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3話「よく見つけましたね?」

「とは、ハイグロウンティーと呼ばれる種類の茶葉です。この地域特有ともいえる渋みも抑えられており、ほのかな花の香りするとても穏やかな飲み心地が特徴的といえます。タンニンが少ない為、冷してもクリームダウンが起こりにくいのでアイスティーには最適で、朝食のミルクティーなどにもお薦めです。クオリティーシーズンはヌワラエリアと同じ中央山脈の西側にある為、乾季の1月~3月といわれています」

「っ!?」

 仰け反った。今度こそ椅子が傾く45度、そこでなんとか踏みとどまり、ガタンと元に戻れた。それ以上は危険水域だった。

 メイドさんが、いた。すぐ、脇に。メニュー渡したあとも戻っていなかった。ずっとそこで、ひっそりと佇んでいた。いや、かしずいていた模様。

 目が合って、にこりと微笑まれる。それにぼくも、やや引き攣った苦笑いを返す。

「――という紅茶です、御主人様」

「あ、はい。よ、よくわかりました……」

「お飲みになられますか? 御主人様」

「そ、そうですねぇ……」

 ちろり、と流し目で名前の隣を確認。

 お値段――300円。

 それだけ本格的でレアものというのに、良心的といって差し支えない値段設定だった。

「い……一杯、お願いします」

「はい、かしこまりました御主人様」

 ゆっくりと、そして深々としっかり3秒もの時間お辞儀して、そしてメイドさんはしずしずと今度こそ本当に奥へと引っ込んで――というか、下がっていった。

 正直その様を、ぼくはアホの子みたいにぼーっと見てしまっていた。感心した、というのが正しいかもしれない。以前言ったなんか出来の悪いアイドルもどきというか劣化学園喫茶とは、格の違う接客。すごくこちらの心の隙間に入り込んでくるというか。

 まぁそれも、客というかご主人さま? が自分ひとりなのが理由なのだろうけど。

「……ふぅ」

 そしてこういったらあれだけど一旦引っこんでというか下がってくれたからこそ、落ち着いて周囲を見ることが出来るようになった。だけど最初に確認すべきは内装でもフードやドリンクメニューでも客層――はひとりか――でもなく、

「メニュー、メニュー……の、やっぱ最初のページか」

 この店のシステムだった。

 さっきから思っているが、まずは最初にこれを教えてもらわないと怖くて仕方ないっていうか半分客引きにひっかかったような構図だから余計にそういうの――今までの笑顔とか対応とか見てると信じたい気持ちもあったりするのだが、女性の気持ちほど読めないものもないというのも事実だったりするわけで。

 やっぱり活字は裏切らないというわけで、そこに目を通す。ちなみにさっき脳内で再現された財布の中身は3700円と小銭が少々だったわけで、帰りの電車賃差っ引くと大体限界予算3千3,4百円ってとこか、限界までは使いたくはないが。

【このたびは喫茶Hexenhausへ ようこそお帰りくださいました】

 おぉ、という想いが沸き立つ。まずは喫茶で、メイドがついてないのに若干の動揺。それは喜びとか残念とも、とても一言では表せない感情の行き着く先にあるところだったりしたっていうか、なんて読み方なんだろう? しかもその言葉の最後に伏し目でお辞儀してるデフォルメされたメイドさんが描かれてて、しかもめっちゃ似てたっていうか上手かった。すげぇ、絵が描けるメイドさんかよ描いたの誰だろう?

 そして、つづき。

【たのしんでいってくださいね♪】

 仰け反った。マジで、比喩じゃなく。そんなこと、システム説明の場所に書くものなのだろうか?

 確か、以前一回だけ行ったとこだと――店内撮影禁止だとか、メイドへの迷惑行為禁止だとか、続くようだと出入り禁止にさせていただく場合もございますだとか、そんなことが書いてあった気がする。もちろんそれは端っこに小さくで、あとはゲーム一回いくらだとか、ご帰宅料がどうのとか。

 首を傾げながら、続きに目を向ける。

【よく見つけましたね?】

「…………」

 今度は頭を抱えた。いやすごい。もうなにがすごいって感じてるか説明する気も起こさせない所がまたすごいというか。ていうかだいたいここ、どこなんだ?

「お待たせいたしました、ご主人さま」

 額に当てた手をどけて、顔を上げた。

 目の前にメイドさんが、ティーセットを持って立っていた。

「あ……ど、どうも」

 慌てて体勢を、というよりもきちんと背筋を伸ばして座り直す。目が合うと、やはり二コリと微笑まれる。それにぼくも苦笑いを返す。なんとか愛想笑いくらいには持っていきたい所ではあるんだけど。

「では、失礼ですがご主人さまの利き手は、どちらでしょうか?」

 一瞬、ぽかんとしてしまった。

「……ひ、左手ですけど」

「かしこまりました。では、失礼いたします」

 そう伏し目がちの笑顔で言って、メイドさんはぼくの左手側にカップの受け皿が置く。流麗な仕草で、音ひとつすらさせず。まるで空気がコマ送りになったようなその状況に、ぼくは唾ひとつ呑み込むことすら躊躇われた。息さえ、ひそめた。

 そして今度はしっとりと、両手で割れ物でも扱うような繊細さでテーブルから25センチの高さから、紅茶が、注がれる。

 とくとくと、音が立てられる。まるでスローモーションのように、その軌跡が描き出される。滝、を連想しかけた。だけどそれはそんな野暮ったいものじゃなかった。それはどちらかというと――というかそれはぼくがこれまで体験したことのない類のものだった。

 紅茶とは、かくも美しいものだったのか。

 それが美しい筋を作って、切れた。

「では、どうぞ?」

 抜群の笑顔ととも差し出されたそれを、受け取る。湯気が、香っていた。一瞬顔を背けようとも思った。昔からこういうものが顔にかかるのは、嫌な人間だった。というかなんであろうと、顔には当てたくないのは普通だと思う。

 だけどそれをさせないくらい。

 その紅茶は、かぐわしかった。

「う、わ……」

 思わず、鼻を近づけてしまう。香りにはあまり興味らしいものがないぼくでも、それは止められない行為だった。温かく、そしてキツくなく、かつ身体に――そして心に染み渡るような、その香り。それに目を閉じ、委ねる。全身が、弛緩していく。ああ……紅茶って――

 視線を感じた。

 振り返ると、メイドさんが瞳を細めてこちらを見ていた。

「…………」

 笑顔は、崩れない。期待されている、リアクションを。困る。それは期待うんぬんというより、ひとにこんなに見られた経験がないから。

 緊張で、固まってしまう。

「――――」

「…………」

「――――」

「…………」

 20秒くらい、経っただろうか。


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