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26話

 さすがのあるまさんのテンプレ説明だったが、それもデフォとわかれば対応のしようもあった。要点を掴むというかピックアップするのはオタクの得意技でもあった。

「収穫というか、摘む時期ですけどね。少々渋みがありますが深い味わいですので、ゆっくりお楽しみください」

 そして微笑みと共に。

 とくとくとく、と紅茶が注がれる。

 メイド喫茶にご帰宅しておいてとか言うのもムッツリとか言われそうだが、ぼくはこの瞬間がなにげに好きだった。他の店ではこの最中話しかけてきたりとか魔法をかけたりもしていたが、ぼくはこの静謐な空気が――時間が弛緩され、引き延ばされたような空間が、好きだった。

 まるでこの世で、存在するのはぼくと紅茶とあるまさんのような。

 そんな倒錯した錯覚に、身を任せたいと思えるような。

 紅茶の滝が、糸になり、それがゆっくりと、切られる。

「では、ごゆっくりお楽しみください」

 丁寧に頭が下げられ、そして3秒後しずしずと頭が上げられ、笑顔が覗き、そしてじっと見つめられる。

「……はは」

 愛想笑い(失礼)して、お腹が減っていたのでフレンチトーストから頂くことにする。

 白く、ふんわりしてて柔らかそうなそのトーストはもはやお菓子に近いといってよかった。見てるだけで涎が出てきて、お腹が鳴りそうになっていたあるまさんの手前それは抑えたが。

 ひとつ手に取り、口に運ぶ。

 砂糖とミルクの柔らかい甘さと、少し焦げたトーストの香ばしさが口いっぱいに広がり、それはそれはヤヴァかった。

「ふんまぁ……」

「くろにゃんさま、毎回面白い表現をなさいますよね」

 一瞬あるまさんのことが頭からトンでいたので、それはそれは恥かしかった。

「い、いやっ、なんか、あの……すいません」

「なんで謝るのですか?」

「いやなんとなく」

「実に個性的ですね」

 ニコニコされる、なんかむしろこっちのほうがあるまさんの垣根の無さを勘違いしてしまいそうになる……勘違いですよね、あるまさん?

 ダージリンも一口――と思ったが、その前に匂い、というより香りを――おぉ、馨しい。またなんというか大人むけというか、心落ち着く。一口、

「……うはぁ」

「やっぱり面白い」

「あ。いやはは……」

 リア充過ぎて、痛い感じだった。今なら死ねと怨念を送っていたバカップルの気持ちもわからなくもなかったいや実際は大したことしてるわけでもないけどね。

「それで、今日はどうされたんですか?」

 ――そっちから口火切っちゃう?

「…………」

 すっかり悩んでしまった。ここまで振ってくるということは、逆に聞いて欲しいじゃないかといやしかしあるまさんは侮れないからただ単に近況を尋ねたいだけなんじゃないかとか?

 どっちも地雷が埋まってそうで、誰かに撤去してほしい気分になった。今度は朝成を連れてこよううんそうしよう出来たなら。

「……今日は、ハルイチさんという初めて知り合った人がいまして」

 最後は、面倒くさくて考えるのを放棄してしまった。所詮対人スキル0に限りなく近いコミュ障ですよええ。

「あら、それはそれは素敵な出逢いだったんでしょうか?」

「まぁ、色々勉強にはなりました。ていうか楽しかったですかね、こういう趣味の話が通じる相手っていうのは。なんていうか、久しぶりというか」

「ご趣味が一緒というのはいいですよね。わたしも趣味が同じ方との会話は弾んでしまいます」

「へえ、あるまさんも趣味とかあるんですか?」

「ありますよ? それは」

「どんな趣味ですか?」

「ハーブの栽培です」

 あまりにもあまりにハマりすぎた実益を兼ねた趣味に、ぼくはもうなんにも言えなかった。ここまでピタリだとリアクション出来ないというのを初めて知った心地だった、あっぱれ。

「へぇ……どんなハーブにハマってるんですか?」

「それは秘密です」

 ん? このフレーズ、どこかでというか色々なところで聞いていて、本家はスレイヤーズの某魔族だったような――

「……あるまさん?」

「というよりくろにゃんさまは、ハーブの種類というものはご存知だったりするのでしょうか?」

「え……いや、どうかな?」

「失礼ですが、ハーブにご興味のほどは?」

「あー……まぁ、それなり?」

「お聞かせした方が、よろしいでしょうか?」

「まぁ……ですかね?」

「でしょう?」 ある意味、出来メイドだった。いやある意味という言葉が必要ないくらいに出来メイドだった。その場のノリではなく、あとあとの空気を考えて聞いて楽しい話題を選択する、さすがだった、さすが過ぎて隙がなくて恐れ多く――なるのを見越しての、笑顔。ぐうの音も出ません。

「……じゃあ、毎日色んなハーブを育ててる感じですか?」

「そうですね、4種類ほどのハーブを。水をあげる量やタイミングを考えて、毎日少しづつ育つのを見るのは楽しいですよ?」

 珍しくほくほくな笑顔だったが、

「……毎日、育つんですか?」

「びみょうに」

「微妙に?」

「はい、びみょぉおうに、です」

 なるほど、心の声的なものなんだろうか。あるまさんなら聞けそうな気がする、確かに。

「へぇ、なんかあるまさんってペット飼ってそうですよね」

「わたしは飼っておりませんが、レインさんは使い魔をいくつか――」

「使い魔?」

 なんか唐突に、ヤヴァい単語を聞いた気がした。メイド喫茶で、使い魔って。なんかあるまさんも穏やかな笑顔のまま、固まってるし。

「……あの、あるまさん?」

「はい、いかがなされましたか?」

「あの……使い魔って?」

「レインさんが使役されているペットさんで、主に代わって様々な用事をこなす頭の良い子たちなんですよ?」

「……ていうか、このHexenhausには魔法使いまでいるんですか?」

「魔法使いというか、魔女さんですが」

 二コリと微笑むあるまさん、3人目の噂は本当のようだった。その子ともそのうち会いたいような――毎回あるまさんに会いたいような、複雑な男心だったなんのこっちゃ。

「へぇ……でもここって、メイド喫茶ですよね?」

「コンセプトカフェですね」

 そういえばそんなこと言ってた気がする。なんだか最初に会ったのが結構昔な気がして、もちろん気のせいだが。

 メイド喫茶との違いは、まぁ文字だけ見ればメイドがやっているかなにかしらのコンセプトに基づいて作られているかの違い――だろうか? だいたいがオタク文化というものは字が体を表すものだからあながち間違ってはいないと思うが。

「なるほど……でも、というか実際ここはどういうコンセプトのカフェなんですか?」

「それ、前も聞いてましたよ?」

 くすくす、と笑われてしまう。なんだかこんな展開も前にあった気がする。ぼくも苦笑いして、

「あ、そうでしたっけ? すいません」

「コンセプトは、都会の喧騒で傷ついた心優しい御主人様を癒す隠れ家屋敷、です」




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