30話
「スルースキル高いっすね……じゃあその先になにがあると?」
「特に萌えは、メイド喫茶ではなかなかありえません。その理由を春の字はご存知ですかな?」
「いきなり馴れ馴れしくなりましたね……え、と。そだな、リアルツンデレがいないから?」
「春の字はツンデレ好きですか?」
「いやまぁ、普通には」
「ですが、概ね正解です。リアルなドジっ子や、幼馴染はそこにはいません。そして妹もちびっこもロリっ子も……」
「ハルイチさんっ、ハルイチさんしっかり! それ以上はギリギリですよ!?」
「ハッ。これは失礼……つい取り乱し本音を晒してしまい……」
「本音かよ、なんのフォローにもなってねぇよ」
ぼくのツッコミにもハルイチさんはややイラつくくらいの笑みを見せて、
「とにかく、現実世界で萌えを求めるのは限界があるのですよ。そういうわけでまず最初の理由は消え、もうひとつの癒しですが……」
「オレはてっきりそっちがメインだと思ってたんですけど?」
「現実問題として、流行ってない店ではクオリティが低くて得ることは敵わず、流行っているお店では回転が高すぎてそれを得る機会はほとんどないといって過言ではありません」
「え……」
回、転?
もちろん文字通りの意味じゃなくて、それは客の――
「えーと……?」
「ああ、ここは流行ってないんじゃなくて、この時間が穴なんです。平日の昼間ですね。ピンポイントでそういう時間帯を知っていればそれも回避できますが、しかしそれは現実問題的には仕事などもあるので難しいのが実際ですけどね」
「シャッツキステとかは……?」
「別の方面の癒しと、どちらかというと安らぎを確立した稀有な店ですね。他はなかなか悪戦苦闘しているというのが現実ではないかと」
「客の回転……」
その前に言っていた三店舗を思いだしてみる。共通していたことは、列成すお客さん。待ち時間のあと、慌ただしい店内と、駆けまわるメイドさん。
「アミューズメント性は、あるんじゃないですか?」
「それが悪いといってるわけじゃないんですね。私としてもあちこちのメイド喫茶を巡っているわけで、あれがダメこれがダメと言うのもおかしな話ですし。それぞれに利点がありますし……なによりそこに通うご主人さまたちが、メイド喫茶になにを求めているかという点が問題なわけです。たとえば遊園地のアトラクションのような楽しみ方、疑似恋愛的なもの、ネタとして走るのも、それぞれです。これだけ多様化した業界とニーズなのですから、それも当然で、私もそうしてメイド喫茶巡りを楽しんでいます」
「なるほど……つまりはメイド喫茶に、幻想を求めるのはダメだと」
「ダメっていうか、まぁ……打ちのめされちゃいますよね?」
「ファンタジーは幻を想うって書くんだよ……ですか?」
示し合わせたように某有名萌え四コマの台詞を言って、笑う。それに一瞬遅れて朝成も反応して顔を上げたが、時の遅れを察して食に戻っていた。ちなみに今は日替わりケーキのガトーショコラを食べていた、どんだけ喰うねん。
「なるほど、メイド喫茶はアキバの文化ではあるが、やはりリアルであり二次元とは異なる、と……」
「ほら、二次元ヲタはネタ以外ではメイド喫茶行かないじゃないですか」
「あ、それはわかります」
朝成をチラ見、気づくそぶりはない。ただの飯食いに来ているようだ。
「と、いうわけでしてメイド喫茶はあるひとにとってはネタの場所で、あるひとにとってはメイドさんが給仕している喫茶店で、あるひとにとっては憩いの場所で――多くの常連にとっては、戦場であるのです」
聞き慣れない単語キタコレ。
「戦場……ですか?」
いきなりハルイチさんは、遠い目で向こうを見た。そこに窓や風景はなく、あるのは顔見知りであろうメイドさんがいて、ふと目が合って現れた会釈に笑顔に、ハルイチさんニンマリ若干きもす。
メイドさんはひょこっ、とこちらに顔を出し、
「っていうか、どうしたんですか? なんのお話なんですか?」
「いやー、ヨリちゃんは今日もお美しいなあと思いまして」
「またなに言ってるんですかー」
「いやあはははは」
「…………」
なんだか、すごい常連ぶりだった。というか大人? なんかメイド喫茶のイメージとは外れるが、これも多様化するメイド喫茶のニーズのひとつの形なのだろうと思えた。
「それで、本当はなんのお話されてるんですか?」
「いや、真のメイド喫茶の姿とは、っていう話をね?」
「うわー、なんかすごいこと話してますね? それで、どんなお姿なんですか?」
「もちろんひよこ家さんのことに決まってるじゃないですかー」
「またぁ、ハルイチさんったらー」
アハハハと笑い合う二人を、ぼくは呆然と見ているしかなかった。入れない。二人だけの空間が、出来あがっている。肩身が狭く感じる。なんだか勝負でもないのに敗者のような気持ちに――
ん?
まさか、これが?
「じゃあ結論が出たら、わたしにも教えてくださいねっ」
手を振って、ひよこ家さんのヨリちゃんというメイドさんは去っていった。気さくだ、そして一人で回しているというのに大変さを感じさせない、出来メイドだと思った。そしてそれと阿吽の呼吸で独り占めしていたハルイチさん。
「……ハルイチさん。さっきの話ですけど、」
「論より証拠、いかがでしたか?」
やっぱりな、と思った。
「つまり……いかにメイドさんとお話しするか? ですか?」
「いかに独り占めできるか……とも、言えますな」
ふたりニヤリ、と笑い合う。今さらヤべぇ絵面だと思ったが、あとの祭りだしアキバだしメイド喫茶だし見てるのは朝成ぐらいのものだしありかなと思ったり。
「お前ら……キモいな」
『…………』
たぶんだけど、ハルイチさんと同じ気持ちだと確信に近いものを得る。
お・ま・え・に・だ・け・は、言われたくない。
「……まぁ、それはともかく、結構それは死活問題だったりしますね。雰囲気重視の落ち着ける店ならともかく、メイドさんをアイドル的に売り出してる店だったりすると相手にされないと、ただちょっと高めのファミレスに来たような寂しい感覚になりますし……」
「まぁ、ファミレスなら普通飯食ったら速攻帰りますしねっ」
なんだろうこの阿吽の呼吸はと思った。朝成にキモいと言われるのも納得の白さだなんのこっちゃ。
「なるほど……奥が深いんですね、メイド喫茶道」
「深いです……極めようとすれば、一生を費やしてしまうほど」
「お前らカッコよく言ってもメイド喫茶の話だからな」
お前はお前でメイドのアニメか漫画かPCゲームかラノベにハマってんじゃろがいとは言わないでおいた、五十歩百歩に目くそ鼻くそうんたら。
と、なると。
考えて、ぼくはもうしばらく話したあと二人と別れて、喫茶Hexenhausに向かってみた。胸騒ぎは、確信に変わりつつあった。どくん、どくん、と心臓が高鳴る。責任。嫌な単語が、脳裏をかすめる。それは子供の頃から、そして今に至るまでぼくの心を圧迫するトラウマのような言葉だった。
果たして。
ぼくの予感は、現実のものとなる。
「……マジか」