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27話

 あれ?

「前と……言ってること、違ってません?」

「そうですか?」

 気づいた。

 あるまさんの笑顔のそれが、悪戯っぽいものであることに。

「えーと、それは……光栄に思っても、いいんでしょうか?」

「そうですねぇ」

 うわ、弄ばれてる気がする。

 なぜか、楽しい。

「……あるまさん、なんか楽しそうですね?」

「楽しいですねぇ」

 なんだか、ほんわかモードだった。それにこちらもすっかりこちらもリラックスしていた。それはあるまさんの空気が、紅茶の魔力か、お屋敷の雰囲気なのか――たぶん三位一体なんだろうなとか思ったり否定したり、なんだそりゃ。

「つまり、要はぼくはとりあえず御主人様に選ばれた、と?」

「はい、僭越ながら」

「ちなみに、その基準は?」

「禁則事項ですね」

 口元に人差し指を持っていっていた。もうなにが元ネタがとかいいだろう、あるまさんがやったらそれはもうあるまさんのものです誰が何と言おうと。

「ちなみにこれ、涼宮ハルヒの憂鬱っていうアニメにもなったライトノベルの朝比奈みくるっていう未来から来た女の子の大人バージョンの決め台詞なんですけどね」

「いや知ってますけど」

 まさかの自分からのネタばれキタコレ、さすがは出来メイドあるまさんだったいやこれ出来メイドっていうかなんなのかは実に疑問符だったが。

 そのあと小腹が空いたので鴨のソテーを頼んでフォークとナイフを使って食べ、さらにデザートとしてパンプリンっていうのを頼んでみた。なんかパンプキンってのに響きが近かったから、なんだそれ。

 すごかった。

「おぉう? これ、どう食べるんですか?」

 出てきたのは、ヨーグルトの色味に、プリンの形で、そしてパンが入った代物だった。てっぺんにはイチゴまで、これでどうしろと?

「スプーンですくって食べてみてください」

 言われるまま食べてみると、白い色は卵が混じった牛乳で、それに一口大のパンが浸された一品だったようだ。パッと見て大丈夫かよと思えるようなブツだったが口に運ぶと、これがまた新食感だった。なんていうか、プリンとフレンチトーストの中間のような。これを焼くパターンもあるみたいで、機会があったら頼みたいと思えるくらいだった。

 屋敷の柱時計がゴーン、ゴーン、と重苦しい鐘の音を鳴らしている。それに顔を上げると、時刻は11時になっていた。今まで鳴っているのを一度も見たことが無かったから、少し驚いた。今日は来るのが遅かったせいもあったようだ。

「この音って……」

「はい、御主人様のお出掛けの時間ですね」

 思わずうまい、と言いかけてしまった。なるほど、お出掛けの時間か。ならばお出掛けせねばなるまい。いそいそと、出支度を整える。といってもバッグ持つだけだが。

「では御主人様、お忘れ物などはございませんでしょうか?」

「あ、はい、大丈夫ですね。てういか最後は御主人様なんですね?」

 あるまさんは素敵な笑顔で、結局その問いかけに答えてくださることはございませんでしたとさ。

「では、お気をつけていってらっしゃいませ」

 深々と頭を下げるあるまさんに恐縮しながら、ぼくはHexenhausをあとにした。

 相変わらず、すごい満足感だった、御満悦と言った方がいいか、身体の隅々まで満たされると言った方が近いのか、心底どうでもよかった。そんなことよりなにより大事なのは、この気持ちだった。

 これを抱えて家に帰って現実感に多少打ちのめされてもまぁ一週間はとりあえずぽーっとしていられるなーなんて考えながら、夜道を歩いていた。結構終電ヤヴァいっていうのに。

 そんな時だった。

「兄ちゃん」

 唐突に、声をかけられたのは。

 もちろんぼくのことだなんて、最初まったく思わなかった。ふんふーんって若干痛い鼻歌交じりに帰路についていた。

「おい、兄ちゃん兄ちゃん」

 二回も呼ばれ、そこで不意に気づいた。道はあとソフマップの横に出るだけの裏路地で、他に誰もひとがいないということに。

「? ……オレ、ですか?」

「そう、兄ちゃんだよ」

 尋常じゃない事態なのかと少し緊張して、声がした方――後ろを、振り返る。そこに闇に紛れるように――でもないか至ってオーソドックスというより正装と言った方が近いかもしれない上級A系ファッションに身を包んだかっぷくのいいお方がおられた、ちなみにAはアキバの略です。

「……誰ですか?」

 どんなに検索しても、こんなに上級職のオタクさんは知り合いにはいなかったというかこれから先もちょっと……とお断りしたい類の人種だった。

 なぜ微妙に身体を左右に揺らしながら、少しねっとりとした感じの声で喋る。

「兄ちゃんは……メイド喫茶ってもんがどんなとこだか、わかってるのん?」

 うわ、痛い人が出てきた。

 正直 これがぼくの感想だった。このうえなくな感じだった。ぼくもアキバにはしょっちゅういっているとは行ってもライブだとかそういうアクティブなイベントモノはほとんど避けてきたし、いわゆるディープアキバスポットには行っていなかった。基本行動線は中央通り周辺で済ませてきたし。だからぼくは行き詰まってたのか? とか思ってみたり。

「いや、えっと……」

「どうなんかのん、んん?」

 正直、目もまともに合わせられません。無理です、ぼくにはレベル高すぎです、いきなりなんなの? やっぱり漫画的な展開は、漫画的展開に過ぎなかったというか。

「あの、えと……じゃあ、ぼく失礼しますね?」

「ちょ、ちょい待ちぃやっ!」

 なに弁だよ、とは言わなかったし思わないようにした。――相手にしちゃダメだ。ぼくは心に決めながら必死に中央通りを目指した。あそこまで行けば、たくさんひとがいる。そしたらどうとでもなる筈だ、ぼくは結構必死だった。

「ちょ……ホントお前……Hexenhaus行ったんじゃろうがもし!」

 ピタ、とぼくは不覚にも止まってしまった。

「……なんでそれを?」

 止まるべきじゃなかったのかもしれなかったが、なによりぼくの脳裏によぎったのがあまりに嫌な連想だったから。

 ――まさかこれが、痛客?

 オタク仮にA・Iさん("ア"キバ系の"痛"いひとの略)は久々の運動だったのか肩で息をぶひーぶひーと切らしてて、

「ぶひー……よ、ようやく止まったかもし。まったく人の話を聞けないなんてホント最近のゆとりはぶひー」

 豚が。

 なんて酷い言葉が脳裏をかすめた。うわ、ネット以外でこんな毒舌浮かぶなんてレアだった。どうやらこの相手はそれぐらい生理的に合わない相手のようだった。

「……なんでそんなこと、知ってんですか?」

 ぶっきらぼうな敬語に豚はぶひぶひ鳴きながら汗をハンカチでふきつつ、

「ぶひ……そりゃ兄ちゃん、」

「その前に、その呼び方やめてもらえません?」


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