29話
「お客さ――」
「ご主人さまがどうかしましたか?」
さすがハルイチさん、間違いを即訂正するその心意気やよし。だが向こうの方がいらっしゃいませうんたら言ってるのにその訂正ははたして?
「いや、御主人様が――」
「落ちつけるでしょう?」
そういう問題だろうかとも思ったが、実際に足を踏み入れて腰をおろしてみて判明。
実に落ち着ける店内だった。なんていうか蛍光色がないことと、装飾が少ないことに加え、代わりにあるフィギュアその他が家にいるみたいに錯覚させていたいやメイド喫茶としてそれはいいんだろうか?
横手にあるテーブル席の真ん中(安全地帯、出入りも少なく、メイドさんの目も届きにくい、偵察用)に三人で座る。ちなみにこっち側にぼく一人で、向こうに朝成、ハルイチさん。
メニューを見て、さらにびっくり。かなりの種類があった、それも結構がっつり系が。ハルイチさんによると夜は居酒屋の形態らしいからなるほどと思える品ぞろえだった。
ランチセットを頼んでみた。マレーシアカレーに、サラダ、ドリンクはコーヒーにさらには野菜スープがついていて、しかもライス、スープはおかわり無料というサービスで、880円という安さ。
正直、お腹いっぱいになった。
「……うはぁ」
しかも、全品うまかった。どう考えても手作りという感じだった。
コーヒーで、一服。
「……ふぅ、いやうまいし量多いですね」
「ここはキュアに続いて10年を越える老舗中の老舗ですからね。料理の質もコストも雰囲気もメイドさんの質も高いのです、ね?」
と視線を向けた先は、なぜかこちらではなく隣を通りがかったメイドさんだった。
「ありがとうございます」
それに驚くこともなく、メイドさんは素敵営業スマイルだった。なるほどメイドさんという感じじゃないが、それが素朴さというか気さくさというかそういうものを演出していた。なるほど、なんかリアルな方で家っていうか、溜まり場的な感じになりそうな予感、こういうのもあるのか。
「それにここって、アキバで唯一メイドさんと記念撮影できるメイド喫茶なんですよ?」
「それって、チェキじゃないんですか?」
「写メでもデジカメでも、無料で」
「……マジすか?」
それはすごいなと思った、本当になにもかも良心的な店だった。なるほど、創業10年を越える店――
「そういえば……そもそもメイド喫茶って、いつ頃からあるんですか?」
「前身は、PCゲームのPiaキャロットにようこそのリアル版Piaキャロカフェが1998年に期間限定で運営されて、それが何度か続いて常設としてはキュアの前身であるカフェ・ド・コスパが2000年からスタートしてますね」
「じゃあメイド喫茶って、まだ10年ちょっとくらいの歴史なんですね?」
なんか、もっと前からあるようなイメージがあった。ブームってやつで騒がれたせいか、それともこっちの業界に身を浸し始めたせいで目がいっているせいなのか。
「そうです。そして未だに色んなメイド喫茶が乱立しては、消えていっています」
「? 消えて、るんですか?」
「なかなか厳しい現状のようですね……とりあえず、三ヶ月もつかどうかというのがひとつの山というか」
「三ヶ月!? ですか?」
「まぁ、その話はやめましょう。私も気が滅入りますし」
「はぁ……」
まぁ、確かにあまり話していて楽しいものでもないだろうが――しかしぼくとしては気になるところでもあった。今のメイド喫茶業界事情、か。そういうのは気にしたことがなかったが、PCゲーム業界の御三家みたいに、そういう力関係みたいなものでもあるのだろうか?
「じゃあ、一応、古い順でいえば最初がキュアメイドカフェで、次がひよこ家になるんですかね?」
「いや、次がひよこ家というわけではないんですけど……ただまぁ現在まで残っている数少ない老舗のひとつ、というのは間違いないですね」
「はぁ……」
そうか、確かに古いからって業績が伸びなければ淘汰されていくよな。うーん……華やかだと思っていたメイド喫茶業界も、実際はなかなかに現実的で厳しいようだ。
「それで、朝の字に黒瀬氏からお話があると窺ってこうして訪れたわけですが?」
「あ、はいそうです……朝の字?」
「どうかしましたかな?」
「い、いえ……」
ヲイヲイ、前回小木曽氏って呼んでなかったっけ? なんだかこの人ももうキャラ崩壊もいいところだな、いやむしろキャラ作りしてたからここまで自由なのか? どうでもよかった。
「そ、それでですね……あの、質問というか、そういうものがあってですね」
「なるほど。私で答えられることでしたら、ならなんなりと」
「えーと、かなり初歩的というか根源的な質問になるんですが」
「なになに? 根源に至る道だって?」
事ここに至って突然、斜め前から朝成が割り込んできた。ちなみにこいつは今まで鶏照り焼き丼をかっこんで、まだ足りないのかスープをおかわりして、さらにソース焼きそばの明太マヨ味をがふがふ食べてたまったくメイド喫茶でここまで食に走る人間も珍しいと思う。
「ちゃう、根本的な"質問"だ」
「そっか」
そしてまた食に戻る、普通の言い回しに興味が無いのだ。こいつもぼくに負けず劣らずというかむしろ勝って厨ニ病だった。
話が進まなかった。
コーヒーを一杯、気持ちを落ち着かせる。
「……ふぅ。で、」
「はい」
「ハルイチさんにとって……というか、そも、メイド喫茶って、いったいどういう場所なんですか?」
ここが問題だった。
前回変なピザにいきなり問われて、結局答えを聞けないでもやもやする羽目になってしまった疑問。
ハルイチさんはぼくのそんななんとなし的に言ったつもりのさりげなさげな問いかけに、キラリとそのメガネを輝かせた。
「メイド喫茶、とは……」
そしておもむろに、ネコミミを装着した。なぜだ!?
「あの、ハルイチさ――」
「メイド喫茶……それを語るには、一万語を費やしてなお足りぬかもしれぬ。しかし問われたならば答えねばならぬのがメイド喫茶巡り同盟メッキーズ会長たる義務であり使命……!」
おぉ、やっぱ会長だったんだ。けどなんかモードチェンジしてないか? 大丈夫なのか、これ?
「あの、ハルイチさん……?」
「では答えたようメイド喫茶巡り同盟メッキーズ会員ナンバー5黒瀬氏春の字……」
「あ、そういう名前の呼び分け方してたんだうんおかしいよねそれおかしいよね普通名字をなにの字って呼ぶもんだしていうか両方につけるってのもアレだしそもそもぼく会員に入るなんて一言も言ってないよね?」
「まずメイド喫茶とは……」
予想の通りスイッチ入っちゃったみたいで、ぜんぜんこっちの言葉なんか届いちゃいなかった。仕方ないから、若干遠い目というか生温かい目で見守ることにした。相変わらず朝成は食に走ってるっていうかご飯おかわりして焼きそばおかずに喰ってたし、好きにしてくれ。
「癒しや萌えを求めていくものだと世間では思われています」
「あ、オレもそのイメージです、が?」
「しかしそれはあくまで通過点なのです」