。

 そしてその喧騒の中央に、あるまさんはいた。

「はい、かしこまりました。少々お待ちくださいませ。え、と、次の御主人様……はい、ありがとうございます。では――」

 ご主人さまに、囲まれていた。別に変な意味でじゃない。周りが立ちにせよ座りにせよご主人さまでいっぱいだから、それは当然の状況だった。注文もあれば、お冷が欲しかったり、構って欲しかったり。それは今までも見てきた当たり前の光景だった。

 だってぼくも、そのひとりなのだから。

「…………」

「ではご主人さま、現在お屋敷は大変混み合っておりまして、テーブルに椅子をつけての相席もしくは通路に置いた椅子への御着席または今回のみ特別に立っての……ご主人さま? ご主人さま?」

「…………」

「――くろにゃんさま?」

「ふわっ!?」

 まさかの呼びかけに、瞬間で我に返る。な、なんだいまの? なんかいま、放送事故が起きなかったか?

「あ、あの……?」

「……ホンっと、あるまちゃんが好きですねぇ、くろ、にゃん、さ・ま?」

「いや、あの……ていうか、」

「どうかしたんですか? 前からどこか浮世離れしてましたけど、今回さらになんていうか幽体離脱してましたよ?」

 ぜんっぜん。

 いつも通りの、愛華ちゃんだった。それに正直情けないぐらい安堵してしまう、さっきの表情はなんだったんだ?

「…………」

「だいじょうぶですかー、ホント?」

「いや、なんか……ぎゃっぷ萌え」

「え"?」

「いえ、すいません」

 我ながらわけのわからんことを口走ってしまったある意味ペースが戻ってきてる証拠だろうことが嬉しいながらも悲しかった、なんのこっちゃ。

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