表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/62

25話

 なんで日本人はこういう時ビターテイストとはいえ笑ってしまうのだろうか。

「いや……まぁ、仕方ないですね。メイド喫茶をめぐっていたら、よくあることです」

 よくあるのかよ、というツッコミは胸の内に収めておいた。ぼくは寂しげに去っていくハルイチさんを、ただただ見送った。それ以外ぼくになにが出来たというのだろうか? ちなみに一緒に帰るという選択肢はなかった、空気重すぎ無理ぽ。

「……ふぅ」

「おかりなさいませ御主人様」

 ――いま、なにかきこえなかったか?

「……まさかっスよね?」

「くろにゃんさま、にゃーんです」

 なんのこっちゃと思った。このひと、礼儀や仕草は洗練の極致だがこういう悪戯心的なものがこの親しみやすさに繋がっていると思う。

 にしても、

「なんで、ですか?」

 色んな意味を一言に集約してみた。

「にゃーん」

 ネコ真似された、萌えた。いやいや趣旨からズレてる、っていうか話す気が無い? それは逆に言えばこちらになにかしらのサインを送ってるということになる。これだけの出来メイドさんが――

「…………入っても?」

「おかえりなさいませ、御主人様」

 丁寧に、頭が下げられる。どうやらぼくは行動を間違えずに済んだようだった。最近ぼくはメイド喫茶で一番重要な要素は、実は空気を読む力なんじゃないかと疑っている。

「テーブル席とカウンター席の――」

 なんだか久しぶりな二択だった。あるまさんはちゃんといつもの丁寧な物腰で訊いたと思うのだが、頭の中でなぜか省略されていた。きっと慣れたのだろう。

 さてどうしよう?

 あるまさんの時はテーブル、愛華ちゃんイコールカウンターみたいな図式が脳内に出来てるように見えて、だがしかし実際来店もとい御帰宅数は僅かに3回だった。これじゃあ実際メイド喫茶メイド喫茶言っててもニワカもいいところで、むしろ色々経験してみるべきではないかとか思ったり。

 どうでもいいわ、ここまで思考時間0.9秒(推測)。

「か、かうん……テーブル席で」

 どこまでもへたれか、ぼくは。

「はい、カウンター席ですね」

 ――ぼくの聞き間違いか?

「え、と……?」

「わたしが御給仕させていただいてる時では、初めてですよね? ようやく心を開いていただけているのでしょうか? なんて、てへ」

「い……いやオレは最初からあるまさんには心開いてますよ、あ、あはは……」

 以外どう言えって言うんだそんな素敵笑顔で素敵台詞言われて素敵ポーズとられた日にゃあ。

「では、どうぞ」

 カウンター席に案内される。しかし改めて、スゴイ形態だと思う。テーブルひとつに、カウンター席2なのだから。3,4人も来たらもういっぱいで、どんなに頑張っても7人以上の団体さんにはお帰りいただくというスタイルか、うん、赤字覚悟だねっ。いや立ち飲みスタイルにしたらありか? でもそもスペースがないから7人とか入ったら移動すら困難で、ていうか5人とかでもかなりの圧迫感というかそも4人でも若干窮屈というか――

「どうかなされましたか、御主人様?」

「い、いや」

 ぼくの悪い癖、発動だった。目の前に話すべき相手がいてもスイッチが入るとお構いなしに自分の世界に籠もってしまい、色々と考えごとをしてしまう。現実を見てないとも言える、まったくもって痛い習性だった。

 促されたカウンター席に、座る。カウンター席はテーブル席ほどの落ち着きは得られない代わりに、目の前でメイドさん――あるまさんが給仕している姿が見れるという特典付きだった。

 そりゃまぁ好ましい状況だが、同時に緊張感ともいえた。ていうかあるまさん別にカウンターじゃなくても大概気づけば目の前だったけど。

「ではくろにゃんさま、」

「御主人さまじゃないんですね?」

「御主人様がくろにゃんさまですよね?」

「まぁそうと言えなくもないですね」

 なんだこの会話? っていう会話だった。なんだかんだであるまさんもすごい世界観を持っていると思う色んな意味で。

「それではくろにゃんさま、メニューをどうぞ」

「ありがとうございます」

 カウンター越しだから、手渡しだった。今回も指が触れないように気をつけて、受け取る。さて、今日は――

「くろにゃんさま、お聞きになられないんですね?」

「なにがですか?」

「いえ、その……」

 あるまさんには珍しくもったいぶるような言い方だったが、ここでもなんとか必死に正解を導きだそうと頭、フル、回転。

 察する。

「――なにか、ありましたっけ?」

 すまん、ハルイチさんと脳内で謝る。まぁご縁がなかったということで、スルースキルはぼくの数少ない武器のようだし。

 あるまさんはそれにしばらくこちらの瞳を覗き込んだあと、

「――いえ。では、今日はなんになさいますか?」

「そうですね……じゃあ今日は、フレンチトーストをください」

「お飲み物は?」

「そうですね、あるまさんのおススメで」

「はい、かしこまりました」

 眩しい笑顔を残し、あるまさんは後ろに下がっていった。それを見届けて、ぼくは考えた。

 なんだろう?

 たぶん、あの猫はただものじゃないのだろう。なにかしら、ぼくは試されたのだろうか? それにハルイチさんは受からなかったということなのだろうか? ではその線引きは? 水と、ビーフジャーキーの差か? まさか容姿だとかいったら笑うところだ。それに、そこまで頭のいいネコというはありえるのだろうか? 実際犬は躾ければ盲導だったり警察だったりになれるが、猫は気まぐれだというしそういうのは難しいのでは?

 なんだか珍しく、あまりどうでもよくないような話だった。

 そも、このHexenhausっていったいどんな店なんだろうか? 今日まわった4店とも違う、っていうか異色というか、似通ってるところはあるんだけど独特な体系というか、狙いがわからないというか――

「お待たせいたしました、フレンチトーストとダージリンのセカンドフラッシュです」

 なんだか魔法みたいな名前が飛び出してきて、そしてぼくは油断していた。

「……セカンドフラッシュ、ですか?」

「はい、セカンドフラッシュです」

「それってなんてフラッシュ……なんですか?」

「はい。具体的には、ダージリンには二種類がありまして、ファーストフラッシュが春先に収穫される春摘みと呼ばれるものでして、特に日本やドイツなどで人気が高く、若々しい爽やかな香りが特徴と呼ばれております。しかしながら青臭いや薄いなどと言われる事も在り、好みが分かれる所となっております。対してセカンドフラッシュなのですが、こちらは夏摘みと呼ばれておりましてダージリン紅茶のクオリティシーズン、他の収穫期と比べ高品質とされております」

「っへぇ、収穫時期で違うんですね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ